ライアークロッシング
椎名悟
第1話 プロローグ
嘘。
「嘘をついてはいけません」と大人たちから一度も言われることなく育つ子供は、ごく少数だろう。
困った状況に追い込まれたとき、思わず口をついて出る言葉。それは稚拙で、すぐに周囲に見破られてしまうようなものだ。
果たして嘘をつくことは本当に悪いことなのか?
生き延びるための嘘は許されないのだろうか?
ヨーロッパで生まれた人狼というゲーム。
片田舎で、村長の惨殺事件が起きた。
戸口の前には、人のものとは思えぬ足跡。それも、一人分ではない。
夜明け前、いくつもの遠吠えを聞いたという証言が、面識のない複数の村人から寄せられた。
その夜を境に、村は閉ざされた。
恐怖は隣人の顔を変え、疑念は祈りを侵食した。
――人狼は、また現れたのだ。
やがて事件は、時とともに語り草となり、そしていつしかゲームになった。
プレイヤーに与えられた最大の武器は、「嘘」である。
人狼は華麗に嘘と真実を織り交ぜ、村に混沌をもたらす。
村人は、限られた能力と推理、そして記憶力を駆使して「嘘」を見破り、村に静寂を取り戻そうとする。
どちらが勝利を収めても、最後に残るのは「騙し、騙された」という快感だ。
堂々とつく嘘。それは善悪の枠を超え、ただただ頭脳をフル回転させて得られる宝石のような輝きに、心を痺れさせる。
だから、私はこのスリリングなショーを見ることを止められない。
「命を賭けないスリル」を、誰もが渇望している。
――
「開演まで、しばらくお待ちください」
無機質な文字が、パソコンの画面に表示されていた。
開始予定時刻を過ぎても、映像に変化はない。だが私は焦らない。ネット配信番組が時間通りに始まらないことなど珍しくないし、それが必ずしもトラブルを意味するわけではないと知っているからだ。
この配信は、現地の様子を複数のカメラで切り替えながら進行する。野球やサッカーの中継と変わらない。配信者が見せたい部分だけが映り、アップが多用されることで表情は分かりやすいが、画面外の動きや空気は届かない。
流れていくコメント欄は、今も熱気を帯びていた。鋭い推理を書き込む者、ひたすら推しを応援する者、久々に出演する「ピサロさん」の話題で盛り上がる者――そのすべてが、瞬く間に画面を埋め尽くす。
やがて画面が切り替わり、テーマ曲が流れ出す。
現地では、毎回違った組み合わせの前説が行われる。観覧の注意事項やルール説明、趣向を凝らしたファンサービス、グッズ販売など会場でしか味わえない要素も多い。
「これから始まりますは、たった一度の物語」
お決まりのフレーズが響く。
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