毒師は禁制ポーションを裏で取り扱う。

イコ

プロローグ

 人は嘘をつく。


 ただ、良い嘘と悪い嘘があって、そこに人を思いやれる気持ちがあるのか? 



「まぁ、分かるよ。悪いことをしたらあかんって、昔おかんに言われるやろ? せやけど、悪いこととわかっててもやってしまうことってあるやん」

「……へぇ」

「別に自分が良い人間やとは思ってへん。せやけど、人の道を外した仁義なき行動はしたないやん。なぁ、ゴンザレス」

「はい! サソリの兄貴」



 海沿いに建てられた倉庫群。


 その一角で、ソファーに座った男は、黒いスーツ、細縁の眼鏡。白衣を羽織った高身長。髪はきっちりとなでつけて後ろへ流し、その目は蛇のように細く、光を測るように相手を見た。


 

 うさんくさい口調で、隣に立った身長二メートルを超える筋骨隆々な大男に同意を求めた。



「お客さん、ここは取引を行う場や、武器や魔法を撃って、ええ場所ちゃいますよ」


 

 先ほどまで取引を行うためにやってきた相手は、男たちに攻撃的な態度をとったため、裸に剥かれ、顔は腫れ上がり、周りには死屍累々の彼が雇ったボディーガードたちが倒れている。



「許してください!」



 涙を浮かべながら許しを乞う男に、獰猛な蛇のような目をして、怒りを表した顔を向ける。



「あかんな。許せるはずがない。裏切りは仁義に反しとる。それを許したら、オレが舐められることになるんや。なぁ、ゴンザレス」

「はい。サソリの兄貴を舐めたやつは許せません」

「そうやな。これでも裏社会で、毒師サソリと呼ばれとるんや。このエルドリア王国の自由港ザカ。その外れ、東方街区ロータスランタンは、この国にとっても無法地帯や、力こそが全て。舐められた奴から消えていく」



 男は震えながら膝をついた。唇は真っ青になって、潮の匂いが混じった夜風が、倉庫の隙間から冷たく吹き込む。



「最後に、聞いとくで」



 サソリがゆっくりと立ち上がる。白衣の裾が床に擦れる音が、微かに響いた。



「おまえが取引を裏切った理由を話してみ。素直に言うか? 嘘でもええ。せやけど、その嘘に人を思いやれる気持ちがあるんか? ないんか? それだけはハッキリさせとけ」



 男は嗚咽を漏らし、頭を下げる。言葉は喉の奥で潰れるように出てきた。



「……金です。借金が…返せなくて。家族が…」

「ほんまか?」


 

 サソリの目が細く光る。まるで猛禽類が怒りを表すように、その蛇眼は、嘘を見抜く。



「はい。家族のためです。嘘じゃありません」

「ふーん」



 サソリは嘲るように笑った。



「人間とは愚かしいな。残念ながらお前は嘘をついた」

「嘘じゃありません!」

「そうや。借金はあるんかもしれんけど、家族のためってところは嘘や。オレの目がそう判断した。オレはな、人の大事なもんを踏みにじるやつは大嫌いやねん。けど、守るために嘘をつくやつは、悪党やけど嫌いやない。わかるやろ、ゴンザレス?」

「はい! サソリの兄貴!」



 ゴンザレスが大きくうなずきながら、男に近づく。彼の手には布の包みがある。


 中身は小さな瓶が数本。夜光を帯びた液が揺れているのが見えた。


 禁制ポーション。


 本来は流通が王国によって規制されている商品。


 サソリはそれを裏取引で流通させていた。



 その名の通り「禁じられた薬」。


 依頼人を黙らせるには十分すぎる。


 一度口にすれば、効果を求める者には幸福を、しかし効果を求める必要のない者には死を与える。



「これは取り扱いがごっつ難しい薬や」



 サソリは瓶を受け取り、内ポケットから小さな茶碗を取り出した。


 淡い湯気が立つ。湯気の中に、何か香るものが混じる。


 生姜か、あるいは毒草だろうか。彼は手元を滅多に乱さない。静かに、確実に仕留める。



「選ぶんや。苦しんでのたうち回って死ぬか、眠るように死ぬか。どないする?」



 男の目が泳ぐ。自分の運命を理解して、涙が一粒こぼれた。


 サソリは瓶の蓋を外し、指先で一滴だけ茶碗に垂らす。液は湯に溶け、たちまち色を変えた。誰にでも効く毒ではない。


 目的に応じて調合を変える。殺すため、黙らせるため、あるいは真実を引き出すための毒は道具でしかない。



「ええ嘘をつけるかどうかは、最後のその瞬間にわかる。人は嘘をつく。せやけど、ほんまに思いやる気持ちがある嘘なら、オレは認めたる。せやけど、お前のように自分を守るために作った嘘はクソや。正義とか法律とか関係ない。人を思う心がある嘘は、ただの悪やないけど、お前は悪や」



 男は震える手で茶碗を受け取った。唇を震わせ、そこで止まった。サソリの顔が一瞬柔らかくなる。


 だが、すぐに元の冷徹さが戻る。



「家族を思うなら、せめてその顔で死んでくれや。見苦しい泣き顔は見とうない」



 男は茶を飲み干し、数瞬で目を閉じた。まるで寝息を立てるように、静かに息を止めた。ゴンザレスがそっと布を被せる。周囲の空気がゆっくり戻る。


 サソリは死体に背を向け、倉庫の奥へと歩いた。


 木箱が幾つも積まれている。木材のきしむ音、潮風に揺れる帆布の音。彼は一つの箱を開け、中の列を指でなぞった。


 そこには色とりどりの小瓶が整然と並んでいる。


 金属のラベルには見慣れた刻印、禁制の印が押されていた。



「今日の客は値が良かった。王都の使いがまとめて買うてくれるはずやったからな。軍用や、祭礼用や、そうかて衛兵が嗅ぎ付けたら面倒や。流すルートはしっかりせなあかん。せやけど、裏切った奴らは許せへんな」

「はい。サソリの兄貴」



 彼の手が一瓶を取り上げる。月明かりが瓶の中の液を透かし、淡い血の色を映した。サソリは瓶を胸元に押し当て、かすかに笑った。



「人は嘘はつく。けど、オレの嘘は誰かを守るためにある。そやから、禁制でも売る。裏でも生きる。これが、人の筋や」



 海鳴りが遠くで唸る。倉庫の扉がきしみ、黒い影が一つ、また一つと集まってくる。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


 新作は異世界中華風ファンタジーです。


 アイディアが思いついたので書いてみよう、ぐらいの気軽なものです。


 ストックがないため、書けたら投稿になります。


 誤字が出てしまうので、みつけたら教えてくれれば、直したいです。お気づきの方はどうぞご協力お願いします!


 それでは、楽しんでもらえるように頑張ります(๑>◡<๑)

 

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