case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(22)
「これはまずいことになりましたね。」
緊急ベルとキマイラの唸り声が響く中、リタは腕組みをしてじっと考えた。
「ずいぶん余裕ねぇ。あなたの慌てふためく顔が見たいんだけど?」
マリアが後ろからリタを抱き込んだ。豊満な胸がリタの後頭部に押し当てられて頭が傾いた。
「マリアさんに何かを頼んで、ただで済むとは思ってませんよ。まあ、多少想定外ではありましたけど。この屋敷の人間にかけられた誓約魔法をすべて解呪してもらえますか?」
「あたしと一晩過ごして何されてもいいって言うならいいわよ。」
マリアはそう言うとリタの耳朶を甘く噛んだ。その所業に耐えられないのはリタ本人ではなくリュカだった。
「ちょっ、ちょっと待て!その相手、俺が引き受ける。女同士でって、よりにもよってリタちゃんはやめてくれ。」
リタが食われる。よからぬ妄想が頭を過ったのだろう。慌てて止めに入ったリュカに、マリアは微笑んだ。
「あら、私のオモチャになる覚悟があるの?悪いけど、男は基本的に嬲るわよ。」
目をそらしたら負けだ。リュカはマリアを見つめたまま口元を歪ませた。
「美女に苛められるのも悪くないよね。新しい扉が開いちゃうかも。」
「ふぅん。リタのことが好きなのかしら?」
マリアの手がリュカの首に伸びた瞬間、リタが口を開いた。
「その必要はありません。リュカに嗜虐趣味があるなら止めませんが…。マリアさん、ここはひとつ甘露3本でいかがですか?」
S級冒険者ですら滅多にお目にかかることのない特級ポーション、甘露。1本売れば王都に屋敷が建つと言われるほど高価なものを、リタはどうして所持しているのか。いや、それ以上に不可解なことがあってリュカは思わず口をはさんだ。
「ちょっと待ってリタちゃん。いくら甘露があったって、ヒーラーのマリアさんには意味ないだろ。」
「ありますよね?マリアさん、ちょっと見ない間に目元が乾燥してきたんじゃないですか?」
マリアが声を詰まらせるのと、リュカが「はぁ?」と声を上げるのは同時だった。
「甘露は、非常に優れた回復薬ですが、美容液でもあるんです。まぁ、そんな使い方をするのはマリアさんくらいですけど。」
「痛いとこついてくるじゃないのよ。分かったわ。3本で手を打ってあげる。」
「ありがとうございます。」
うまく状況が飲み込めず固まるリュカに向かって、マリアはパチンと指をならした。
その瞬間、リュカの体のなかでずっとわだかまっていたいた濁った魔力が消えたのを感じた。
解呪されたのだ。そして、部屋の隅にいたアマディが低く呻いた。
「そちらの方は、長くはないわね。お気の毒だけど。」
「そんな…助からないのか?」
「手遅れね。リタもそれを分かっててあたしを呼び出したのよ、アンタもリタの覚悟を無駄にするんじゃないわよ。三下の魔術師がうちの可愛いエースアタッカーを口説こうなんざ百年早いのよ。」
マリアはそう言ってリタを抱き頬にキスをした。
「ちょっと待て…リタちゃんがエースアタッカー…ファルコン・ドールの?」
たどり着いた真実を口にする前に、西の棟が崩れ落ちる轟音が響いた。地下からはい出たキマイラが、暴れはじめたのだ。
「リュカ、少しの間キマイラを押さえておいてもらえますか?私は子どもたちを避難させて幹部を拘束してからそちらに向かいます。それくらいの時間は稼げますよね?」
薄闇の中で、リタの耳に揺れるペンデュラムがチリッと光った。
「ああ…。でも、間に合うか?俺たちが人命救助を優先するのを分かっていて、あいつらは逃げるぞ。」
「めちゃくちゃ急ぎます。」
「いや急ぐって…。」
迷っている時間はなかった。リタが頷いたその時、アマディが手をあげた。
「私が子どもたちを救出しよう。」
「でも、あんたはっ…。」
「ここまで逃げてきて、このザマだ。魔術師として死なせてくれ。」
リタは深く頷いた。
「わかりました。B級魔術師アマディ・ローランさん。冒険者ギルド復職支援担当リタ・パルマより、冒険者復職後、初の仕事として依頼します。子どもたちを頼みましたよ。」
長い別れを惜しんでいる暇はなかった。
「気休めだけど、手向けの花がわりよ。これで少しは楽になるでしょう。」
マリアがそういってアマディにヒールを施した。
「それじゃあ、リタ。甘露3本。必ずうちに持ってくるのよ。夜更かしは美容に悪いから私は帰るわ。」
「ありがとうございます。」
またね♡とウィンク1つ残して、マリアは消えた。
リタは虚空に魔法陣を描くと、屋敷に残っている組織の人間の洗い出しをしながら二人に指示を出した。
「アマディさん、子どもたちは屋敷の裏門に逃がしてください。そこに私の土魔法でシェルターを作ってあります。全員逃げ込んだら魔力を流してください。それでロックがかかります。」
「命にかけて、必ず全員連れ出しましょう。」
「リュカはキマイラを押さえていてください。こちらが片付き次第向かいます。」
「オッケー。待ってるよ。」
「さあ、気合いれていきますよ。」
3人は部屋を出るとそれぞれの持ち場へ向かって走り出した。
懐かしい昔馴染みにあったからだろうか。リタはありったけの魔力をほとばしらせていた。今なら誰が相手でも負ける気がしない。
冒険者としての血が、騒いでいた。
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