33.地下の気配

街はどこも整備されていて、

暗い路地裏のような場所は

数えるくらいしか存在していない。

一見するといいことのように思うが、

これはどこであっても人の目が届くという

犯罪に対する警鐘にもなっている。

だからなのか通り魔や悪漢など、

暗い場所を好みそうな人間は

全くといっていい程見当たらない。

こんな街で本当に奴隷の違法売買なんて

しているのかと疑いたくなる程だ。

しかし、実際に被害者がいる以上は

徹底的に調査する他ない。


「少し道を聞きたいんだが。」


闇雲に歩き回るだけでは

何も得られないと思った凛太郎は、

路地の横で小物アイテムを売っている

一人の女に声をかけた。

敷物の上に並べられたアイテムは

回復薬や麻痺治しなどのようで、

品質は見てもよく分からない。

凛太郎はまだこの世界の

文字を読むことができないのだから。


「……。」


しかし、女は凛太郎に気づく気配がない。

目の前に立っていて、

しかも声をかけているのに気づかないとは、

やはり凛太郎のユニークスキルは不便だ。

しかし、今それを嘆いても仕方ない。

凛太郎は商品であろう瓶を一つ取り、

そこに書かれた数字だけゼルを置いた。

文字はまだ読めないが、

数字は元いた世界とほぼ同じだった。


「あれ?いつの間に売れたんだろう……。」


凛太郎が背中を向けて去っていくと、

やっと女は品が売れているのに気づく。

凛太郎の姿は見えなくても、

凛太郎が残した結果は見えるらしい。

もしもそれすらも見えないのなら、

凛太郎自身がこの世界に存在しているのか

分からなくなってくる。


「なんとなくで買ってみたが、

これは一体なんだ……?」


瓶のラベルに説明のような文章が

書かれているが、やはり読めない。

読めない物は読めないので

無限収納に瓶を放り込み、

凛太郎は探索を再開する。


「ん…?」


そして、あてもなく歩いていた凛太郎の

気配察知のスキルに人の姿が引っかかった。

座標はなんと凛太郎の足より下、

つまり地下にいることになる。

ダンジョンがあるくらいなのだから

地下なんて珍しくとも何ともないのだが、

凛太郎が違和感を覚えたのは

地下にいる者たちの気配が

人間族のそれではなかったからだ。

エルフともドワーフとも違う気配。

奴隷として囚えられた他の種族だろうか。

凛太郎はすぐに近くを観察する。

だが、気配が分かるとは言っても、

その場の地形まで分かる訳ではない。


「気配だけでは分からんな…。」


路地自体は複雑ではないが、

その地下への入口がどこにあるのか

皆目見当もつかない。

近くにある民家に地下への階段があるのか、

それとも地下水路のように

どこからか伸びているのか。


「ここは我慢比べだな。」


どの種族か分からない気配がほとんどだが、

人間と思しき気配も混じっている。

もしこの人間が奴隷商人や悪党なら、

どこかの道から表に出てくるはずだ。

その気配を追っていけば、

地下への出入り口も分かるだろう。

凛太郎は路地の端の方に寄り、

通行人に気づかれないように

影移動で影に潜った。

もしかしたらこのまま影移動で

地下に行けるのではないかと思ったが、

僅かな隙間がない限りは不可能だった。


「……腹が減った。」


宿屋を後にしてからというもの、

スキルを使いながらあちこちを歩き回り、

張り込みを開始してからも

それなりに時間が過ぎていた。

すでに朝食べたサンドイッチは

凛太郎の胃の中に残っていない。

収納に食料品はいくらか入っているが、

それらは調理することが前提の食材でしかなく、

今は調理に意識を集中させられない。

しかし、ここまで耐え忍んでおいて、

食べ物を買いに行っている間に

彼らが動き出したら目も当てられない。

我慢比べだと決め込んだのだ。

そう簡単にこの場を離れられない。

いっその事、生肉に齧りついてやろうか。

影に潜んでいる今の凛太郎では、

収納を開くこともできないのだが。


「…やっと動き出したな。」


あまりの空腹に思考まで

おかしくなり始めていた時、

凛太郎は我慢比べに勝利した。

地下にいる複数の人間の一人が

どこかへ歩き出したのだ。

その人間が何をしにどこへ向かうのか、

ここから分かることは何もないが

地上へ出てきたなら

そこから地下に入れば全て分かるだろう。

凛太郎は影に潜ったまま、

地下を歩く人間の後を追う。

地上の路地の構造は単純だが、

地下の気配は迷路を進むかのように

右へ左へと曲がりながら歩いている。

決してその気配を逃すまいと、

凛太郎も路地をひたすらに進む。

そして、ついに凛太郎は気配の主である

男の姿を視認することができた。

場所は街の外れにある橋の下、

どの角度からも見にくい位置にある

扉から出てきたようだ。


「見た目は普通の冒険者だな。」


男の年齢は30代前後で、

動きやすそうな軽装備をしている。

腰に下げているのは鞭とナイフ。

テイマー系の職種なのだろうか。

しかし、男の詳細は今はどうでもいい。

男がどこかへ行くのを待ってから、

凛太郎は影から出て橋の下に下りた。

中はおそらく入り組んでいるだろうが、

人影が集まっていた場所の

方向を覚えているので、

それを頼りに進むだけだ。


「いざ……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る