7.岩
「逃げろぉぉぉ!」
多少は左右に曲がりくねっているので
岩がどんどん加速するということはないが、
一本道であることに違いはない。
別の道や横穴が見つかるまで
ひたすらに走り続けるしかない。
杉森の叫ぶような声が響き、
全員が前に向かって走り出す。
途中ではぐれないように
杉森は柑凪の、浦野は寺門の、
凛太郎は杏沢の手を掴み、
全速力で走り出す。
だが、敏捷のステータスに差があるせいで
どうしても速い組と遅い組が出る。
遅い組に合わせることはできるが、
それでは岩に追いつかれる可能性がある。
誰かが先行して道を探さなければ。
そして、その役を担えるのは
この班で最も敏捷の高い凛太郎だけだ。
「悪いが、少し我慢してくれ。」
ただ、凛太郎がいくら速くても
手を繋いでいる杏沢の足が
速くなる訳ではない。
二人の敏捷差はそれなりにあるので、
無理に手を引っ張る訳にもいかない。
となれば、選択肢は一つだ。
「きゃっ…!」
凛太郎は杏沢の手を肩に回すと、
彼女の背中と膝に手を添えて
軽々と持ち上げた。
二人の敏捷差がある以上、
こうして速い方が遅い方を
持ち上げて走るのが最も速い。
さすがに浦野のような大盾持ちを
担ぐのは厳しいが、
杏沢が魔法使いでよかった。
「俺が先に行く!」
凛太郎は最後尾から声をかけると、
一気に加速して4人を飛び越えた。
「…あぁ!任せた!」
杉森の返事を背中で聞いて、
風のように加速していく。
左右と上下にスペースがないか
注意深く見ながら道を進んでいくと、
しばらく進んでいった先の
右側に通路を見つけることができた。
暗くて奥はよく見えないが、
全員が逃れるには十分だ。
凛太郎は杏沢を降ろすと、
短剣を抜いて壁を数回叩いた。
「杏沢、何でもいい。
目印になるような魔法はあるか?」
「は、はい!あります!」
「俺はあいつらを迎えにいく。
この音がはっきりと聞こえるようになったら
魔法でこの場所をアピールしてくれ。」
「分かりました!気をつけてくださいね!」
杏沢の言葉が終わるのが早いか、
凛太郎は走ってきた道へ引き返す。
人を担いでいない分、
凛太郎本来の速さで走ることができる。
おかげで杉森たちとすぐに合流できた。
「横道は見つけた!このまま走れ!」
「木瀬君!ありがとう!」
岩と杉森たちの間はそう離れていない。
横道までの道のりを考えると、
ギリギリ間に合うだろうかという距離だ。
凛太郎に岩を遅らせるような
技か魔法があれば良かったのだが、
生憎とそんな都合のいい話はない。
SPを使って修得するという選択肢も
あるにはあるのだが、
一瞬を争うこの場面では
修得する時間も惜しい。
つまり、彼らが助かるかどうかは
彼らの純粋な頑張りにかかっている。
壁を短剣で叩きながら先導して、
たまに拾った石ころを
岩に投げて僅かな減速を期待した。
ほとんど意味はなかったが。
「
そして、先程の横道へ近づいてきた時、
杏沢の魔法が全員の攻撃力を上げた。
この魔法自体に意味は全くないが、
魔法を使う際には杖が光るので
それを目印としたようだ。
「皆さーん!こっちでーす!」
「みんな!最後の頑張りだ!」
岩はもうすぐ後ろに迫っている。
杏沢の杖を目印に最後の力を振り絞り、
浦野と寺門の二人は無事に間に合った。
だが、杉森と柑凪がもうすぐ横道へ
入ろうとする直前、
柑凪が躓いて転んでしまった。
それに伴って杉森も地面に倒れる。
立ち上がるには時間を要する。
だがそれを岩は待ってくれない。
「柑凪っ!クソっ…、一か八かだ!」
そこで真っ先に飛び出したのは浦野だ。
浦野は大盾を構えて岩に突っ込む。
「うおおおおおおおお!」
浦野の雄叫びと岩の悲鳴。
その二つが激しくぶつかり合って、
岩の速度を大幅に減速させた。
だが、岩は決して止まってくれない。
圧倒的な力に押し潰されるように、
ジリジリと浦野が押されている。
そしてそれをただ眺めている程、
凛太郎も杉森も臆していない。
柑凪のことは杏沢と寺門に任せて、
杉森は大剣を振り下ろし、
凛太郎は短剣を突いた。
「おらぁぁぁぁぁぁぁ!」
二人の男による同時攻撃。
杏沢が攻撃力を上げてくれて良かった。
見事に岩を砕くことに成功し、
誰のケガもなく危機を脱したのだ。
「へ、へへっ…やってやったぜ……。
最初からこうすれば良かったんだ…。」
あくまでも結果論に過ぎないが、
凛太郎は浦野の言葉に同意していた。
咄嗟の行動だったにも関わらず、
正面から危機を打ち倒したのだから。
思っていた以上にこの班は
優秀な組み合わせなのかもしれない。
しかし…達成感の後に彼らを襲ったのは
どうしようもない現実だった。
「まさか、武器がダメになるなんて…。」
浦野の大盾は大きくへこみ、
もはやその原型を留めていなかった。
一方で杉森の大剣は刀身にヒビが入り、
凛太郎の短剣は剣先が欠けてしまった。
もう一度さっきの岩が転がってきたら、
次は防ぐことができないだろう。
いくら凛太郎たちが初心者とはいえ、
まさかたった一度使っただけで
ここまで摩耗するとは思わなかった。
「ま、まぁ大丈夫だろう。
魔法使い組は無事だし、
俺らには高いステータスがある。
武器なんかなくても平気さ…。」
浦野の言う通りだ。
使い方が下手だっただけに
武器はダメになってしまったが、
高いステータスを誇る自分の体なら
問題なく使うことができる。
人攫いたちとのやり取りの中で、
武器がなくとも戦えることは
杉森が証明してくれているのだ。
きっと、きっと大丈夫だ。
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