僕たちは、夜明け前の海で

ゆた

第1話

 写真を撮りに早朝の海に出かけていく。海は苦手だ。全てを飲み込むようで、水に沈むと死んでしまう。僕は、カメラを海に向けてセットし、朝日が昇るのを待つ。

 

 朝日が昇るのを待つ間、頭につけたライトで、ポケットから取り出した手紙を読むことにした。昨日、友人でありアイドルのホノカからもらったものだ。


 図書館でいつものように本を読んでいると、彼女が話しかけてきた。練習帰りの、スウェットを着ている彼女は、麗しく、周りの勉強をしている高校生がちらちらと彼女を見ていた。閲覧席では、おしゃべりは厳禁だから、移動しようとすると、彼女がそれを制して、一枚の封筒を僕に差し出した。僕がそれを受け取った途端、もう彼女は用は済んだとばかりに、じゃあね、と手を振って、去っていった。


「日が昇るのは遅いなぁ」

 友人のハヤシヒロシが、アウトドアチェアで、腕を頭の上に乗せて言う。

「毎日、よく待つよ」

 彼はいれたてのコーヒーを飲みながら言う。


 僕は言う。

「ずっと日が昇らない錯覚を起こすだろ」

「というか、もうこの暗闇に飲み込まれすぎてどうでもよくなるな。目を閉じても、真っ暗。目をあけても真っ暗。起きているのか、死んでいるのか、わからない」

「それでも絶対日は昇るんだから不思議だろ?」

「いや、ヒデが撮りたい景色が、よくわからんよ」


 日が昇ると、紅葉が見える。木々の葉が、赤色や黄色、茶色に染まっているのだ。それが綺麗で、それを見るために、写真に撮るために、僕は今日もここにいる。


 僕は、いつも同じ場所にいる。離れたいとも思うし、ここではないどこかに行けることを望んでもいる。それでも、今の場所を大切にできないのなら、どこに行ったって、満足はしないだろう。今いるこの場所で、どれだけのことができるのか。それを、考えずに、ただこの場所じゃない場所で光り輝いている妄想ばかりする。僕は僕に期待したいのだろうし、それは、悪いことではないかもしれない。でも、ときどき、そういうここじゃない場所で光り輝いている妄想をすることに、現実との差に、気分が沈んでしまう。どうせ、そんないい現実はありはしないのだから。

 そう認めることが、苦しい。


 ホノカからの手紙を読む。他愛ない、特別なことなんか何も書かれていない、それでいて、彼女の僕に伝えたいことがあるのだということが、その手紙から伝わってくる。

 日が昇っていく。

 僕は、カメラでは写せない美しさを前に、しばし見とれ、それから、これをホノカにも見せたいと思った。

「帰りますか」

 ハヤシが、コーヒーのカップを片づけながら言う。


 僕たちは、荷物を肩にさげ、海を後にした。

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