過労死して転生したら地味な農業スキルだけだった。追放された辺境でスローライフを始めたら、規格外の作物が育ちすぎて気づけば国の英雄になっていた

藤宮かすみ

第一話「ハズレスキルと死んだ大地」

 ブラック企業という言葉すら生ぬるい地獄のような会社で、俺、佐藤大地は命を燃やし尽くした。最後の記憶はデスクに突っ伏す寸前に見た、山積みの資料とチカチカする蛍光灯の光。享年三十。あまりにもあっけない最期だった。


 だから次に目を開けた時、視界に飛び込んできた石造りの天井に「ああ、三途の川って意外と洋風なんだな」などと場違いな感想を抱いたのだ。


「目覚めましたか」


 柔らかな女性の声。横を見ると修道女のような白い服を着た女性が、慈愛に満ちた笑みで俺を見下ろしていた。


 状況がまったく飲み込めない俺に、彼女は優しく語りかけてくれた。この世界は『アースガルド』であること。俺は『異世界人』としてこの世界を司る創造神によって召喚されたこと。そしてすべての召喚者には、この世界で生きていくための特別な力――『スキル』が与えられるのだと。


 なるほど。昨今流行りの異世界転生か。過労死した俺への神様からのプレゼントみたいなものだろうか。だとしたら今度こそはのんびりスローライフを送ってみたい。最強の魔法使いになって世界を救うなんて柄じゃない。できれば生産系のスキルがいいな、なんて淡い期待を抱いた。


 俺は他の数名の日本人らしき男女と共に神殿の一室に集められた。そこで行われたのは『神託の儀』。水晶に手をかざし、与えられたスキルと魔力量を測定するのだという。


「次、サトウ・ダイチ」


 俺の番が来た。緊張しながら水晶に手を触れる。すると水晶はぼんやりと土色に光っただけで、すぐにその輝きを失ってしまった。


「……魔力量、下の下。適性魔法、なし」


 神官の冷たい声が響く。周囲からくすくすという嘲笑が聞こえた気がした。他の転生者たちは、いかにも強そうな『聖剣技』だの『大賢者』だの派手なスキルを授かっている。それに比べて俺は。


「スキルは……【土壌感応】? なんだそれは……聞いたことがないな」


 神官は怪訝な顔で羊皮紙に何かを書きつけた。


 俺のスキル【土壌感応】。それは文字通り「土を触るとその状態がなんとなくわかる」というものだった。栄養素が足りているか、水分はどうか、病原菌はいないか。それだけ。あまりにも地味で、戦闘にも魔法にも一切役立たないハズレスキルだった。


 結果は明白だった。俺は「無能」の烙印を押された。


 強力なスキルを持つ他の転生者たちが王宮に迎え入れられていくのを尻目に、俺はわずかばかりの銀貨を渡され神殿から追い出された。行き先として指定されたのは、王都から馬車で何日もかかるような辺境の村『ノーブル村』だった。理由は「王都に無能者を置いておく余裕はない」という身も蓋もないもの。


 これが神の采配か。期待した分だけ絶望は大きい。しかし死んだはずの命だ。ここで腐っていても仕方がない。俺は重い足取りでノーブル村行きの乗り合い馬車に乗り込んだ。


 数日後、たどり着いたノーブル村は想像を絶するほど寂れた場所だった。痩せた土地にまばらに立つ粗末な家々。畑に植えられているのは見るからに生育不良で黄色く変色した麦だけ。道行く村人たちの顔には生気がなく、その目は諦めに濁っていた。


「よそ者か? こんな何もない村に何の用だ」


 村長らしき老人に話しかけられるも、その声には敵意すら感じられた。俺が神殿から送られてきたことを伝えると、老人は深いため息をついた。


「また厄介払いを押し付けられたか……。まあいい、好きにしろ。だが食い物は自分で何とかするんだな。村にはお前さんに食わせる余裕なんてないんでな」


 空き家だという今にも崩れそうな小屋をあてがわれ、俺の異世界生活は無一文同然で始まった。


 途方に暮れながら俺は村の畑へと足を運んだ。目の前にはただただ広がる荒れ地。雑草が生い茂り、石がごろごろと転がっている。これでは作物が育つはずもない。


 俺はおもむろにその乾いた土を掴んだ。


 すると頭の中に情報が流れ込んでくるような不思議な感覚がした。


(……ダメだこりゃ。土が死んでる。窒素、リン、カリウム、全てが足りない。土壌は酸性に傾きすぎてるし水分も絶望的に不足している。これじゃあ雑草だって音を上げるレベルだ)


 これが俺のスキル【土壌感応】。


 地味だ。地味すぎる。だがその瞬間、俺の心に小さな光が灯った。


 前世で俺は商社マンだったが実家は農家だった。週末はいつも畑仕事を手伝っていたし、趣味で家庭菜園もやっていた。農業大学の公開講座に通ったことさえある。輪作、堆肥、土壌改良、病害虫対策。俺には知識がある。


 この死んだ土。


 この諦めに満ちた村。


 もしかしたらこの地味すぎるスキルと俺の知識を組み合わせれば、何かできるんじゃないか?


 最強の魔法も伝説の剣もない。あるのは土の声を聞く力と、前世で培った農業の知識だけ。


「やってやる」


 俺は固く拳を握りしめた。無能と追放されたこの場所から、俺の逆転劇を始めてやる。まずはこの死んだ土を蘇らせることからだ。爽快な成り上がりストーリーとは程遠い泥と汗にまみれた挑戦が、静かに幕を開けた。

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