半分イエス

「え……私の」


 アリスさんの言葉が自分の意識をつるん、と滑っていくように感じる。

 私の……炎?

 私は思わず首を横に振った。

 無理……できない。


 戦いも怖かった。

 セロより私を選んだ……それが重く、怖い。

 それに、庭師さんやアリスさんを傷つけるかもしれない。


 私はまた首を振る。

 頭がボンヤリして、アリスさんと庭師さんしか見えない。


 でも、アリスさんは特に反撃するでもなく庭師さんの攻撃をかわしながら、この前見せた金貨の盾で水を防いでいる。

 なんで……反撃……ううん、出来ないんだ。

 いくらアリスさんでも。

 やっぱりここは……セロに。


 私はすがるようにセロを見たけど、なぜか動こうとしない。

 なぜ? そう思った時、私はハッと気付いた。

 さっきの意志を持っているかのような水はアリスさんの周囲を覆うように現れている。

 そんな状態でセロの電撃を使ったら……


 セロもハンスも才能はある。

 でも……いきなり出てきた正体不明の現象に対して戦えるほどのものはない。

 当然だ。

 でもそれは私だって……


 でも……でも。

 その時、背中をポンと叩く感触がして振り向くとセロが私に向かい微笑んでいた。


「何かあったら僕はフォローする。大丈夫だ」


 その笑顔はずっと昔、プレッシ村で苛められていた私を助けてくれたときの彼を思い出させた。

 ああ……私は……この陽だまりのような笑顔に……


 私は気がつくとセロを見ながら頷いていた。

 私は私だ。

 セロでもハンスでも……アリスさんでもない。


「……お願い」


 彼に向かいそう言うと私はその場で詠唱を始める。

 私だって、戦えない。

 でも……私の炎なら……

 それに私は……この学園に来たのは……パパを殺すため。

 そして、もう自分のせいで見殺しにしたくないんだ。


 目の前にこの前の「炎ちゃん」が現れて、以前の様にコロコロと目の前を転がる。

 アリスさんが戦えてないのは、あの水だ。

 あれさえ……


 私は授業で習ったように「自分の身体の延長」をイメージする。

 そして……そのイメージをアリスさんへ向ける。

 大丈夫。

 なにかあってもアリスさんと……セロなら。


「……いって。炎ちゃん」


 次の瞬間。

 アリスさんの周囲に私の発した炎が地面から半円形のドーム状に広がる。

 そして、その炎はまるで意思を持っているかのように周囲の水を包み……蒸発させた。


「……やった」


 水が消えた瞬間、アリスさんは庭師さんに向かって駆け寄ると、素早く印を切り庭師さんを光で包み込んだ。

 そして……庭師さんは倒れこんだ。


 やった……


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 アリスさんは右腕を怪我していたが、自身で治癒を行いかなり回復したようだった。


「そんなに治せるなら、その両手ももっと早く治せたんじゃない?」


 私がそう言うとアリスさんは微笑みながら


「君が前に見せた炎の柱は飛びぬけていた。あれだけの炎であれば私の治癒魔術も早々効かない。まして……『黒食い』を作動させるくらいなんだ」


 アリスさんはそう言うと、なぜかセロの方に僅かに目を向けた。


「……え? キャロル、君は……黒食いを」


「そうだ、セロ。キャロルは最初の授業の後、私と共に第一実習室で炎の柱を出した。それは天井をも焼きつくさんばかりのものだった。黒食いが無ければ部屋に甚大な損害を与えていただろう」


「そ、そんな! あれからはさっぱり……」


 慌ててそう言いながらも、セロに聞いてもらえた事に僅かな誇らしさも感じながら、私はセロを見た。

 だけど、セロは変わらず静かに微笑むだけだった。


 あ……

 私は恥ずかしくなって俯いた。

 セロの言うとおりだ。

 あんなコントロールできなかった……いわば「暴走」と言ってもいいような火柱で調子に乗っちゃいけなかった。


 それから、アリスさんはハンスと話があるとの事で、二人で談話室に入った。

 どうも、この前の授業でのハンスの探知の魔術の適正について話したいらしい。

 そのため、私はセロと二人で宿舎まで帰ることになった。

 セロと二人きり……

 顔が赤くなり、自然と歩き方がギクシャクしちゃう。

 ああ……みっともないの、見せたくないな。

 こういうとき、アリスさんみたいに大人っぽくエレガントに……


 そう思っていると、セロの声が聞こえた。


「さっきの炎は凄かったよキャロル。ただ……自身の魔力の制御が出来る範囲にとどめないと。でないと……君が危ない」


「……そうだね、セロ。ごめんね、気をつけ……る」


「すまない、嫌な事言って。でも、僕はこの四人で卒業したいと思ってる。だから……」


「もちろんだよ! 私、セロの言うとおりだと思う。あの火柱、もしセロだったらあんな暴走させなかったよ」


 そういったとき。

 セロの表情が一瞬曇ったように感じた。

 あれ……?


「どうだろうね。ただ、確かな事はさっきの場で僕は何も出来なかった。君はアリスを助けた。その結果は明らかだよ」


「そんな……こと」


 戸惑いながらそう言うと、セロは私を見ながらポツリと言った。

 だけど、その目は私を通り過ぎて私のずっと後ろ……別の世界を見ているようだった。


「僕は……やるべき事がある。そのために、立ち止まれない。今日はいい自己分析が出来たよ。有難う、キャロル」


「……セロ、その『やるべき事』って……なんなの?」


 私の中で「これ以上聞いてはいけない」と警報が鳴るのを感じる。

 それはあまりに強くて私は口の中がカラカラになる。

 そしてそれはセロの表情を見て確信に変わる。

 セロの瞳の奥に……見た事もない暗闇が見えた気がした。


「あ……ごめん! やっぱり……いい。ごめんね、変な事言って。……あ! そこの屋台、クリームサンドあるよ。セロ、甘いもの好き? 良かったら食べよ」


「……すまない。僕は甘い物は食べ過ぎないようにしてるんだ。過剰に糖分を食べると、思考を鈍らせる」


 そう答えたセロはいつもの優しい目だった。

 その笑顔は、いつもの陽だまりの笑顔。

 

 だけど──ほんの一瞬。


 まるで雲がかかったみたいに、陰が走ったような気がした。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


「……ふむ、なるほど。セロ・オルガがそんな様子だったか……」


 その夜。

 部屋のベッドに腰掛けた私は、机の前で本を読んでいるアリスさんにセロの様子を報告した。


「あれって……なんだったのかな。あのさ……アリスさん。私、思うんだけど……セロって『みんなの役に立つ魔導師に』って言ったけど、あれ……違うんじゃないかな」


「ほう。ではぜひ君の解釈を聞かせてくれないか」


「セロ……ひょっとしたら、あの人も……パパを……」


 アリスさんはその言葉にしっかりと頷いた。


「結論から言うと『半分イエス』だな。でも、もう半分付け足さないと行けないだろう」


「なに……それ? もう半分って」


 アリスさんは私の目を真っ直ぐ見つめた。

 静かな夜の空気が、耳鳴りになるほど痛かった。

その沈黙の中で、私は自分の鼓動の音を数えていた。

 ──告げられる。何かが、変わってしまう。


「セロ・オルガがこの学園で修行しているのは、君のお父上を殺すためだろう。君と同じく。そして……その家族も。つまり君だよ、キャロル」

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