case4. BARサイハテ経営 サミュエル・エヴァンス 元Sランクパーティ・オールラウンダー 48歳(6)
砂漠の夜は案外冷える。カリムが慣れた手つきで岩陰にテントを設営して、焚火をおこし、今夜の寝床が完成した。
カリムは、砂でやられる人が多いからと喉や鼻がすっきりするというハーブをたっぷり入れた甘い紅茶を作ってくれた。そうして自分もガイドとしてつかず離れずの場所でテントを張る。
若いのに、ガイドとして優秀だと以前訪れた時にも思った気がする。前回は冒険者として、遺跡調査団の護衛としてここにきた。
それが今はS級冒険者に護衛してもらう立場になるんだから人生は不思議だと、リタはカップに口をつけた。
濃いめに煮だしてある紅茶は、火を眺めながらちびちび飲むのにぴったりだった。
遠くでサンドワームの咆哮が聞こえていた。この地域のワームは夜行性でそれほど大きくない。繁殖期になるとこうして雌を探しているのだ。
ジャルジールでは神の使いだと信じられていたらしく、命の危険がない限り、ここでサンドワームを狩ることは今も許されていない。
実際遭遇するとミミズのようにグロテスクな魔蟲なのに、鳴き声だけを聞いていると孤独で哀れな獣みたいだとリタは思った。
「何か面白いものはありましたか?」
夜の散歩から戻ってきたライオネルに尋ねると、彼はリタの隣に腰を下ろした。
「サンドワームが近くで見られればと思ったが、どうにも距離がありすぎるな。」
「彼らは臆病ですからね。よほどのことがない限りは近付いてきませんよ。」
リタは保温ポットから紅茶を淹れて手渡した。
「すまない。」
「そこはすまない、じゃなくてありがとうですよ。」
「そうだな。」
ライオネルはふっと笑ってから、ありがとう、と応えた。
ギルド職員のリタにとって、ライオネルはこの国でトップレベルの冒険者であり、近づきがたいソリストだと思っていた。実際氷刃の貴公子なんて呼ばれて、どのパーティからの誘いも断っているという。
けれど、今リタの目の前にいるライオネルはごく普通の、真面目で人付き合いがすこしだけ不器用なひとりの青年だった。
二人はしばらく紅茶を飲みながら、黙って砂漠の星空を見上げていた。
翌朝、三人は日の出とともに出発した。いくつもある岩山をどう判別しているのか、カリムは迷うことなく岩と岩の間をすり抜けてジャルジール遺跡へと到着した。
砂漠の民の集落は、この遺跡の入り口付近にあった。柔らかい岩を砕いて水と混ぜ、日干しレンガにしたものを積み上げてできた遺跡は、今でも砂漠の中で快適な住居として機能している。
彼らは何百年も前に作られたその建物の中に、目の覚めるような青い織物を敷いて暮らしていた。遺跡の中に唯一ある痩せた井戸から水を汲み、わずかなロバやラクダを飼っている。
砂漠の民の収入源は「砂の星」と呼ばれている結晶物だ。この地域で採れる鉱物が結晶化したもので、乳白色では花びらを重ねたような美しい形をしている。かつて砂漠に落ちる流星だと信じられていたので、今でも幸運のお守りや魔除けとして人気がある。
彼らはこれを街に売りに行き、そこで日雇いの仕事をして物資を調達してから帰る。排他的なイメージが強い民族だが、長年街の人たちとも友好的な関係を築いていることを知るものは多くはない。
遺跡や地質調査のために訪れる研究者が支払う「受け入れ料」も貴重な現金収入だった。訪れるものは限られるが、しかるべき手続きを踏んでそれなりの現金をつめば、ここで危険な目に合うことも邪険に扱われることもない。
カリムはそのうまい橋渡し役だった。リタはライオネルとともに集落に入ると、二日後に迎えに来るというカリムと別れた。別部族であるカリムはここから先へは立ち入らないようだ。
砂漠の民の総長は、数年前にリタが訪れた時と変わらず豊かな白髭をたくわえた、温厚で背の高い老人だった。
「冒険者たちよ、あなた方の来訪を歓迎しよう。今夜はうちへ泊ると良い。」
「ありがとうございます。」
総長の家に泊めてもらえるなんて、友好的だと感心するライオネルに、リタは小さく「違いますよ。」と囁いた。
彼らは遺跡の盗掘をおそれ、一番警備が手厚い総長の家で自分たちを見張っているのだ。
ライオネルが察するとリタはこくりと頷き、亜空間ポーチの中から紙袋を7つ取り出した。中にはショコラや焼き菓子、キャンディにスナックなど、ありとあらゆるお菓子。それに色んな種類の茶葉が入っていた。
「滞在許可をいただき誠にありがとうございます。感謝の気持ちとしてよろしければこちらをお納めください。」
「ありがとうお嬢さん。ここを訪れる者は少ないが、その中でも菓子類を持ってきてくれるものは皆無でな。判で押したように肉ばかり持ってくるんじゃ。我々が菜食主義かもしれないということは全く考えないらしい。」
総長のブラックジョークにリタは明るく笑った。
「そうでしょうね。砂漠で手に入らないもの、貴重なものといえば肉を思い浮かべてしまいますよね。なので逆張りで甘いものにしてみました。みなさん菜食主義でも召し上がっていただけるかと。」
「そりゃありがたく頂戴しよう。」
総長は上機嫌で横に控えていた若い衆に目くばせすると、手土産はあっと言う間に運ばれていった。
奥の間では、子どもたちの歓声があがっていた。
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