満天の空模様を君と。
ただ広々と広がっていた暗闇の中に、真下周辺を照らす幾つかの灯。
その灯は微かで弱々しい光であったが、あたりの暗さも相まって、今だけは力強く頼りがいのある光に感じる。
その灯は公園の端から等間隔に並んでいて、遠くからみるとステージのスポットライトに似ているなと感じた。
一つ、等間隔に並ぶ灯の中、灯を持たないスペースがあった。ぽっかりと空いたそのスペースは、これからステージに上がってくる主役の為の物に感じる。
はたまた、何か設備に不備があって、そこの照明だけ点灯しなかったハプニングの一部始終を見ているような気もする。
その真意を確かめようと近づいたのかどうか、答えは定かではないが、その暗闇に近づいて尚、なぜそこだけが光を灯さなかったのか理解できなかった。
なぜなら、そこには一人の少女が座っており、いつも通りの髪色に、いつも通りピンと伸びた背筋で、照明もないのに暗闇で本を読んでいたからだ。
一度も家に帰っていないのか、その格好は制服で、今日学校で見た彼女がそのままここにワープしてしまったのではないかと、僕は思った。
「どうして、こんなところにいるの?」
「あなたこそ、こんな時間にどうしてここに?」
「僕はここに星を見に来たんだ。君は?」
「私も、星を見ながら本を読もうとしていたの。」
光がなく、暗闇の中にうっすらと感じる彼女の気配と会話をする。
すると、きっと彼女は本から目を移さず、声だけで僕に返事をしてきた様だった。
やっぱり、この人は赤渕凛さんだ。
「それは?」
「あぁ、これ?これは望遠鏡だよ。親戚から貰ってね。」
「見れるの?」
「今日が初めてだけど、たぶんね。」
「ふ~ん。」
暗闇の中から感じる気配に、少しの変化があった様な気がした。
今度は、彼女はきちんと僕の方に顔を向けて、声だけでなく目でも返事をしてくれたようだ。
僕は、何も話さずに三脚を組み立て始める。
家で大まかな部分の組み立ては済ませてきていたので、簡単に大きなねじを回してはめるだけで、この望遠鏡は完成してしまった。
ものの数分で出来上がった望遠鏡は、それはそれは立派な望遠鏡で、両隣から放たれる微かな光に反射して、その白いフォルムは輝いていた。
「星好きなの?」
「うーん、どうだろ。わかんないな。」
「好きじゃないのに、見るの?」
「好きじゃないってわけでもないよ。ただ、一度もやってみたことがないだけ。」
「今日ここに来たのは、望遠鏡を譲ってもらったから?」
「そうだね」
望遠鏡の外側にくっついている、角度を合わせるための小さなレンズに片目を押し当て、もう片方の目を閉じる。
作業をしながら、彼女は僕に何度か話しかけてきていて、その度に敬語無しの面接の様な質疑応答をした。
「謝りたかったの。あなたに酷い事言ったでしょ?」
「え?あぁ、うん。結構気にしてたね。」
「だと思って。私ったら柄にもなく感情的になってしまってたから。」
「あれは、本心なの?」
「えぇ。本心よ。あなたの事は嫌い。」
ふ~ん。と、喉を鳴らして返事をする。
すると、望遠鏡の大体の角度と位置が定まった。
僕は、ゆっくりと望遠鏡のレンズに目を近づける。
「おぉ~、すっげ。」
レンズに近づけた片目から見れたのは、大きく黄金に輝く月だった。
月のクレーター模様や影の細部までしっかりと見ることができて、望遠鏡の凄さに息をのんでしまう。
僕たちが住んでいた日常の中に、なんとなく存在していた月。
その月は、僕たちの生活と交わることなく、ただ空に浮いて存在していただけだった。
そんな空想上の存在かのようにも感じていた月が、たった一本の筒を通してみることによって、ここまで身近な物に感じるとは思いもしなかった。
昔漫画で読んだ不思議な道具が、目の前にあって、僕の考えた物語の中からそのまま取ってきてきたような月の模様が、目には映っている。
口からは、言葉にならない様な文字がこぼれ出ていて、ベンチに座っている彼女が目を丸くして、こちらをみていた。
「私にも見せて。」
そう呟くと、彼女はベンチから立ち上がり、僕の方まで寄ってきた。
グッと体を近づけ、強引にレンズから僕の顔を剥がし自分の目を押し当てる。
慣れない美少女との距離感に、若干の照れくささを感じる。
しかし、彼女もまた僕と同じように、言葉にならない文字を口からこぼれさせているのを見て、僕は少し心が躍た。
「っぷ。はははは。」
「え、ちょっとなに?」
「いやだって、そんな目するんだなって思って。」
長いまつげがレンズに触れ、綺麗な瞳がジッと一点を覗いてる彼女の目をみて、僕はついに吹き出してしまった。
夜のバラエティやお笑い番組で出た笑いとは、明らかに種類の違う気持ちの良い笑いだった。
「ふふふふ」
そんな僕の様子をみて、彼女も一緒に笑い出してしまった。
初めて見た彼女の笑顔は天使の様にかわいくって、僕はそんな笑みに笑いが止まらなくなってしまった。
「私ね、君に一つ言わなきゃいけないことがあるの。」
「なんだい?」
彼女は満足げに笑い終わると、目元に浮かべた雫を手で拭って、僕の目を見てそう言った。
「貴方の事は嫌いだけど、君の事は好きだな。優希くん。」
彼女は自信満々にそう言うと、手を後ろで結んで、空を見上げた。
僕は、彼女が言ってくれた言葉の意味がまだわからなくて、ただそんな様子の彼女をジッと見ているしかなかった。
「今日は君がいてくれてよかった。いつもは1人だから。」
僕が考える隙もなく、彼女はそうつぶやいた。
「毎晩、ここにいるの?」
「うん。色々あってね。ここは星が良く見えるし、空気がおいしいし、家が近くだしね。」
「服、制服だけど、家には帰らないの?」
「うん、まぁね。これから帰るんだよ。どうせ帰っても帰らなくて変わらないけど。」
どういう事だろうと、僕は頭を回すがそれらしい答えは見つからなかった。
すると、彼女は後ろで結んでいた手を振りほどいて、僕と目を合わせた。
「そんな感じ!また明日!学校でね!今日はありがとう!」
バッと右手を顔の横まで持ってきて、僕に向かって右手を振った。
しかも、飛び切りの笑顔で。
「あ、うん!ばいばい」
僕が、その笑顔に見惚れている最中、口からは同じように別れの挨拶が出ていた。
ヨロっと顔の横にもってきた右手を振る。その様子を一目見て、彼女は僕に背中を向けて歩き出した。
「あ、凛さん!また、明日学校でね。」
彼女の後姿に言葉を投げかける。彼女は、答えこそしなかったが、心なしか頭が少しうなずいた気がした。
僕はそんな彼女が公園を出るまで見届けて、望遠鏡をしまって家に帰った。
その日は家に帰ると興奮の反動からか、すぐに眠気が押し寄せてきて、数える間もなくベッドに入って眠りについた。
—
翌朝、僕は重たい目をどうにかして開いた。
今朝は頭が妙に重たい。脳が石になってしまったみたいだ。
半目になったまま、僕は部屋のカーテンを思いっきり開く。
すると、今日も今日とて晴天の青空、ではなく、今日は打って変わって空は灰色に包まれていた。
生憎の空模様を見て、頭が石になった原因を察する。
僕はリビングまで降りて、台所にあったコップ一杯の水を飲み干す。
「いってきます」
頭が重たい朝、身を引きずって身支度を整えて、玄関の扉を開ける。
すると、空から無数の雫が地面に向かって落ちてきていた。
朝起きて窓を見た時はまだ雨は降っていなかったはずだ。
しかし、外は生憎の雨天。きっと、僕が身支度をしている間に降り始めたのだろう。
小学生の頃雨が降ると同級生の友達達が、さながら水を得た魚の様に「神様のおしっこだ」などと騒いでいた場面が脳裏に浮かぶ。
中学二年生になった今、流石の同級生ももうそう騒ぐ気はないだろう。
例に漏れず、僕もそうだ。
僕は元々雨の日に騒ぐなんて事はしなかったが、子供の頃は薄っすらに好きだった雨模様が学年を重ねるにつれて苦手になっていった。
その原因は、傘で片手がふさがれてしまう事だったり、お気に入りの服が濡れてしまう事など多岐にわたるが、この頭痛が一番の原因だ。
僕は玄関を出てすぐ左にある傘立てから一本、黒色の傘を取り出した。
中学二年生のものにしては少しばかり大き目で、大人の男性が使う用の傘に見える。
傘の手元の少し上にある突起を押し込むと、骨格が鳥の羽の様に広がり、天井を作り出した。
そうして、大きな鳥の羽に守られながら僕は学校まで足を進めるのだった。
学校に行っている途中、僕は昨日の夜あったことを思い出してみた。
望遠鏡を貰った事、夜の公園に星を見にいった事、その公園に彼女がいた事、初めて彼女の笑顔を見た事
彼女に言われた事。
『貴方の事は嫌いだけど、君の事は好きだな。』]
昨日の晩彼女に言われた言葉が、何回も何回も頭に響いて回った。
貴方は嫌いだけど、君は好き。
一見矛盾している言葉だけど、僕はその言葉に惹きつけられる様なとてもつよい引力を感じる。
どういう意味なんだろう。貴方と君。
彼女からすれば、どちらも僕だし、どちらも貴方だし、どちらも君だ。
彼女の中は、どうしてあの時そんな言葉を僕に投げかけたんだろう。
それに、昨日の事を考えていると、どうしても彼女があの時見せた笑顔が脳裏から離れない。それほどまでにあの笑顔は印象的で、僕の心に花を咲かせるには充分すぎる肥料だった。
彼女の言葉と彼女の笑顔。
両方を交互に考えて、頭の中でグルグルと回転させていると、足取りも早くなっていたのか気付くと既に学校の校門前にまでついていた。
赤色。水色。黒色。空気色。
校庭は文字通り十人十色の傘色で埋め尽くされていて、ぎゅうぎゅう詰めになっている。
僕はそんな傘の間を早歩きでかいくぐって、玄関先まで走り抜けた。
大勢の生徒が雨が染み込んだ地面を踏んで歩いたため、校庭の土は泥の様になっていて、足を動かす度にぺちゃぺちゃと音が鳴っている。
そんな走り心地の悪いグラウンドを抜けて玄関先につくと、僕は傘を下ろす。
周りの人の邪魔にならないように、傘を小降りに振って水滴を落とし、テープでしっかり傘を丸めてから傘立てに突き刺した。
ここで、ある一羽の職務は一旦終了した。
教室に入ると、天候とは違っていつも通りの日常が広がっている。
強いて言うなら、僕だけがいつもと違う落ち着きの無さを見せていた。
赤渕凛、彼女が魅せたあの笑顔がやはり脳裏から離れず、彼女にどう挨拶すればいいのか分からない。
僕は出来るだけ平常心を保ったまま彼女の元へ向かう。
「お、おはよう」
「えぇ、おはよう。昨日はあの後ちゃんと帰れた?」
「あぁ、うん。帰れたよ。凛さんはどう?」
「私も帰れたわ。」
打って変わって、彼女はいつも通りの冷静っぷりだ。
もっと劇的な変化を期待していたわけではないのだが、もう少し明るく接してくれても良かったのではないかと思う。せめて、本から目を離して僕の目をみて挨拶するとかでも、かなりの成長じゃないかと思う。
そんな彼女の態度に一喜一憂しつつも、やっぱり変わらない彼女の様子を見て、僕もいつもの落ち着きを取り戻せたように思う。
ふぅ。っと心の中で一息ついて隣の自分の席に荷物を置いた瞬間、僕の後方から肩をつつかれた感触があった。
叩かれた方は左側だから、右隣にいる凜さんでない事は確かだ。では、いつも通り拓周りの連中だろうか。
数秒遅れて、ゆっくりと顔をその方向に向けると、目の前にはクラスの女子「関口彩花」が立っていた。
以前のホームルーム前の時間、僕が男子に座らされた席の持ち主でもあり、性格診断の本をいち早く僕に解かせてきた張本人。
身長は僕よりも大分小さく、ショートカットで真ん丸な目をした小動物の様な少女だ。
そんな彼女が僕に一体何の用事だろうか。そんな疑問は、彼女の後方にいた二組の女子の表情から、聞くまでもなく察することが出来た。
「あの、今日の放課後、校舎裏に来てくれませんか。」
予想通りの言葉だった。
彼女は控えめな性格だし、普段こうして自分から人に話しかける所なんて滅多に見ない。大方、僕への気持ちをクラスメイトに共有した結果、その人たちにのせられて性格診断や告白の予告を行ったのだろう。
小さく、僕に聞こえる様にだけの声量で発したため、他の人に聞こえて変な騒ぎになることはなかった。隣の席の彼女にも聞こえてはいないだろう。
であるなら、ここは大人しく従って、出来るだけ早く会話を切り上げたほうがいいだろう。
「うん、わかった。待ってるね。」
どうなることやら。どうやら、頭痛が少し増したようだった。
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