はちみつの雫

類家つばめ

第1話 幼馴染との再会

 新緑の時期にしては早い真夏日を記録した学校帰り、新潟駅行きのバスの車内で事件は起きた。


「うわっ、蜂!!」


 そんな声が後ろから聞こえて振り向いた途端、一匹の黒い影が目の前をブゥンと横切る。その瞬間、全身の血の気が一気に引いた。



 この狭い空間に蜂!?マジかよ!早く出ていってくれ!

 でも、もしこのまま居残り続けたら、終点に着くまでこの空間で過ごすことになる……そんなのとても耐えられん!



『(ピンポーン♪)次、とまります』



 やむを得ず降車ボタンを押し、次のバス停で逃げるように飛び降りた。すると、


「うわっ、すみません!」


 勢いで一人の女子高生にぶつかってしまった。相手は体勢を崩したものの、転ばずに済んだようだ。


「大丈夫です……あれ、拓真?」


 久しぶりに聞いた高い声に、心臓がドクンと跳ねる。こんな形で小中学校時代の元同級生・竹下たけした結奈ゆなと再会するとは思いもしなかった。


「結奈!?どうしてここに?」

「ここ私の学校の最寄り駅だもん。急に飛び出してきてどうしたの?」


 改めて辺りを確認したところ、俺が降り立ったのはJR越後線の白山はくさん駅だった。こじんまりな駅だが、市役所や高校、大学が集まる繁華街に近く、割と多くの利用者で賑わっている。

 見知らぬ場所ではなく駅で降りれた上、偶然結奈に再会できたのは不幸中の幸いだった。


「ああ、バスに乗ってたら蜂が飛んでて、全然出ていかないから降りたんだ」

「えー、そうなの!?大変だったね!あまりに切羽詰まってる感じだったから、バスジャックに鉢合わせたのかと思った。蜂だけに!」

「全然うまくないんだけど……」


 不意に放たれた彼女のダジャレに、俺は素直に笑えなかった。本当に心配してくれているのか……?



 小3の校外学習で蜂に刺されて以降、俺は虫全般が苦手になってしまった。小学校6年間同じクラスだった結奈もその事実を知っており、すぐに先生を呼んでくれたり患部を冷やしてくれたりと、献身的に寄り添ってくれた。



 時々ああいういじりもするけど、根は真面目で明るく優しい彼女に、俺は長年ひっそりと好意を寄せていた。

 しかし、虫に怯むくらい豆腐メンタルな俺に告る自信などなく、彼女に想いを伝えられないまま別々の道を歩んでいた。


「でもよかった。その調子だと元気そう。久しぶりに同じ地元の人に会えてよかった」


 そう言いながら、彼女はふふっと微笑む。俺も結奈の姿を見たのは卒業以来だ。

 緑を基調とした柳都りゅうと学院がくいんの制服を纏った彼女の姿は、まさに柳のように美しい。この1年強でさらに可愛さが増しており、眩しくてなかなか目を合わせられなかった。


「ほぼ同じぐらいの時間に通学してる筈なのに、意外と会わないもんな」

「だよね。帰りもずっと一人だし、今日は休みだけど部活も遅くまでやってるんだよね。みんな元気にしてるかなぁ」


 結奈が元同級生たちの顔を思い浮かべる一方、俺は若干心配になる。こんな可憐な子が毎晩一人で帰って、変な輩に絡まれたりしていないだろうか。


 9年間同じ学校だったとはいえ、彼女とは住む地区が違うので一緒に帰ったことは一度もない。できることなら、今日くらいはこのまま一緒に帰りたい。そんなことを考えていたところ、


「ねえ、よかったら一緒に寄り道して帰らない?」

「えっ!?」


 それ以上のことを、まさか彼女から提案してくれるとは!勿論、俺には断る理由がない。


「いいけど、寄り道って何処に?」

「新潟駅に美味しい米粉パンのお店があるんだ。店内でも食べられるから、空いてたら一緒に食べようよ!」


 俺も新潟駅は通学途中に何度も使っているが、そんな場所があるとは知らなかった。結奈が勧めるのなら、きっと間違いないのだろう。


「いいね。食べてみたいかも」

「やった!じゃあ、早く行こうよ!」


 満面の笑みを浮かべる彼女に連れられ、電車に乗るべく一緒に改札口へと向かった。



 ずっと忌み嫌っていた蜂にも、今回ばかりは感謝しよう。

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