怪盗レッドシリーズ①~⑤

秋木真

怪盗レッド① 2代目怪盗、デビューする☆の巻

プロローグ

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 6年生の春休み──つまり、あと1週間もすれば、中学生になるっていう3月の終わり。

 宿題がないのをいいことに、わたし、紅月こうづき飛鳥あすかはめいっぱいだらけていた。


 どのくらい、だらけていたかといえば、家にあるマンガのほとんどを読みなおしてしまうぐらい。

 その数、ざっと100冊。


「これでぜんぶかぁ」

 そのマンガも、いま読んでいるので最後だ。


「お~い、アスカ。ちょっといいか?」

 ドアのむこうから、お父さんの声がした。


「なに~?」

 わたしは、読んでいたマンガに目を落としたまま答える。


「ちょっと、部屋に来てくれ。話があるんだ」

「いまじゃなきゃダメ?」

 あと、マンガは半分ぐらいページがのこっている。

 主人公がピンチで、すっごくこのあとが気になるところ。


「大事な話なんだ」

 お父さんの言葉に、顔を上げる。

 大事な話? いったいなんだろう?

 首をかしげたけど、思いうかばない。

 ……あっ。

 もしかして、再婚相手が見つかったとか?


 お母さんはわたしが小さいころに、交通事故で亡くなっている。

 でも、あのお父さんに女の人を見つけてくるなんて、できるとは思えないけど。


 わたしは、マンガにうしろ髪を引かれつつ、立ちあがる。

「いま行くから、ちょっと待って」


 ドアを開けると、お父さんが立っていた。

 おない年の子にくらべて背が高いわたしが、見あげないといけないぐらい、お父さんの背は高い。

 180センチは、かるく越えてる。

 わたしが言うのもなんだけれど、お父さんは、体操選手のようなしなやかな体つきで、顔もまあまあ、いけている。

 ふつうならモテそうだけど、服装が破壊的にダメだった。まったく気をつかわないのだ。

 いまも、よれよれのシャツを平気で着ている。わたしがいくら言っても、洋服ダンスの上から順番に着ているとしか思えない、かっこうをしているのだ。

 こんなお父さんに、再婚相手が見つかるわけないか……。


「ん? なんだ。顔をじっと見たりして」

「なんでもない。それより話ってなに」

「それはおれの部屋に行ってからだ。2人も待ってるからな」

「2人って、おじさんたち?」

「そうだよ」

 お父さんはそう言って、部屋に入っていく。


 お父さんの部屋は、わたしの部屋と同じたたみの和室だ。

 部屋に入ると、中央にお父さん愛用のちゃぶ台がおいてある。

 その奥に圭一郎おじさんがすわっていた。ひょろりとやせて、メガネをかけたやさしそうな顔は、前に見たときとぜんぜん変わっていない。


 そのおじさんのちゃぶ台をはさんだむかいに、おない年のいとこのケイがすわっていた。

 ケイは、小さいころから鉄仮面でもつけてるの? というぐらい、いつも無表情の男の子だ。

 しかも、髪の毛をのばしっぱなしにしていて、色白な顔の半分ぐらいが隠れていた。


 2人は午前中から、うちに来ていたけど、顔をあわせたのは昼食のときだけだ。

 いとこといっても、ケイとは、たまにお父さんといっしょに会うぐらいで、話したこともほとんどないし、見てのとおりの愛想のなさで、わたしから話しかける気なんて、とてもおこらなかった。


 お父さんがおじさんのとなりにすわったので、わたしはケイのとなりにすわった。

 横目でちらりとケイを見たけれど、こっちに関心なんて、ひとかけらもないみたいだ。


 ゴホン、とお父さんがせきばらいをしたので、わたしは視線を前にもどす。

 そうそう。

 いったいなんの話なんだろう。

 おじさんたちまで集まっているってことは、よっぽど重大なことなのだろうか。


「アスカ、怪盗レッドって知ってるか?」


 へっ? いきなり、なに?

 お父さんの質問に、おもわずわたしは首をかしげた。

 この3人を集めて、話題が、怪盗レッドのこと?


「そりゃあ、知ってるけど……」

 混乱しながら、答える。


 怪盗レッドというのは、その名前のとおり、泥棒だ。

 でも、ただの泥棒じゃない。

 日本中、どんな警備のきびしい場所にも、あっさりと忍びこみ、絶対に捕まらない。


 そして、ここがいちばん重要なんだけど、怪盗レッドが盗みをするのは、悪いことをしてる人からだけなんだって!


 ルパンやキッドと同じ、大胆不敵な怪盗だ。

 だけど、レッドは小説やマンガじゃなくて、リアルな話。

 現実にいる怪盗だ。もちろん、会ったことはないけどね。


 その行動が、正義の味方っぽいってことで、地方新聞の一面とか、インターネットですごい話題になっている……みたい。

 みたい、なんて、あいまいな言いかたなのは、わたしはインターネットをやらないし、新聞はテレビ欄専門だからだ。だから、いまのも友だちの実咲から聞いた話だったりする。


「そうか。知ってたか。アスカは、新聞なんてほとんど読まないからな。知らないかと思ってたよ」

「わたしだって、新聞ぐらい読むよ」

 テレビ欄をね。


「悪い悪い。ケイくんも、当然、知ってるね?」

「はあ……」

 眠そうな声で、ケイが答える。

 夜ふかしでもしたのかな。

 さっきも、あくびをかみ殺してたし。


 お父さんはそこで、話をいったんくぎって、おじさんと視線をかわした。

 ん? なんか意味深だ。


「2人とも、気持ちを落ちつけて聞いてほしいんだが……」

 お父さんの真面目な顔に、なんだかドキドキしてきた。


「じつはな」

「うん」

 わたしは体をかたくする。


「怪盗レッドは、おれと圭一郎なんだ」


 えっ?

 いま、なんて言った? かいとうれっどは………………って。はあ??


「ちょ、ちょっとお父さん! 真顔でじょうだん言わないでよ」

 このタイミングで、じょうだんを言うなんて、ふざけすぎだ。


「……アスカちゃん。じょうだんじゃないんだ。そう思うのも、ムリはないけど」

 これまでだまっていたおじさんが、落ちついた口調で言った。

 いつもふざけてるお父さんはともかく、ものしずかで口数の少ないおじさんまで、こんな手のこんだじょうだんに加わるとは思えない。


 ……じゃあ、本当なの?

 お父さんたちが、怪盗レッド?

 わたしの口が、ぽかーんと開いた。


 言われてみれば、お父さんはイタリアンレストランの料理人をしているのに、出張だとか言って、ときどき家を空けることがあった。

 まさか、あれがそうだったの?


 わたしは、助けを求めてケイを見た。

 助けなんて求めたくない相手だけれど、わらにもすがるってやつだ。

 ケイは、さっきと変わらない無愛想な顔のままだった。


「それが本当のことだと仮定して、それで? そんなことをぼくたちに明かして、父さんたちはどうしたいの?」

 ケイは、腹がたつぐらい冷静だ。

 でも、このときばかりは、それがたのもしい。

「そ、そうよ。100歩ゆずって、お父さんたちが怪盗レッドだとしても、それをどうしていま、わたしたちにバラしたの?」

 わたしの言葉に、お父さんは、いい質問だとばかりに、うれしそうにうなずいた。


「そりゃあ、明日から、おまえたち2人が、怪盗レッドだからだ」


 ……アシタカラ オマエタチフタリガ カイトウレッド?

 言葉の意味を理解するのに、きっちり10秒かかってしまった。


「えええっ! ちょっと待ってよ! なに言いだすの!?」

 わたしはちゃぶ台に、身を乗りだす。

 ちらりととなりを見ると、さすがにケイもおどろいた顔をしていた。

代替テキストを入力…

「おまえたちには教えていなかったが、じつは、うちはだいだい、怪盗の家系なんだ。ご先祖にはあのねずみ小僧がいたとか、いなかったとかって話でな」


「ねずみこぞう?」

 ネズミの子どもがどうかしたわけ?

 知ってるかな、と思ってケイを見る。


 ケイはさっきまで眠そうに半分目を閉じかけてたのに、いまは冴えた瞳をしていた。

「──ねずみ小僧次郎吉。江戸時代の大泥棒だ。武士の家に100回以上盗みに入り、1万両以上を盗んだとされている。いまでいえば、数億円の価値があるだろう。盗んだお金を、貧しい人に分け与えたことで、義賊として有名だ」

 淡々とした口調で、ケイが解説する。

 よく知ってるなぁ、そんなこと。


「ま、おれだって、ご先祖の話は祖父さんから聞いただけだ。本当かどうかはわからない。ただ、うちがだいだい怪盗をしているっていうのは本当だ。しかも、うちにはご先祖からの決まりがあるんだ。子どもが13才になると、怪盗業を継がなきゃならない、っていうのがな」


「そんなのいきなり言われたって……。それに、まだわたし12才だし」

「今年で13才になるだろ」

 そんな適当で、いいわけ?


「それと、ついでと言ってはなんだが、どうせなら、怪盗レッドという名前も継いでくれるとうれしい。おれたちがつけたものだからな。で、おれたちは晴れて引退だ」


「いや、インタイとか、名前を継ぐとかって問題じゃなくて……ああ! もう頭が大混乱だよっ!」


「論の展開がむちゃくちゃだね。それに、ぼくは可能だとしても……」

 ケイが、ちらっとわたしを見た。

 どういう意味よ?

 わたしには怪盗はムリだってことぉ?

 そう言おうとして、べつに怪盗業なんか、つとまらないほうがいいことに気づいて、出かかった言葉を口の中で押しとどめる。


「そりゃ問題ないよ、ケイくん」

 お父さんは、やけに自信がありげだ。


「アスカ。おまえ、ビルの外壁を、ロープを使わずに、何階まで登れる?」

「えっ、ビル? え~と……17。ううん、いまなら20階はいけると思うけど」


 わたしの答えに、おじさんとケイが、目を丸くしている。

 なんか、ヘンなことを言っただろうか?


「……兄さん。娘になんてこと、教えてるんだよ」

 おじさんがあきれたように、ため息をついている。

「だって、必要だろう。かべ登りは」

「まあ、たしかにそうだが……」


「ちょ、ちょっと待って!」

 おじさんは納得しかけたけれど、わたしはそうはいかない。

「もしかして、わたしって、知らないうちに、怪盗になるための訓練とかさせられてたの?」


 思いかえしてみれば、幼いころから毎朝の10キロランニングや、ちょっとしたかべ登りや、なわぬけやカギ開けはやっていた記憶がある。

 ほかにも、ふつうのお父さんが教えてくれないようなことを、まあいろいろと。

 たしかに、ちょっと人とはちがうことをやってるなー、という自覚はあったけど。

 まさか怪盗の訓練だったなんて、これっぽっちも思わなかった。


「そういうことになるが、そのおかげでアスカは、明日から怪盗レッドを問題なく継げるんだ。文句はないだろう?」

「あるって!」

 力いっぱいにさけぶ。


「まあ、落ちつけ。それより、ケイくんはどうなんだ。やってみたくないか?」

 わたしのさけびを受け流して、お父さんがケイにきいた。


 当然断るだろうと思っていたら、ケイはコクンとうなずいた。

「やってもいいです」

「ちょ、ちょっと、本気?」

 わたしはケイの言葉に、耳をうたがった。


「だいだいの家業だっていうし、それならしょうがないよ」

 なによそれ。無気力すぎ!

「しょうがないって、そんなやる気のないことでいいわけないでしょ。ね、お父さん?」

「いや、べつにかまわん」

 ちょ、ちょっとぉ。


「それで、アスカはやりたくないのか?」

「わ、わたし?」

 話をふられて、ちょっと口ごもってしまった。


「えっと、まあ、そりゃ、少しは興味はあるけどさ……」


 最初はおどろいたけど、ぜんぜん興味がないわけじゃない。

 それに、怪盗レッドなら、悪者って感じじゃないし。


「よし! なら、決まりだ」

 お父さんが、ひざを手で打った。


「ちょっと、まだやるとは言ってな……」

「そうと決まれば、仕事を見つけてやらないとな。2人のデビューにふさわしい仕事だ。圭一郎」

「……わかってる。2、3日中には、調べておくよ」


「というわけだ。しばらくは、おれたちから仕事を──つまり盗む相手と、盗みだすものを──指定するからな。……それとアスカ」

「……なあに」

 お父さんたちのマイペースぶりに半ばあきらめて、わたしは返事をする。


「今日から、うちに圭一郎とケイくんが引っこしてくることになった。なかよくやれよ」

「アスカちゃん、これからよろしくたのむね」

 おじさんが笑顔で言った。

 引っこし? 2人が?


「えええぇぇぇぇ────!!」


 そうして、わたしとケイは、怪盗レッドになった。


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