28.これから
寝る時間にはまだ早いので、
二人は食事をするために1階へ降りた。
宿屋の1階は食堂になっており、
宿泊客以外の客も訪れている。
多くの笑い声と喧騒に包まれる中、
凛太郎と日々和の二人は
隅の方で肉料理をつついていた。
「…つまり、お前が魔法やスキルを使うには
魔王に気づかれないようにするための
工夫が必要ってことか。」
久しぶりに食べる味のついた料理に
舌鼓を打ちながら、
二人はこれからのことより先に
日々和の魔法について話していた。
彼女がここまでの間に
ほとんど魔法を使ってこなかったのは、
単に魔王を警戒してのことだ。
この世界では魔法やスキルを使う際、
その者が持つ特徴的な余波や波動を
同時に放ってしまうらしく、
魔王はそれぞれが放つ波動を
敏感に感じ取ることができるらしい。
おそらく、魔王は彼女が封印されてからも
しばらくの間は彼女の波動がないかどうか
注意深く気にしていたに違いない。
魔王に直接聞いた訳ではないので
日々和のただの推測に過ぎないが、
彼女が派手に魔法を使ったりすれば
魔王は間違いなく彼女の存在に気づくだろう。
「あいつは力と名誉に溺れるような
脳筋魔族の親玉で頭は悪いけど、
その力と感覚は人間とは比べ物にならないわ。
あいつに気づかれないように
細心の注意を払う必要があるし、
私が生きてることがバレた時に
最低限応戦できるだけの力を
持ってなきゃいけない。」
凛太郎は魔王と対峙したことはないが、
魔王に匹敵するとさえ言われている
名前付きモンスターの一角である
ギルムルールに敗れたことがある。
未だにあのモンスターに勝つ自信はないし、
また遭遇したところで
尻尾を巻いて逃げ出すだろう。
それだけ圧倒的な差があった。
魔王がギルムルールと同じだけの
力を持っているとするなら、
やはり今の凛太郎ではとても太刀打ちできない。
「だから当面の私たちがやるべきなのは
魔王の感覚を欺く方法を探すことと、
少しでも早く強くなることの2つ。
可能なら強くて信頼できる仲間が
欲しいところだけど、
そう簡単に見つかるものじゃないわ。」
仲間と言われて凛太郎は思い出す。
そういえば、共にギルムルールと戦った
柑凪や杉森たちはどうなっただろうか。
無事に逃げることができただろうか。
もし生きていたとしたら、
凛太郎のことを心配しているだろうか。
心配…してくれているだろうか。
「まぁ仲間のことは置いておいて、
少なくとも今は自分たちのことを
最優先に考えるべきでしょうね。
たとえ他の種族がどうなっても、
魔王がこの世界を支配したら
何もかもが終わりなんだから。」
日々和の言っていることはもっともだ。
凛太郎たちがこの街に来たのは
人間以外のエルフや他の種族の者たちが
奴隷として囚えられ、売られている現状を
変えるためであるが、
仮に彼らを無事に助けたとしても、
その後に魔王に世界を支配されたら
助けた意味がなくなってしまう。
だから今凛太郎が考えるべきなのは、
エルフや他の種族を助けることよりも
凛太郎自身が強くなる方法だ。
だが、世界のためとはいえ、
目の前で悪に巻き込まれている者たちを
無視するなんて後味が悪いではないか。
しかし、ここで凛太郎の頭の電球が
ピカっと光って閃いた。
「悪い奴全部倒せば、
どっちもできるんじゃないか…?」
エルフたちを助けるには、
裏で糸を引いているという
悪い貴族を倒すのが最も早い。
そして、たとえ相手が人間であろうと
それが戦闘である限り経験値になる。
レベルを上げるための経験値稼ぎは、
ダンジョンなどでモンスターを倒したり
素振りや筋トレなどで地道に鍛える他、
対人戦闘訓練など色々方法がある。
それには当然実戦も含まれる。
この世界の人間ということは
ほとんど凛太郎の相手にならないだろうが、
塵も積もればなんとやらだ。
悪い貴族は倒してエルフたちも救う。
まさに一石二鳥というやつだ。
「木瀬ってホントバカね。
でも、そういうの嫌いじゃないわ。」
日々和からの許可も降りた。
結局、彼女も目の前で困っている人を
見過ごすことができないのだ。
二人の方針が固まったところで、
具体的にこれからどう行動するか考える。
この街は広く、人間も多い。
悪い奴をピンポイントで見つけるには
それなりに骨が折れるだろう。
凛太郎は他の人間に認識されないので、
聞き込み調査をすることはできない。
ならば、手当り次第に怪しい場所や
闇市が開かれていそうな場所に侵入し、
そこから怪しい人物に目をつける。
その間、日々和は街を適当にふらついて
奴隷に関する噂や情報を集めながら、
魔王の感覚を欺く方法を模索する。
「あの女の子、よく食うなぁ〜。」
方針も具体的な行動も決まったので、
二人で色々な料理を追加注文する。
周りにいる他の客には
凛太郎が認識されていないため、
二人分の料理を食べる大食いの女の子として
日々和が小さな注目を集めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます