第4話 妖怪と化した業人
とある日の浜坂家
「ケツタレ!お前またネットで悪さしたんか!」
龍はハガキを複数枚握りしめ純平を叱りつけた。
「オラシラナイ、ナニモシテナイ」
純平は白々しい嘘を付くが投げつけられたものに黙らざるを得なかった。純平の悪行を非難する中傷ハガキだ。
『おい龍!ネットで息子が悪さしてやんの〜wセクハラに暴言に未成年淫行未遂。龍は親としてネットを取り上げやがれ!』
「お前、あれほど大人しくしとれっていったよな?またワシに恥かかせるんか!」
「イヤッ!これアンチのなりすましだし!」
「お前、ワシをジジイだと思って舐めてるな?」
「え?」
「QRコード、読み取らせてもらった。これがなりすましなんか!?答えろ!」
龍がタブレットを突きつけるとそこには純平の数々の悪行が赤裸々に記されていた。中には動画もあり純平本人が差別発言や未成年者への劣情を語るものもあり言い逃れ出来ない。
「ヴー…」
「とりあえずそれは没収させてもらう、貸せ!」
龍は純平のスマホを奪おうと腕を掴んだ。
「イヤッ!イヤッ!」
普段の貧弱な身体からは想像もできないような力が込められる。それでもなお龍は奪おうとすると
「みじお」
ブリッ…ブチイ…ブリブリ…ジョワァ…
純平は放心しながら糞尿を漏らし始めた
「げっ…こんなところで漏らすな。早く掃除しろ。」
純平は体を洗浄されたあとオムツに履き替えさせられ、部屋の後始末をさせられた。
「オラ悪くない…悪いのはアンチ…」ブツブツ
反省の態度を示さない純平に龍は心底呆れながら
「もうスマホは好きにせい…だがここ一ヶ月は菓子パン抜きだからな。」
そう告げた途端
「ピギャアアアアア!ピギイイイイイイ!」
純平が金切り声を上げ始めた。
「うるさいぞケツタレ!静かにせんか!」
「ピギャアアアアア!」
「…ふん、そうやって騒いでろ。」
その結果純平は暗くなってからも騒ぎ続けた
「ピギィイイイイ!」
「まだやってるのか…その有り余る体力で働いたらどうだ?」
龍は純平が発作を起こすのには慣れっこであったが外部の人は違った。
ピンポーン
「ちょっと!おたくの息子さん夜中なのにうるさいわよ!」
「すんません、すぐ黙らせます。」
ドゴッ!キャケロビャ!
龍は純平の頭を思い切り殴りつけた。これで普段なら怯えきってしばらくは喋らなくなるのだが
「ピギャアアアアア!ピギイイイイイ!」
「…すんません、今日はダメみたいですわ」
「龍さん、あなたの息子さんが『アレ』で苦労してるのはわかるけどね、私たちも寝たいのよ。」
「すぐに病院に連れてきます…」
その日龍も近隣住民も眠れぬ夜を過ごした。
そして翌朝
「ワアアアア!パチパチパチ」
純平の奇声は相変わらずで、龍はぐったりしながら受話器を取った。
「はい、こちら陳宮こころの病院でございます。」
「もしもし、そちらで診察を受けております浜坂純平の父ですが、実はかくかくしかじかキャケキャケロビャロビャありまして。」
事務員は受話器の遠くから聞こえる獣のようなうめき声ですべてを察してた。
「わかりました。担当医は霧島ですよね?本日16時半なら予約を取れますがいかがでしょうか?」
「お願いします。もう限界ですわ…」
そして迎えた夕方、浜坂親子は霧島の病院にきた。父親は一段と疲れ切っているようだ。息子の方はいつも通りびくびくとおとなしい。これが家の中ではけたたましい声を上げていたのか。
「純平くんこんにちは。今日は予約より早くきたいってお父さんが言ってたけどどうしたのかな?」
「アンチがハガキを送ってきた!オラ悪くないのに!アンチウッタエル!」
(ハガキ?後でお父様に詳細を尋ねるか)
「そうなんだ。嫌なことされてイライラしたんだね。それで大きな声出したの?」
「そうだで!アンチの奴らもオトサンも!誰もオラのことわかってくれない!」
純平はフスーと息を吐きながら地団駄を踏み始めた
「おいケツタレ!地団駄をやめないと菓子パンの没収は継続じゃ」
「イヤッ!イヤッ!」
(埒が明かない。本人の診察は早めに切り上げるか)
「そっか。イライラした時に飲む薬を処方するね。あとはいつもの睡眠薬。じゃあお父さんと話したいから待合室で待っててくれるかな?」
「アイ…」
純平は騒ぎ疲れたのかはたまた騒いでも無駄と観念したのか静かに待合室に向かった。
「お父様、おまたせして申し訳ございません。」
「いえいえ、本当は診察日は来週だったのにわざわざありがとうございます。」
「事務の者からは大まかに聞いてますが、純平くんの状態が悪くなった経緯を改めて教えてください。」
「そうじゃな、まず先生このハガキを見てくれ」
龍が差し出したのは浜坂家に届いた中傷ハガキだ。内容としては純平のインターネット上でのセクハラや差別発言などの問題行動を記録し糾弾するものである。
「…なるほど、これを見てお父様は怒ってしまったんですね?」
「ああ、こんな頭のおかしいハガキを送りつけたやつに同調するのも癪じゃが…書いてることが事実なら社会的に許されないことばかり。しかも一部は動画で本人が言ってるものまで残っとる。だから責任を取らせようとスマホを没収しようとしたら…あいつ糞漏らしおった。」
霧島は絶句してしまった。41にもなる大人がスマホを取り上げられそうになって泣きわめきながら失禁した。こんなことが現実で起こるのだろうか?
「本人が騒ぎ出したのはいつ頃から?」
「あいつのうんこ片付けたあとじゃ。もうスマホ奪い取るのも無理だけど罰は与えんとってことであいつの好物の菓子パンを渡さないと言ったら金切り声をあげて近所の人に怒られてしまったわ。情けないがそれで先生のところにきたんじゃ…」
龍は拳を握りしめ自分の無力さに震えていた。
「お父様、これまでお疲れ様でした。これからはもっと色んな人を頼ってください。」
「先生?」
「お父様は責任感の強い方と見受けられます。だからこそ純平くんの問題も家庭内で解決しようとなされた。それそのものは我々も見習いたいです。ただ、社会みんなで純平くんを見守り支えてもいいんじゃないかと思うんです。」
「社会で…というのは」
「中傷ハガキについては警察や地域包括支援センターと情報共有しましょう。凸者が抗議に来たらそちらにいってもらいましょう。」
「そんなことできるんですか?」
「ええ、純平くんを直接叱責するのは可能な限り避けてください。あとネットの取り上げも時期尚早です。」
「でも…もとはといえばあいつがネットでバカなことするからこんなことになったわけで」
「『だからこそ』です。純平くんは強くネットに依存している。そんな心の支えをなくした人間はどうなると思いますか?最悪純平くんとお父様どちらかが死にますよ。」
霧島は真剣な表情で龍を見つめた。龍の額から冷や汗がツーと垂れた。
「…わかりました。先生よろしくお願いします」
「はい、診察の予定はそのままにしてありますから来週もきてください。ではお大事に」
診察を終えた霧島は事務作業をしながら一人反省会を開いていた。いわゆる反芻思考の具現化でありメンタルを悪くする、と精神科医としてわかっていてもやめられない癖である。
「はあ…純平くんのお父様怖がってたな…。あんな言い方しなきゃよかった。」
無限に湧く後悔を振り払うようにカルテをカルテを作成しているときふと龍から渡されたハガキのコピーが頭に浮かんだ。
「確かQRコードを読み取ればそれが再生されるんだっけな…」
『今の名言で濡れちゃったガチ恋女子いますか?女子小学生でも濡れるんだよ。』
『ツ〇ボなんか〜!?』
『猫にカレーパンあげたけどオラを責めるのは違う!』
『罰としてレイプしないとね。』
『ガン突きした中〇ししたい。』
『お手洗いですわ。海にしましたよ。』
「うわあ!」
思わず誰もいない寝室で悲鳴を上げてしまった。
「さすがにうんこ漏らしたとか小学生でも濡れるとかは…かけないな」
霧島は乾いた笑いを浮かべながらカルテを修正した。
「しかしこんなものを全世界中に公開したのか…近所で噂になってなきゃいいけど」
その予感は的中し、純平が奇声を発するようになってからは「妖怪が潜んでいる」と島の軽い怪談となってしまっていた。
診療録
患者:浜坂 純平
主治医:霧島 健
来院日:20XX年X月X日(臨時受診)
1.来院経緯
父親より「家庭内トラブルが再燃し、近隣に迷惑をかけている」との訴え。
背景として、本人の過剰なネット使用と、外部からの中傷的な郵送物の受け取りが続いている。
2.家庭内経過
父親が問題行動への対処として、本人のスマートフォンを一時的に取り上げようとした際、本人が激しく抵抗し、強い興奮・混乱を示した。
父親が直接の制止を断念し、代わりに本人の嗜好品を制限したところ、以後しばしば大声や奇声を発するようになり、近隣住民から苦情が寄せられるようになった。
3.本人の状態
診察時、表情や口調に怒り・不満が混じり、会話の中で「俺は悪くない」「向こうが悪い」と責任転嫁的な発言が多い。
羞恥や不安を受け入れられず、怒りとして表出する傾向が強い。
明確な幻覚・妄想は認められず、現実検討力は概ね保たれている。
睡眠障害が持続しており、昼夜逆転気味。
4.家族の状況
父親は「自分が叱っても逆上するだけ」と語り、対応疲労の訴えが強い。
母親は以前より支援施設に入所中で、家庭内支援は父親に集中している。
5.評価
パーソナリティ特性(自己愛・依存・易怒性)に起因する行動化。
外的ストレス(中傷・叱責)への耐性が乏しく、情動不安定性を呈する。
現時点で明確な精神病性症状は認められず、薬物治療よりも環境調整・家族支援を優先。
6治療方針
抗不安薬を発作時投与(ジアゼパム2mg)
睡眠導入薬の微増(エスゾピクロン2mg→2.5mg)
父親への心理教育:「直接的な叱責や制裁より、距離を取り、地域包括支援センター等に相談を」
行動の記録をつけ、興奮誘発要因を整理するよう助言。
状況が膠着もしくは悪化(暴力・破壊行為など)する場合、抗精神病薬の少量投与も検討。
地域包括支援センターと情報共有し、家庭支援の方向性を検討。
6.備考
本人の怒りの背景には「恥をかかされた」という屈辱体験が中心にあると推察。
外的刺激を最小限に保つ環境調整が急務。
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