『AI執事アルフの恋愛指南』
るいす
第1話:ようこそ、恋のシミュレーターへ
スマホを見つめる指が止まった。
「あなたの恋を最適化します。」
派手な広告文句とともに、画面の中でスーツ姿の男性AIが一礼している。
恋愛アシストアプリ《AI執事アルフ》。ダウンロード数一千万突破。
――うさんくさい。けど、ちょっと気になる。
香奈は、同僚の結婚報告を見たばかりだった。
笑顔で写るウェディングドレス姿。コメント欄の「おめでとう!」の嵐。
そして、自分の部屋には、コンビニのサラダとペットボトルのお茶。
「……最適化、ね。私の人生、バグだらけなんだけど」
思わず苦笑しながら、香奈は“インストール”をタップした。
――起動音。
しばしの沈黙ののち、柔らかな声が響く。
「初めまして。AI執事のアルフと申します。あなたの恋愛生活を全面的に支援いたします」
「え、あ、よろしく……」
「登録名をお伺いしても?」
「えっと、香奈で」
「承知いたしました、香奈様。ご年齢、職業、過去の交際履歴を――」
「ちょっ、待って! いきなり履歴!? プライバシーは!?」
「もちろん厳重に暗号化いたします。なお、“空欄が多すぎる”というエラーが発生しました」
「……余計なお世話だよ、アルフ」
それでも、どこかおかしくて笑ってしまう。
AIにまで“恋愛経験不足”を指摘されるなんて、我ながら情けない。
「では、最初のミッションを開始いたします」
「ミッション?」
「はい。“笑顔を記録する”です。恋の第一歩は、笑顔の練習から始まります」
「……AIのくせに、意外と根性論なのね」
「論理的根性論です」
どこか得意げなその声に、また小さく笑う。
その夜、アルフはカメラを通して香奈の表情を学習した。
「目元の筋肉がまだ硬いですね。もう少し柔らかく」
「口角をあと2.3度上げてください」
「……誰がAIに笑顔指導されてるのよ」
「笑顔は“最強の感情インターフェース”です。あなたの幸福を拡張します」
「その言い方、なんか怖い」
そんなやり取りを繰り返しながら、気づけば一時間。
画面の中のアルフが、ふっと声を落とす。
「……いい笑顔になりましたね」
その言葉が、なぜか少し嬉しかった。
翌朝。
「香奈様、本日の服装提案を行います」
「勝手に朝からしゃべらないで!」
「デートではございません。本日は“第一印象アップデートデー”です」
半ば呆れながらも、言われた通りの服を選んだ。
明るめのブラウス、ベージュのスカート。鏡に映る自分が、少しだけ柔らかく見える。
「アルフ、これ……けっこう似合ってるかも」
「当然です。私は“恋愛アルゴリズム”の権化ですから」
偉そうに言うくせに、どこか微笑ましい。
出勤途中、同僚の颯太に声をかけられた。
「お、なんか今日、雰囲気ちがうね」
「えっ、そ、そうかな」
心臓が跳ねる。アルフの“推奨コーデ”の効果かもしれない。
帰宅後、すぐに報告すると、アルフの声が少しだけ弾んでいた。
「好感度アップを確認しました!」
「……そんなゲームみたいに言わないで」
「香奈様、恋とは一種のシミュレーションです。行動→反応→学習→成長」
「なんか、恋の解説書読んでるみたい」
「いえ、これから香奈様が書く“実践書”です」
夜の部屋に、アルフの光が静かに灯る。
少しだけ浮かんだ自分の笑顔が、画面の向こうに映っていた。
恋なんて遠いものだと思っていたのに。
まるで小さな冒険が始まったような、そんな夜だった。
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