第11話 報告書はラグナくんの仕事です


「――で、これが実際に出す報告書ってわけか」

 俺は報告書の束を見ながら言った。几帳面なラグナの直筆書類。綺麗な文字はラグナの印象通りだ。ただし内容を読めば担当者は首を捻るだろう。想像したらちょっと笑える。

「担当者は顔をしかめるでしょうね」

 ラグナが言う。きっちりアイロンのかかったワイシャツ、乱れた髪一本すら許さない几帳面さ。俺とは真逆の生き物だ。

「そりゃそうだ。『変異型は出たけど、もう出ません! 以上!』って報告だからな」

「事実ですが」

「だろ? なら充分だ」

「……楽観的ですね」

「どこがだよ。知性型ならまだしも変異型なんてそうそう出るもんじゃない。たまには平穏無事って言葉を思い出してみろよ」

 光が窓辺で笑っていた。

 外では風がビルの隙間を抜けていく。雲の切れ間に少しだけ太陽がのぞいていた。明日は晴れかな?

「……本当に、終わったのね」

「終わりっていうか……一段落だな。変異型は超希少種。偶然で出現しただけだ。次はない」

「そう断言できるのですか?」

 ラグナが言う。

「断言出来る。少なくとも変異型はもう出ない。これから変異型がまた出たとしても、それは今回の事件とは無関係だ」

 俺は肩をすくめた。

 ラグナは何か言いかけて結局黙った。口に出すほどの価値を感じてないのかもな。

「今回の依頼はこれで終わり?」

 光がふっと問いかける。

「さて。俺たちは国の人間じゃないし。呼ばれた時だけ行って終わったら帰るだけだ」

「……少々無責任すぎるのでは?」

「俺たちはフリーの何でも屋だ。風任せの自由業。責任なんてありはしないさ」

「自由というより計画性の欠如です」

「ラグナも今はフリーなんだろう?  昔とは違うんだ少しは柔らかくなったら?」

 ラグナの眉がぴくりと動いた。その反応を見ると、なぜか安心する。こいつが真面目でいてくれるおかげで、俺たちはバランスが取れてる。

 光が静かにこちらを見ていた。

「今度は誰かが泣く前に……私達が行きましょうね」

 俺は素直に頷けなかった。

「呼ばれたら……だ。勝手に動くつもりはない。国が動くなら俺たちも動く。もし止まったなら俺たちも止まる」

「……でも」

 本当に光さんは優しいな。だけど……

「この国は人間のもので亜人はよそ者」

 優しくて真面目だ。だからこそ付き合ってるんだが。

「もし亜人がすべて解決するなら、この世界は亜人のものだろう?」

 外の風が少し強くなった。汚染地帯の方角――灰色の空が遠くに見える。けれど街の中は穏やかで陽射しは暖かい。

「亜人は優遇されている。だからその分の手伝いはするさ。だけど頭は人間だ」

 亜人の身分は不安定だ。だからこそ契約で動かないといけない。


「そうすると……」

 とラグナが書類を閉じる音を立てた。

「二日後の汚染地帯周辺の調査は?」

「依頼か……」

「ええ。ただし正式な要請ではなく顔を出してくれたら助かる程度のものです」

「曖昧だな……気が向いたら行くか」

 これはどうするべきか?  行ってもいい。やはり変異型は気になるしな。だが……

「その気が向く確率は、どのくらいですか?」

 正確な契約ではないなら面倒な事態もあるか。

「天気が良かったら行こうか?」

「……適当ですね」

「そうでもないさ。空が青かったら動く」

「汚染地帯の空じゃないでしょうね?」

 ラグナは渋面を作る。

 代わりに光が笑った。

「じゃあ、晴れるように祈っておくわ」

「頼む。雨だとテンションが死ぬからな」

 まぁ良いさ。何があっても障害は潰せばいい。死人が頭の良さそうなことを考えるのが間違いだ。


 報告書の束は風に揺れて、やがて机の上でぱたりと閉じた。それで、今回の件は終わりだ。誰かの命が消え、誰かが救われた。それを誰も報道しないし、公の記録にも残らない。

 でも――俺たちは知った。だったら俺たちが忘れなければそれでいい。


「終わりだな」

 これで哀れな母親の話は終わり。

「……ええ」

「じゃあ、明日は各自自由行動で」

 フリーなんだがな。この頃チームっぽくなっている。悪くない気もするが……

「了解」

「了解〜」


 外の空は、今日も灰色と青の境界で揺れていた。どちらに傾くかは、風次第。そんな不確かさが今の俺にはちょうどいい。






――風が止んだ

そして世界は静かに崩れ始めた――


第1部 了

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