case4. BARサイハテ経営 サミュエル・エヴァンス 元Sランクパーティ・オールラウンダー 48歳(3)
リタはエヴァンスの問いかけに、ジャルジールがどれほど特殊な場所だったかをようやく思い出した。
「あそこは一定レベルの冒険者ライセンスがなけりゃあ入れない。例外は2つ。国から許可を得た研究者か、砂漠の民の親族だ。」
エヴァンスから2本指を立てられ、リタはやってしまったと思った。美味しいもので気持ちが緩んでしまったが、できるだけ昔のことは伏せておきたい。
「そうでしたっけ?ずいぶん前に聞いたのでうろ覚えですし、ブルーノさんも行かれてるくらいですから―」
「娘がいたんだよ。別れた女が身ごもってたんだ。彼女は郷里へ帰って娘を出産した。移民だと聞いてたらしいが、実のところジャルジールの先住民族だったらしい。母子で数年ひっそり暮らしていたのが母親が重い病気にかかってな。先が長くないから娘を頼みたいとブルーノに便りを出した。その手紙を受け取った翌々日には店を閉めて出て行ったよ。」
「それきり、帰ってこなかったんですね。」
エヴァンスは頷くかわりにグラスに口をつけた。
「グシュトには…?」
「もちろん行ったさ。ライセンスを提示してジャルジールの遺跡にも入った。でもどこにもいなかった。ブルーノも、娘もな。砂漠の民たちは、一度里を出て行った人間には関心がないようだった。一か月後に再びグシュトを訪れたが、結果は同じ。それで、あいつが帰ってくるまでここで待つことにした。俺が冒険者を引退したのはそんな理由だ。何しろ命の恩人で、友であり、血のつながらない家族みたいなもんだったからな。」
「そうでしたか。」
「悪いが潜在冒険者は他をあたってくれ。あそこに潜れたんだ。嬢ちゃんが復職した方が話は早いだろう?」
「…ひとまず今夜は帰ります。」
「ああ。そうしてくれ。」
リタは札入れから紙幣を取り出すとカウンターに3枚置いた。今夜の飲食代としては多すぎる額だった。エヴァンスはそこから1枚だけ受け取ると、残りをリタに返した。
*
翌日、リタ・パルマはギルドのバックヤード、第一書庫にこもっていた。
ブルーノはなぜ戻らなかったのか、娘はどこにいるのか?
改めて、ジャルジールを訪れた冒険者の報告書を調べることにしたのだ。
ジャルジールの遺跡には、かつて何千という砂漠の民が暮らしていた。国による衰退の原因は過度な人身御供だった。
この遺跡があった地域では資源に乏しく、同盟国から利益を得るために若い女を差し出していた。王族だろうが平民だろうが見目麗しいものを見繕うことで、対等な関係を保っていた。
正式に嫁入りできればまだいい方で、その多くは奴隷として連れ出さされたらしい。
また、水の少ない砂漠地帯なので、若い男を贄にして雨ごいをする。そんな無理がたたって国は滅びてしまった。
今はその遺跡に流れ着いた東方からの移民が砂漠の民と名乗るようになり、200人ほどで細々と暮らしているのがジャルジールの現状だ。
財宝があるのではと遺跡荒らしたちが押し寄せるため、特別保護区域に認定されて限られた人間しか入ることができない。風化にまかせるだけのほとんど訪れる人間のいない衰退地で、なぜ元冒険者は消えたのか?
これは行ってみないと分からないかもしれない。
リタは思いのほか難航する支援にため息をついた。そもそもこれは支援の範疇なのか?それでも彼女は、エヴァンスが悔いなく過ごせるようにブルーノの行方を突き止めたかった。
何しろエヴァンスの作るステーキライスは絶品だ。しかし冒険者としての能力も非常に高く評価するべきだ。
(どっちもやってくれると助かるんだけどなぁ。)
完全に私利私欲の目線でリタは考える。
なんなら冒険者の方は週1,いや月2でもいい。サイハテの灯りを絶やさないことが大事なら、臨時スタッフを雇ったっていいのだ。でも、そうじゃない。
エヴァンスはブルーノに帰ってきて欲しいのだ。たとえそれが、どんな形であったとしても。友人の帰還を待っているうちは、冒険者への復帰はないのだろう。
「行くしかないですね。」
リタはジャルジールの調査報告書を手に取ると、ギルド長ヴェルトフへ直談判するべく執務室へ向かった。
「提案は受け入れられない。」
ギルド長ヴェルトフは、ブルーノを探しにジャルジールへ行きたいというリタの申し出を即座に退けた。
「ギルド長の懐の深さなら受け入れてくれるのでは?」
「俺の懐はそこらの水たまりより浅ぇよ。いいか、確かにサミュエル・エヴァンスはうちとしても戻ってきて欲しい人材に違いない。だがそのために失踪した元冒険者を探しに行く?現実的な話じゃねぇよな。なにせジャルジールに入るためには諸々の経費もかかるし、砂漠の民は排他的だ。首を突っ込めば何をされるかわからねぇ。引退して失踪した元Cランを探すために、こっちはSランクのお前を出すなんざ正気の沙汰じゃねぇだろう。んなリスク侵す暇があんなら他の冒険者をあたれ。その方が賢明だ。」
基本的にギルドの指示には逆らわないリタだったが、今回ばかりは食い下がった。
「無理です。だってギルド長、私が賢明だと思ってないでしょう?ジャルジールなら二度入ったことがあります。以前接触した人たちがまだ集落にいる可能性だって高いですしー」
ヴェルトフはリタの話を遮った。
「2年も前の話だぞ?生きてると思ってんのか?わざわざ死んだ現実つきつけるのが正論だとも思わねぇ。」
リタも負けじと、ギルド長のデスクを両手でバンッと叩いて反論した。
「もし!もしもブルーノさんが亡くなっていたとしても、その娘さんはどうですか?生きていれば今7歳。両親を亡くして砂漠の民にも見放されているとしたら、恵まれた人生を送っているとは考えにくいです。こんな言い方したくないですけど、子どもだけでも見つけてエヴァンスさんに恩を売れば。復職の切り札にできます。」
「無理に復職をすすめないんじゃなかったのか?」
「ブルーノさんの行方が分かって、その上でエヴァンスさんが復職しないのならばその気持ちは尊重します。でも、年端も行かない女の子がなんの後ろ盾もなく路上に放り出される辛さは、身に染みて分かりますから。」
ギルド長執務室には重苦しい空気がたちこめていた。
こうなったらリタ・パルマは絶対に譲らない。冒険者時代からの付き合いで、ヴェルトフはそのことを重々承知していた。強面のギルド長の、深いため息が室内に響いた。
「10日だ。往復する時間込みで、10日で帰ってこい。」
リタは目を輝かせてぱっと顔を上げた。
しかしその輝きは、ギルド長の命によってすぐに消えることになった。
「冒険者ギルド復職支援担当リタ・パルマ。サミュエル・エヴァンス冒険者復職にあたっての個別支援策として、ジャルジールへの出張調査を命ずる。ただし護衛として、必ずライオネル・クレイグを同行させること。」
「えぇっ?」
「嫌ならこの話は終わりだ。」
リタはしばらく黙った後で、小さく呻いた。
「…ライオネル様はお忙しい方ですし、他の人じゃだめですか?」
リタの提案は今度こそ退けられたのだった。
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