case4. BARサイハテ経営 サミュエル・エヴァンス 元Sランクパーティ・オールラウンダー 48歳(8)

岩山の隙間は、やがて人の手で削られた無骨な神殿に姿をかえた。

岩かげは日向に比べれば涼しく感じられる程度だったが、奥まった神殿までくると明らかに気温が下がっているのがわかった。


どこかでオアシスの水源となる地下水が湧き出ているのだろう。ホールのように開けた空間では足音が良く響いた。壁には彼らが信仰していた偶像神が彫られ、高い天井のわずかな隙間から太陽の光が差し込んでいる。


「ここには砂漠の民もジャルジールの先住民に敬意を示して立ち入らないと読んだのだが、別の理由もあるようだな。」


異質な空間にライオネルがそう言うと、リタは歩みを止めて彼を見上げた。


「そうですね。長らく廃墟になっていた遺跡群に砂漠の民が移り住んできたのが今から100年ほど前。奥にあるダンジョンで最も多く死者が出たのも移住初期のようです。祈りの場であるこの空間から続いているので、まさかそんな危険な場所だとは思いもしなかったでしょうね。」


ホールの奥には、地下に続く細い階段が見えた。

何もしらなければ、この先に財宝が眠っていると思うのかもしれない。前回同行した遺跡の調査班は、この階段を途中まで降りたところで調査を打ち切った。

興奮して先走った若い研究者が一人、トラップを発動させてしまったからだ。遺体を持ち帰ることもできなかったことを思い出して、リタはライオネルに問いかけた。


「どうしますか?これ以上先に進むのは危険かと思いますが。」

ライオネルは腕組みをしたままぶっきらぼうに答えた。


「俺は護衛としてここにいる。どこで探索を中断するか、その判断はパルマ嬢がどこまで望むかによる。腕一本くらいなら失くしても構わないのか。命に代えてでも先へ行きたいのか。まあその場合、俺は自分の命を守れるギリギリのところまでしか同行できないので、そこから先はあなたを置いて撤退することになるが。」


やはりライオネルは信用できる冒険者だなとリタは感心した。自分の実力をおごらず、依頼主の意見を聞いたうえできっちりと仕事をするのには好感が持てた。


「そうですね。何が何でもブルーノさんを見つけなければいけない義務もないので、2人が五体満足で無事に帰れる範囲でお願いします。腕なくなると、ご飯食べるのも不便なので。」


「承知した。同じ考えで何よりだ。」

「では、行きましょう。」


二人は地下へ続く階段を降りていった。

もうここが砂漠の真ん中だとは思えない。薄暗くひんやりした空間を、リタが魔道具のカンテラで照らしていく。


「灯りが不自然な場所は避けてください。トラップが発動します。」


なぜそんなことを知っているのか、ライオネルに有無を言わせない口調でリタはすたすたと進んでいく。

階段の途中、小さな踊り場でリタは足を止めた。ふるい衣類の端切れを見つけたからだ。亡くなった若い研究者が着ていたものだ。血と共に、乾いて壁に張り付いている。


階段を降りきると、リタは亜空間ポーチの中から小さな香炉を取り出した。それから厳重に包まれた箱から円錐型の香を取り出すと火をつけた。薄暗いこの空間にくっきりと映える煙が流れていく。


ふと、奥へ目を向ければ、そこにはいつの間にかガイドのカリムが立っていた。


「お待ちしていましたよ。」

予期せぬ来客に目をみはるライオネルの隣で、リタはそう微笑んだ。


「おかしいな。呼ばれた気がしてここまで来たんだけど。ここまでくるのは久しぶりだな。」

「ええ。お呼び出ししてすみません。いくつかお聞きしたいことがありまして。」

「きみたちが探している冒険者のことでしょう?おいで、案内するよ。」

砂漠へ向かっている時は明るく快活だった青年は、今は別人のように静かだった。


「パルマ嬢、素性もしれないガイドについていくのは危険だ。」

ライオネルの制止を聞かず、リタはカリムの後についていく。


「大丈夫ですよ。ここは彼のホームです。」

「ホーム?」

「ええ、彼はジャルジール民族の末裔です。」

「まさか…何百年も前に滅んだというのに。」


「ジャルジールは他民族との和平交渉や取引の度に若く美しい女性を差し出してきました。彼女たちは新しい居場所で子孫を残しました。今はもう滅んだ国の血が流れていることを知るものはほとんどいないでしょうけれどね。」


「そこまで調べていたなんて、ギルド職員ってすごいですね。」

「いえ、本で読んだだけです。」

「嘘だ。ここまで訪れるのは、君たちが初めてだよ。」

「できれば最後にありたいですね。」


カリムは、しゃがんだり迂回したり、壁に手を添わせてみたりと、慣れた様子でトラップを回避しながら進んでいった。リタもその様子に驚く気配はない。

ライオネルは驚きや興味を押し殺して、ただリタを護ることだけに専念した。


「ひとつ、昔話をしてもいいかな。」

歩きながら、カリムが口を開いた。

「僕がここで出会った、元冒険者の話だよ。」


それは、楽しい結末を迎える話ではないのだろう。

リタとライオネルは黙って耳を傾けるだけだった。

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