月読の姫 廃社の巫女と穢れなき影

キートン

プロローグ

 その神社は、月の光にしか照らされない場所にあると噂されていた。

「月読神社」――その名の通り、月を読み、月に導かれる者だけがたどり着けるという、廃れた聖域。


 大学生の蒼井 玲司は、民俗学の資料集めでこの土地を訪れ、その噂を耳にした。好奇心と、少しばかりの冒険心に駆られ、満月の夜、暗い森へと足を踏み入れる。

 

 スマートフォンのライトだけを頼りに、獣道のような細い道を進むことしばらく。ふと視界が開け、そこには、確かに廃神社が佇んでいた。


 鳥居は苔むし、その木肌はひび割れ、今にも崩れ落ちそうだった。社殿はさらにひどく、屋根の一部は崩落し、壁には無数の穴が空いている。しかし、不気味なほどに神域としての威圧感は残っており、玲司は思わず息を飲んだ。


 そして、空を見上げる。

 

 ぽっかりと浮かぶ満月が、廃神社を青白く、冷たい光で照らし出していた。月明かりが作り出す影は、どこまでも深く、鋭い。まるで、そこに「何か」が潜んでいるかのようだった。


「……すごい場所だ」


 玲司はシャッターを切り、記録を始めた。ふと、本殿の奥に目をやると、そこだけは月明かりが不思議なほどに集まり、ひとつの古い井戸を浮かび上がらせていた。井戸の縁には、複雑な模様が刻まれている。


 誘われるように近づき、井戸をのぞき込む。

 

 深い闇。底は見えない。

 

 その時、冷たい、かすかな声が、耳元で囁いた。


「……ようこそ……おまえ……月に選ばれし者……」


 玲司が振り向くと、そこには誰もいない。

 

 ただ、月明かりが、より一層、冷たく輝いているだけだった。

 








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