炎、初めて笑う

「キャロル・ラーセン。貴様は来週から26番目の席に着け」


 ストラド先生の声が耳に飛び込むと、私は全身を心地よい鳥肌が立つのを感じた。

 ランクが……上がった。


 アリスさんと、そして自分と向かい合った末に見つけた「私の炎」

 温もりと安全を与える炎。

 その火の玉は魔方陣の中で一緒に喜んでいるかのようにコロコロと転がっていた。


「その炎の用途に関しては不明瞭な部分も多いが、汎用性は感じる。今後はそれの使い道も探していけ。後は精神面の平穏が揺らぐ際にどうコントロールするかも今後は課題となる。よく飼いならしておけ」


「はい」


 こうして午前の授業が終わって、お休みになった。

 このリグリア王立魔法学校は日曜が魔力をつかさどる神の安息日……つまりお休みになっている。

 なので、今日の午後から明日と一日半が自由になる。


 とはいえ、実家に帰れるのは年に二回。

 夏と年末の4日間の休暇のみなので、生徒はみんな週末の一日半を思い思いに過ごしている。

 女子棟ではなぜか伝統的にチェスが人気なので、十あるチェスボードは競争が激しい。


 私はアリスさんと週末のお休みの事を話しながら歩いていた。

 アリスさんは私と一緒に商店街のマッサージ屋さんやバーを巡りたいらしい。


「アリスさんってマッサージも好きなんですね。お酒ばっかだと思った」


「ふふ、微妙にトゲのある言い回しなのは気のせいかな? 魔導師にとって身体の可動は生命線だよ。それを保持するにはストレッチやマッサージが有用だ。あと、酒については精神のリラックスになる。心は糸と同じく張り詰めっぱなしを好まない」


「それにしても飲みすぎですよ」


「こんな身体だが一応大人だ。そして酒の魅力に浸って天に召されるのも悪くないだろう。さて、新しく入荷したウイスキーは、木と土の香りが豊富な種類らしい。ぜひ、君の魔力開花の切っ掛けを祝って乾杯しようじゃないか」


 そう言いながらアリスさんは、商店街の冊子を見て歩き出す。

 まあ、いっか。

 せっかくお祝いしてくれるんだし。

 それに……私もちょっぴりお酒に興味も出てるんだよね……


 そんな事を考えながらも私は、放課後に第一実習室の光玉がまた揺れていたのが気になっていた。

 ゆれるはずの無い球。

 また……それが。


「キャロル。教師陣が特別室の中で話していた。『霊食い』の一件以来、また不穏な動きがある、と。生徒たちの耳には入らないようにしてるが、いつまでごまかせるか」


 アリスさんの言葉に私は冷や汗が滲むのが分かった。


 アリスさん行き着けと言う「バー・ベゼル」は、こげ茶色の木が内装に使用され、二階建ての広々とした店内は、吹き抜けによってより開放感を高めていた。


 そこは昼間はバーとレストランを兼ねていたため、私とアリスさんはテーブルに座ると、私は岩トカゲと踊り子キノコのシチュー。

 アリスさんは三つ首狼の串焼きと天地鳥のサンドイッチ、そして私と同じシチューだった。

 そして新発売のウイスキーのボトルを頼んだ。


「前から思ってましたけど……ホントに良く食べますね」


「健全な魔力は健全な身体に宿る。そして健全な身体は健全な食から得るものだよ。キャロル、私に言わせると君は小食すぎる。いささかスレンダーだ。容姿も平均をやや上回っている好成績なのだから、より栄養を蓄えれば殿方の目を惹く事も可能」


「それは……よけいなお世話です! ってかアリスさん、いつも滅茶苦茶食べるのに……太らないですね……」


「この胃袋を与えてくれた両親に感謝してるよ。だが、私は恋愛と言う心理現象にそこまで興味が無いので、容姿の恩恵はせいぜい殿方の信頼を得やすくなる程度かな……おっ、これはこれは……」


 話の途中でアリスさんが急に入り口の方に目を向けて、指先で(ちょいちょい)と招くようなしぐさをしたので、振り向くとそこにはセロとハンスが居た。


 あ……セロ。

 私はドキッとして、俯いた。

 二人は制服ではなく、私服だった。

 セロの私服は意外にカジュアルな感じで、それが新鮮なのでドキドキしてしまう。


「お疲れ様、キャロル、アリス。偶然だね」


「やあ、セロ・オルガとハンス・ゴア。魔力を統べる女神リーブラの導きに感謝、だな……良かったら同じテーブルで親睦を深めないか?」


「セロでいいよ。僕らは同じクラスメイトだ。そうだね、リーブラの導きに感謝して、お言葉に甘えよう。いいか、ハンス?」


「……いいんじゃね」


 なぜか顔を真っ赤にしているハンスにセロはニッコリと微笑むと、二人で私たちの向かいの席に座り、セロは私たちを見て言った。


「こうして二人と同じテーブルで食べるのは初めてだね。棟も別だし、校内では食堂も別れてるからね」


 そう。

 異性への本能的興奮による魔力の暴走への対策、と言う事で二年生までは男女の食堂が分けられてるのだ。

 ちょっと厳しすぎな気がするけどね……


 の、割には授業以外の休み時間や敷地内では自由に関われてるから、半分名目上の規則なんだろうな。


「そうだね。まあ、二年くらいまでは魔力を飼いならせない生徒が大半だから仕方あるまい。闘争心以外での異性への興奮は魔力の毒だ……おや、ハンス。さっきからずっとそっぽを向いてるがどうかしたか? あと熱もあるようだな。顔が酷く赤い」


「ホントだな。……おい、ハンス。調子悪かったら先、戻っとくか?」


 ハンスは慌てて手を振ると、アリスさんの方だけは決して見ずに顔をしかめた。


「大丈夫。調子はバッチリだ」


「……だろうな。ここに来るまではおかしな所も無かったし」


 そして、店員さんが持ってきた大量の料理がテーブル上に所狭しと並べられ、セロとハンスはキョトンとしていた。


「あ……えっと……これ、ほとんどアリスさんなの! 私は……このシチューだけ! ホントだよ」


「おいおいキャロル、裏切りかい? 同室なのにそれはつれないな」


「……アリスさん!」


「ふふっ、冗談だよ。キャロルの言う事は本当だ。でも良かったら皆でどうだい? 食事をシェアするのは連帯感を高める」


 こうして私たちの会食が始まった。

 不思議とこうやってテーブルを囲むと、リラックスできてお互いの距離が縮む気がする。


「セロってさ……今度も一番だよね。ホントに凄い……入学以来ずっとじゃない?」


 酔いも回ったせいだろうか。

 私は気分良く話しかけた。


「ありがとう。でも、差は僅かだ。運が良かったんだよ。ここに来る時点でみんな優秀だ」


「ううん……いっつもすごく頑張ってるじゃん。みんなの目もある中でさ。成績を保つのってプレッシャーじゃない?」


 セロは微笑みながら静かに首を振る。


「成績には拘ってないよ。前も言ったとおり、卒業してから人の役に立つ魔導師になりたいだけだ」


 そう言った時、アリスさんがセロを見ながらポツリと言った。


「セロ・オルガ。魔導師は究極的には一人だ。一人で様々なものを背負う。その者の格によっては国の存亡のかかる決断さえも一人で背負う。だが……だからこそ己を知り、仲間を尊重するべきだよ。魔導師にとって心許せる仲間は、迷宮内で見つける財宝に勝る」


 セロは僅かに目を細めてアリスさんを見た。

 アリスさんも同じく僅かに細くなった目でセロを見た。


「……セロでいいよ。有難う、アリス。その言葉、良く覚えておくよ」


「なあ、アリス。今の言葉、ちょっと引っかかるんだけど。セロと俺の間には隠し事なんて無いんだけど」


 ハンスが眉を潜めてアリスさんを見た。


「すまない、ハンス。誤解させたね。あくまでも一般論だよ。セロはいささかストイックすぎるからね」


「おいおい、アリス。僕の事、そんなに知らないんじゃないか?」


 苦笑いでつぶやくセロにアリスさんはクスクス笑う。


「乙女は殿方の動きにいつでも敏感なだけだよ」


「……なっ!」


「ん? ハンス、あなたの事じゃないじゃん。なにテンパってんの?」


「うるせ!」


 ハンスの言葉でテーブルには笑いが起こり、場の空気が和んだ。


 でも、その時私は知らなかった。

 この午後を境に、セロの中でほんの小さなほころびの芽が生まれた事を。

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