第4話 第一日昼 後半

モリソンが最初に仕掛けた。彼は椅子から勢いよく立ち上がり、木こりらしい軽やかな足取りで手を振りながら、皆に言葉を投げかける。ひょうきんな笑顔が照明に映え、観客席から軽いざわめきが上がる。


「ねぇ、サイラムとバックスとドロシーに因縁があるようだから今日はここから選ぶってのはどう?」

その軽口のような調子に、客席から笑い混じりのどよめきが広がる。俺はモリソンの視線を捉え、彼の目が一瞬だけ鋭く光るのを捉える。遊び心を装いつつ、場を動かす計算だ。確かに、この一言で空気が変わった。舞台上の緊張が、ゆっくりと渦を巻き始める。


ドロシーがすぐさま反応する。令嬢の彼女は背筋を伸ばし、優雅にスカートの裾を軽く持ち上げながら、毅然とした声で返す。

「受けて立ちますわっ」

その堂々とした態度に、観客席から温かな拍手が沸く。俺はドロシーの瞳に、緊張の裏側で燃える決意を感じ取る。二度目の舞台で、彼女はすでに成長しているのかもしれない。


対して、サイラムは眉間に深い皺を寄せ、警備主任らしい威厳を保ちながら、強く反対の意を示す。拳を軽く握り、声を張り上げる。

「わしは反対じゃ、モリソン。まだなにも分からんのに、いきなり殺されるではないか! そうなったらバックスと戦えんではないか」


その言葉にかぶせるように、バックスが吠える。彼は舞台を大股で横切り、サイラムに向かって人差し指を突き立てる。挑発的な笑みが口元に浮かび、観客の視線を一身に集める。

「それよりも……。俺はモリソンとスミスにも因縁があったように思う、貴様ら二人に絞るのはどうだ?」


突然の矛先に、モリソンは大げさに肩をすくめ、子どものような無邪気な口調で答える。両手を広げ、観客席に向かって軽く頭を下げる仕草が、場をさらに和ませる。

「えっ、やだ。死にたくないもん」

観客席がどっと笑いに包まれる。笑い声が波のように広がり、舞台の空気が一瞬軽くなる。俺はモリソンの演技に、内心で舌を巻く。あのひょうきんさの裏で、何を狙っているのか。


笑いが収まらない中、グラハムがゆっくりと椅子から立ち上がる。牧師の彼は、穏やかな表情を崩さず、静かな声で場を諫める。

「自分が対象になったとたんにこの騒ぎです。悔い改めなさい。神は見ておられますぞ」

その荘厳な言葉が、笑いを静め、再び緊張を呼び戻す。俺はグラハムの視線が、モリソンに優しくも鋭く注がれるのを見る。理論派の彼らしい、言葉の端々に神の影が感じられる。


場が少し鈍り始めたのを察したのか、アイクが提案を放つ。村長代理の彼は、穏やかな笑みを浮かべながら、手を軽く挙げて皆の注意を引く。

「ちょうど女性陣が三人いるので、後ろに並んでみませんか? 十人の男性陣がいるので」

唐突すぎる案に、俺はすかさず突っ込む。金貸しの立場から、軽く肩を竦めて声を上げる。


「並ぶって……合コンでも始めるつもりか?」

モリソンが即座に食いつく。彼は目を輝かせ、両手を叩いて飛び跳ねるように反応する。

「あ、それいいね。だれがタイプかやってみよう」

観客席が「おおっ」と沸き立つ。数人がすでに椅子を引き、舞台上でぱらぱらと動き出す。


笑いと期待のざわめきが、会場を満たす。スミスが慌てて抗議する。鍛冶屋の彼は、太い腕を振り上げ、困惑した表情で声を張る。

「タイプって。それ、難しくないかぁ? 第一失礼じゃ……」

しかし、もう遅い。気の早い面々が三人の女性陣の背後に集まり、舞台に妙な緊張と笑いが同居する。


俺は周囲の動きを観察しつつ、ゆっくりと列に加わる。結局、スミスも慌てて最後尾に並んだ。配置はこうだ――マーサの後ろにベイリーとサイラム。ドロシーにはモリソン、マックス、ドノバン、そして俺。アリスの後ろにはバックス、グラハム、アイク、そして遅れてきたスミス。俺は観察を優先したため、一番最後尾に立った。列の先頭から後尾まで、視線が交錯し、微妙な空気が流れる。


マーサが肩越しに振り返り、唇を尖らせて拗ねたように言う。踊り子の彼女の仕草は、観客を魅了する。

「ひどーい、あんたたち、覚えておきなさい」

観客席が大爆笑に包まれ、舞台の緊張が少しほぐれる。赤いペンライトがマーサのファンから激しく揺れ、歓声が加わる。アイクが手を挙げて、穏やかに解説する。村長代理の彼の声は、場を整理するように落ち着いている。


「わたしが提案した作戦でしたが、これも無駄にしてはいけないと思うんです。例えばマーサの後ろにベイリーとサイラムがいますが、二人が人狼同士というのはちょっと考えにくいと思います」

なるほど――確かに。俺は列の後ろから皆の配置を眺め、頭の中で整理する。同じサイドの者は、わざわざ同じ列に並ぶことを避けるだろう。女性陣が村人なら、その後ろに人狼三人が固まるのは心理的に難しい。仮に女性陣の中に人狼がいたとしても、その背後にさらに仲間が立つのはリスクが高すぎる。アイクの提案は、意外に鋭い。


アリスが小さな声で口を開く。花売りの彼女は、列の先頭で静かに皆を見渡す。あどけない見た目に反して、指摘はいつも鋭い。

「あと私にはスミスさんが動くのが遅すぎると思いました」

会場がざわつく。観客席の笑いが収まり、緊張が再び張り詰める。俺はアリスの視線がスミスに注がれるのを見、彼女の観察力に改めて感心する。スミスの遅れは、確かに目立っていた。


モリソンがすかさず問いかける。彼は列の真ん中で、楽しげにアリスに視線を向ける。

「ねえ、アリス。じゃあピサロは? ここの一番後ろだけど?」

俺は心臓を掴まれるような気持ちで、彼女の口を待つ。列の最後尾から、皆の視線が俺に集まるのが感じられる。観客席のざわめきが、一瞬静まる。

アリスは一瞬も迷わず、さらりと答える。彼女の目が、俺をまっすぐ見つめる。

「かっこいいと思います」


会場が爆発的に沸いた。黄色い歓声、笑い声、そしてため息まで入り混じる。俺は思わず頰が熱くなるのを感じるが、すぐに表情を整える。観客の熱気が、舞台を包む。

すかさず、バックスが噛みつく。彼は列の前から大げさに声を張り上げ、観客席に向かって両手を広げる。

「ウェンリーはどうしたんだよっ」


再び大きな笑いが巻き起こる。客席のざわめきが頂点に達し、舞台の空気が軽くなる。だが内心、俺は冷や汗を流していた。目立って遅れて動いたことが、無用な疑念を招いたのは間違いない。列の最後尾で、俺は皆の背中を眺め、誰がどう思っているかを推測する。


アイクが話をまとめにかかる。彼は列の前で手を挙げ、穏やかに皆の注意を引く。

「それでは……今日の投票対象を、女性陣に一人ずつ選んでもらいましょう」

ざわめきが収まらない中、三人の女性が順に口を開く。マーサはマックスを、ドロシーはサイラムを、アリスはドノバンを指名する。マーサの指がマックスに向かい、ドロシーの視線がサイラムを射抜き、アリスの手がドノバンを示す。


――マックスとドノバンは、挨拶の段階から無難すぎて怪しい。サイラムは行動が遅かった。俺はこめかみを押さえ、息を吐く。結局、先ほどの「お遊び」が伏線として残ってしまったのだ。観客席のざわめきが、再び高まる。

バックスがすぐさま口火を切る。彼は列から抜け出し、ドノバンに向かって大股で近づく。

「ドノバンはいつにも増して無難な挨拶だった。アリス、貴様もそれを感じ取ったんだろう。そうだよな?」

ドノバンが慌てて手を振る。コックの彼は、列の真ん中で肩をすくめ、声を上げる。


「えっ私ですか? それってただ怪しいって、主観だよね? 根拠あります?」

バックスはあっさりと肩をすくめる。彼の表情に、遊び心が混じる。

「いや」

観客席がどっと笑った。笑い声が波のように広がり、舞台の緊張が一瞬緩む。だが、その軽さが逆に彼らしいとも言える。俺はバックスの態度に、計算された余裕を感じる。


グラハムが椅子を引いて立ち上がる。牧師の彼は、真剣な眼差しで俺を指差す。穏やかな声が、場を静める。

「対象にはなっていませんが、私にはピサロの動きが明らかに遅かったように見えます。人狼が仲間との重なりを避けたように見えましたが?」

場が一気にざわめく。観客席の声が大きくなり、視線が俺に集中する。俺はグラハムの言葉に、胸がざわつくのを感じる。彼の理論的な指摘は、常に的を射る。

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