スターパレット | 大嫌いな女子しかメンバーがいない部活に入ってしまった！

夕方、気分転換に公園まで足を伸ばした。目に留まったのは、ちょうど良さそうな小高い丘。空全体が、きらめく星の海に沈んでいる。さすがに絶景だ。

丘の上に着くと、キャンバスを立てかけ、パイプ椅子をセッティング。

「…ん。これだよ、これ」

満足そうにつぶやいて、俺は椅子に座り、深く息を吸い込んだ。バッグから数本の筆を取り出す。この相棒たちは、真剣に描くときしか出番がないんだ。

「わっ、あなたも絵を描きに来たの？」

風のように突然舞い込んだ、驚いたような女の子の声に、ぷつりと楽しみが途切れた。

不意を突かれて体を少し跳らせ、振り返る。そこには、くるくるの髪に、ご機嫌な笑顔をたたえた女の子が立っていた。

女の子か。たまに絵画に興味がある子もいるらしいが、描いてる側にまで興味が及ぶとは限らない。

だいたい、可愛い男の子の絵の方が、たとえ技術的に劣っていても、そうじゃない奴のプロ級の絵よりずっと「素敵」に見えたりするんだよな、彼女たちには。

はあ、自分なりに整った顔に生まれててラッキーだったな。内心、嗤ってしまう。

薄笑иを消し、現実に戻る。現実には、異性との会話が待っていた。うんざりと眉をひそめながら。

「…ああ。」言葉を渋るように伸ばした。「でも、俺、描いてるとこ見られるの好きじゃないんだよね」

「私も絵を描きに来たの！えへへ、いちおう画家志望だよ！」

彼女の顔には、何のわだかまりもない笑顔が広がっていた。

画家？その称号、まだ早くないか？…ってか、道具らしい道具も見当たらないし。小さなバッグしか持ってないんだが。それに入るもんか？彼女の大げさな「画家」って肩書にふさわしいのは、せいぜい子供用のマジカと方眼紙くらいのもんだろ。

女の子は俺に近づき、パステルカラーのチェックスカートを直しながら芝生に座った。そしてバッグからタブレットと、なんか…鉛筆？みたいなものを取り出して。

「それ…何してるんだ？遊びに来たのか、絵を描きに来たのか？」イライラしながら、ぶっきらぼうに聞いた。

彼女は目をまん丸にしてこっちを向いた。そして、ウェーブのかかった前髪を直しながら、

「え？何が？」

心底わけがわかってないような声が、こっちのイライラにさらに油を注いだ。

「そのタブレットと、变な鉛筆、いったい何の用だよ」

「絵を描くのよ。この『变な鉛筆』はスタイラスだし。デジタル画ってやつ」

「で…デジタル…が？」絵の手法にいろいろあるのは知ってる。けどそれは初耳だ。タブレットで描く絵ってことか？

「それで…自分を画家って呼ぶのか？その言葉、汚すなよ！」

突然、私は椅子から立ち上がりながら彼女に叫んだ。

「こんなスタイラスでタブレットをなぞって、どこが楽しいんだ？絵の具の匂いも感じられない、失敗したら何度でも修正できる、それじゃあ最初から完璧な一枚を描き上げるっていう真剣味がまるでないじゃないか！」

「で、でも…絵を描く人が画家なんじゃないの…？」

地面に押しつぶされそうな小さな声で、彼女はつぶやいた。

彼女の目は泳ぎ、私を直視できずにいた。唇がわずかに震えている。この“画家気取り”の図々しさにはあきれた。ただ描いてりゃいいってのか？幼稚園児だって毎日描いてるぞ、そいつらも全部画家なのか？

なに…こいつ、そんな口をきく図々しさがあるのか？俺が知ってる中じゃ一番なんだぞ！…まあ、知ってる画家は自分だけだけど。でもいい。

「ピカソとミケランジェロが同時代の人だと思ってそうなくせに、ずいぶんな口利きだな」

サークスたっぷりの声で、吐き捨てるように言った。

「え…だって、同時代じゃないの？」

一瞬、少女は肩を落とした。

「だから言っただろ」

「くっ…！」

彼女はフンと鼻を鳴らし、背を向けた。彼女が座っていた場所には、ぺちゃんこになった草が残っている。

「せっかく自己紹介しようと思ったのに…私、野村美香って言うの。でも…そんなの、どうでもいいんでしょ、あなた様には！この、自分勝手なバカ！」

次の日は、ごく普通の授業日で、相変わらず一人で過ごした。でも、長い孤独の経験から言うと、そういう時こそ絵のアイデアが浮かぶんだ。たとえば先週、退屈しのぎにいつも眺めている窓の外の景色を描いた。窓のそばには木が生えていて、ある時間帯になると、僕の席に綺麗な影が差し込む。そろそろその時間だ。毎時間、それを待ち侘びている。

窓の外をぼんやり眺めていると、いろんな思いが去来する。過去のことも含めて。

僕の学歴はちょっと変わってる。子供の頃は美術教室に通わされて、その後は普通の中学校へ進んだ。そこでひとつの真実に気づいた。みんな、本当のアートがわかってないんだ。有名な画家の名前を言ってもピンと来ない。「葛飾北斎？」「知らない。」「歌川広重？」「それってお前のおじいちゃんの名前か？」みたいな。中学に入ってから、ずっとこんな調子だった。

その後、親が僕を「星野ウェイ」高校に放り込んだ。文字通り「星の道」をいく、この街で指折りの進学校だ。でも、ここでも何も変わらなかった。

むしろ悪化した。最近、すっかり忘れてた校則を思い出した。生徒の「活動実績」を報告書でよく見せるためか、全員がどこかのクラブに所属しなきゃいけないらしい。まあ、元々この規則はほぼ全員が守ってた。星野ウェイのクラブは、スポーツでも音楽でも、プロ級の人材を輩出してるから、みんな何らかの形で参加したがるんだ。僕はそういうのには興味がなかったけど。

あっという間に授業は終わった。いつも通り、真っ先に教室を飛び出して家に帰りたいところだった。終業後でも教室は賑やかで、ざわついている。教科書をざっと鞄に詰めて肩にかけたその時、どこからか生徒の声が聞こえた。

「鈴木君、西村先生が呼んでるよ」

たちまち教室は静かになった。西村センセーは我校の英語教師で、二年J組――つまり俺のクラスの担任だ。西村サヤ、これが先生のフルネーム。そして先生にはひとつ、どうにも我慢ならないクセがあった。突然英語を挟みたがるんだ。カッコいいと思ってるんだろうが、まったくもってダサい。まるで前世紀に取り残された人間みたいで。

先生の拳は重い。なんせ、ご本人の話では十年間空手をやってきたというから、誰も逆らえやしない。そんな先生に呼び出された日には、死刑宣告も同然だ。

西先生の職員室に入ると、コーヒーの匂いがかなりきつかった。もうすでに、この部屋の烙印として染みついているようだ。

室内には西村先生がいて、マグカップでコーヒーを啜っていた。私を見つけると、先生は眉をひそめ、カップの取っ手を強く握った。ああ、これは凶兆だ……。

「鈴木君、君の件で私もいい加減疲れ果てたよ。上からは、君に何かしらのクラブに参加するようにと、さんざん圧力がかかっているんだ。This isn't great, you know? わかるだろう？」

だから言っただろ。

西村先生は平静な表情でこっちを見ていたが、足はイライラと揺れていた。私は視線をそらし、口を少し開けた。やがて、ニヤリと笑みが零れた。

「俺、もうクラブ入ってますよ。『クラブ未所属者』のクラブってことで」

「そのジョーク、鈍すぎるよ、鈴木。それに、クラブとして認められるには最低三名のメンバーが必要なの。あなたの『クラブ未所属者』クラブには、現在一名しかいない。Understand, ハル？」

「ありえません。クラブに入ってないのって俺だけのはずないだろ。他にも同じような苦学生がいるんじゃないですか？」

「残念ながら、本当にあなただけなの。そして学校当局はそれが我慢ならないのよ！」

なぜその言葉は、顔面への唾のように感じられたんだ？…はっ、ここでさえ、認められざる天才はたった一人か。

「そうだ、人数不足のクラブといえば！」西村先生が声を弾ませた。「最近、美術部が新設されたの。あなたにもぴったりじゃない？ちょうどその部も、今は部員が一人だけなのよ！」

「美術部？へえ、ありがとうございます、西村先生。でも俺はどちらかというと、ゴミ拾い部の方がいいですね」

「その部活ならあるわよ？入ってみる？ボランティア同好会って言うの」

西村先生が身を乗り出した。強烈なコーヒーの臭いと、人生の選択ミスみたいな香りが鼻を突いた。先生の阴谋めいた囁きが耳に届く。

「選択肢は二つ。美術部か、ゴミ掃除部か。どっちか選びなさい〜」

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そう、言った通り、星野ウェイのクラブ活動の選択肢は幅広い。ゴミ掃除部みたいなものまで含めてね。昼カラオケ同好会、クイズ研究会、オタクサークル…いろいろあった。最初にクラブに入るよう言われた時に全部目を通したんだ。その時は「考えておきます」って言って数週間やり過ごしたけど。

もう選択の余地はない…。それに、そんなクラブにまつわる話を一つ知ってるから、同じ運命はごめんだと思ってた。

西村先生に連れられて、どこかの教室へ向かう。二階にあるらしい。先生のヒールの音が時計の秒針のように、俺の運命へと刻みを進める。

その音とともに、心臓の鼓動が一分ごとに、一拍、また一拍と速くなっていくようだった。

途中で先生は振り返り、ニヤリと笑って言った。

「そんな顔して。まるで私が死刑執行に引いて行くみたいじゃない」

よく言うよ…。強制的にクラブに入れられて、なぜ俺が不機嫌な顔をしてるのかわからないって？ ふん、と鼻を鳴らし、俺はぶっきらぼうに応じた。

「違いなんてあるんですか？ 俺には同じに見えますけど」

西村先生は軽く笑うと、そのまま美術部の教室へと俺を引っ捉っていった。

ついに、運命が俺を追い詰めた。美術部の教室に入ると、あの娘が机に向かって座っていた！あの図々しくも自分を「画家」呼ばわりする女だ！変な鉛筆でタブレットに何か描いている。

「野村さん、新しい部員を連れてきたわよ！」

「西村先生、こんにちは！ありがとうございま…」

彼女は俺の顔を見た瞬間、言葉を詰まらせた。

「どうしたの、野村さん？」

「い、いえ…なんでも。ありがとうございます！」

「ただ気をつけてね。彼はね、自分以外の存在を認めるには『too arrogant』なのよ〜」

なんで俺が高慢なんだ！学校には自分がスポーツできるって自慢してる奴らもいるだろ。なんで奴らは高慢って言われないんだ？俺はただ、自分が絵が上手いって自覚してるだけなのに。

腕を組み、眉をひそめる。西村先生は、私の不機嫌そうな表情に気づいたらしく、何かを暗示するように私の肩をポンと軽く叩いた。

「えっと…俺、鈴木ハル。２年Ｊ組」

嘘くさすぎて、自分で吐き気を催しそうなほどだった。

「なんだか知り合いみたいね。それに、ハル君はもう君に嫌な思いをさせたみたいだし。まあ、私の知ったことじゃないわ。二人とも、部活を楽しんでね！」

そう言い残して、俺の処刑人は部室を去っていった。

どうもありがとう…。ああ、本当に感謝してるよ、こんなバカげた部活に無理やり放り込んでくれて。共同のテーブルに座り、頬杖をついた。

「西村先生以外、誰も見つからなかったの？」

は？ 黙っているかと思ったのに…。私は机から顔を上げ、彼女の目を見た。彼女は腕を組み、眉をひそめて座っていた。

「黙れ。こっちも機嫌が悪いんだ」

わざと無関心を装って言った。

「私だって同じよ。あなたみたいな自己中と一緒にいるの、気持ち悪いし。ぶるっ、鳥肌ものだわ！」

彼女は体を縮め、寒さか恐怖でもあるかのように、大げさに震えるふりをした。

美紀の演技がかった震えは無視した。無視してれば、話しかけてこなくなるだろ？

「あと二年も一緒にいなきゃいけないのよ。無視したって意味ないわ」

二年… 最悪だ。だが、私はあの有名な絵の猿のように意地になって耳を塞ぎ、無視を続けた。彼女の予言は外れた。彼女はタブレットでの絵描きに戻っていった。

ちらりと見たその絵に、私は心臓を止まれと言わんばかりの衝撃を受けた。ひどすぎる。失神しそうになり、足ががくんとしたが、生きる意志が勝った！言わずにはいられない！

「な、なんだそのプロポーションは？！なんで目がでかすぎるんだ！この体はどうなってる！鼻が単なる点じゃないか！頭も…ひどい！」

「は？あなた石器時代の人？これがスタイルってものよ！」

彼女は叫ぶと、歯を食いしばり、唇を震わせながら続けた。

「それに…これだって、あなたの絵の具画と同じくらい努力が必要なのよ…」

最悪だ！見てるときは、彼女にも絵の才能があるんじゃないかって期待してたのに、違った。期待も、彼女を画家だと思う気持ちも、消え失せた。

部活が終わるまで、読書で時間をつぶすことにした。もう、彼女のことは見ない！絶対に！

ただ一つだけ良かったのは、自分の画材を部室に持ってきて、美紀に本当のアートを見せられることだ。この道の天才、鈴木ハルによるアートを。