case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(10)
「これ、精算お願いします。」
よれよれになりながら経費清算書の束を提出したリタに、経理担当のオリガは
「あなた、大丈夫なの?」と小声で尋ねた。
中央ギルド本部でもかなりの古株になるマダム・オリガは、出張目的の欄に「おつかい」と書いてあるのを見ただけですぐに事情を察した。
「はい、なんとか。今夜は家に帰れるかと。」
「そう。おつかいなんて十数年ぶりに見たわ。本当にお疲れ様。」
通常業務ならありえない距離を移動する出張続きの一週間。夜行列車や長距離馬車を利用した無茶な旅程で、まともにベッドで眠れたのは数えるほどだった。
これ以上潜在冒険者を引き抜かれる前にこちらから先手を打っておけば、もしかしたらアマディを助けることだってできるかもしれない。
リストアップされた人物の所在を急ぎ足で確認してきたリタはそのままヴェルトフへ報告に向かった。
「リストはオールクリーンか。」
「はい。失踪者2名と死亡者3名についてはもう少し調査をかけますが、ひとまずは。」
「これから動く可能性もまだ捨てきれんしなぁ。」
「そうですね。一応全員に探知魔法を付与してきたので、不自然な移動があれば反応は出るかもしれませんが。」
一度に複数人、一部は遠方にいる者もいる。それを常時探知し続けるというのは、さすがのリタでも精度には限界がある。
じわじわと魔力が削られていくせいで疲労が蓄積していく。今のリタには、美味しいものを食べて回復しようという気持ちすら起きなかった。
「苦労をかけて申し訳ないな。」
「いえ。拾っていただいたご恩がありますから。」
ギルド長ヴェルトフは、その言葉に表情を曇らせた。
「なぁリタ。恩なんてもんがあるとしても、お前はもう返しきれないほど返してるよ。嫌な仕事は断っていいんだぞ。俺の立場でいえた事じゃないが、くれぐれも無理のないように。」
心から心配するヴェルトフに、リタは思わず笑ってしまった。
「御使いを断って、どうするんですか。」
「…その時は俺がどうにかするさ。」
おそらくどうにもならないことをリタは知っている。
諜報部がギルドまで足を運び、顔見せまでしたのだ。それだけ大きな山だということだろう。
「私は大丈夫です。とりあえず、今夜は帰って寝ます。」
リタは足早に執務室を後にした。
明日はたまっていた通常業務・復職支援の仕事を片づけなければ。リタが明日の仕事の流れを考えながらギルド内の廊下を歩いていると、ちょうど反対方向からエヴァンスがやって来たところだった。
ギルド職員の退勤時間は、託児所のお迎えピークタイムでもあるので、ここで会うことは珍しくなかった。
「おい、大丈夫か?」
エヴァンスはリタに近付くなりそう口を開いた。
「はい。エヴァンスさんはお元気そうで。」
「色気より食い気のお前さんが、何をどうしたらそんなにやつれるんだ?」
「詳しく言えませんが厄介な仕事を抱えていまして。まぁ、察してくださいってやつです。」
エヴァンスはそれ以上何も言えないと悟ったのだろう。リタの肩をポンと叩いた。
「…冒険者の顔になってるぞ。ライオネルに隠し通すつもりなら気をつけろ。」
「ご忠告痛み入ります。」
「これからニーナの迎えなんだが、良ければうちで晩飯食べていくか?」
「いえ。今ニーナに会っても、怖がらせてしまうかもしれませんので。帰って寝ます。」
「そうか。…無理するなよ。」
リタは一呼吸おいてから「はい。」とだけ答えた。
エヴァンスと別れて夜道を歩きながら、リタは心底不思議に思う。
なぜみんな「無理をするな」と言うのだろう?無理をしなければ成長できないし、生きていけないのに。
それとも世の中の人たちと自分の「無理をする」の定義が違うのだろうか。だとしたら自分は努力不足だと暗に言われているのかもしれない。
疲れ切った頭で、まともな答えはでてこない。そのことに気付かないほど、リタは疲弊していた。
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