第5話

ぐ、っと海緒が肉体を押し入れてくる。

「んっ……」

きつくシーツを握りしめてなんとか我慢する。

やっぱり痛みなしに受け入れるのは難しい。目の端から涙が溢れ出るのを感じた。

「もっと力を抜いて……深呼吸」

シーツを握る手を引き離され海緒の手に握り直された。浅い呼吸を繰り返す。暫く動かずにじっと待っていてくれているのが分かる。

「痛い」どうにも我慢できずについ口にしてしまう。

「うん……ごめんな。今夜は生身の肉体に限りなく近く再現してここまで来れたもんだから、俺は嬉しいけど。その分お前に余計に辛い思いさせてる。」

海緒の冷たい指先が肌を撫でる。

「身体を交わらせるとすごくゆづきの魂を感じる。こんなにも愛しいー今だけは全部俺のものだ。」海緒が僕の目尻に流れた涙を指先で拭ってから頬を手のひらで包んだ。


こんなこと、本来は絶対にしたらいけないのだろう。

昔読んだ物語の中に似たような状況の話があった気がする。あれは雨月物語だったろうか。

愛しい者が亡者と気づかずに交わった男の話。その末路はー

「お前の全てを奪いたい」

海緒がゆっくりと身体を動かし更に奥深く侵入してくる。やがて完全に覆いかぶさった。

「これ以上なにを奪うって言うんだ」

喘ぎすぎたのか声がひどくかすれてしまって苦しい。

海緒と目が合う。顔がとても近い。

「……」沈黙が流れる。

「また生命力を分けて欲しいのか」

海緒の頭を引き寄せて唇を重ねる。

すぐに息も出来ないほど深く吸われる。

絡ませた舌が根元から引き抜かれてしまいそうな錯覚に捉われた。

「……もう動いて。大丈夫だから」

脚を広げて海緒を最奥まで受け止めながら、何故こんなにも互いの世界が遠く隔ててしまったかを考える。

痛みをもって海緒に肌を許してもなお、結局は何一つ赦されてない死の事実が冷たく互いの間に横たわっている。

腰を掴まれて逃げられない体勢のまま深く突き動かされ、泣きながら海緒の欲望を幾度も体内の1番奥底へと受け入れ続ける。拷問みたいに手足の自由を奪われ腰をあてられ、海緒の欲のままに貫かれる。

「痛い」

「わかってる」

「海緒、・・・・・・ごめん」

「なにが」

「もうこれくらいで許して。この先大事な仕事があるんだ。」

「そんなの今話すことじゃないだろ。これからお前の中に出すところなのに。そうだ、腹の中に出したらゆづき、暫くの間だるくてしんどいかも。来週末に出張……あるんだよな。でも構うもんか。俺が今夜一番したいことだから。」

云いながら海緒の動きが徐々に激しさを増す。

「優しくしてって言ったのに。そんなの約束と違う。嫌だ、」

首を横に振ってわずかに海緒の身体を押し返し、抵抗を試みる。

「いいから大人しく抱かれてろ。さっきから痛いだけじゃ無いだろう?気持ちよくしてやってるんだからー。」

びくともしない海緒の腕。手首を押さえつけられ、一番深いそこへ海緒が身体を押しあてると渾身の力を込めて精を放出する。

「嫌、あ……あ」

目じりから涙が流れ頬を伝う。

痛いのに気持ちいい。めちゃくちゃにされているのに、もっとされたい。

もう仕事なんかどうだっていい。ずっと一人で生きていく現実も手放したい。このまま海緒と同じ世界で混ざりあいたい。

今すぐ殺されてしまいたい程の快楽に堕ちてゆく。

「いっそ、俺の還る世界に連れ去ってしまえたらー」

息を乱したまま欲情にまみれた目で海緒がなにか云いかける。ほんの少しだけ沈黙してから顔を寄せてくると手のひらでそっと頬を包まれた。

「ゆづき。愛しているんだ。」

目を見開いて海緒を見つめる。

「……海緒」

涙が再びこぼれ落ちた。

いっそ何もかも捨てて海緒の世界へ攫われてしまえたらどれだけ楽だろう。

「どうして死んじゃったんだよ。」握りしめたこぶしで海緒の広い胸板を叩く。

「ゆづき」

「今ならその告白受け入れたのに。色んな所遊びに行ったり、一緒に酒飲みに行ったり旅行だって出来たのに。」

八つ当たりと分かっていたが止められなかった。

「家族と折り合いつかなくて実家の家業から逃れるように就職した職場だから絶対に辞められないのに。一体誰が僕の仕事の愚痴を聞いてくれるんだよ。今はもう誰も傍に居てくれやしないのに。」

「そうか。お前の親……超がつくほど有名企業の経営者だもんな。」

海緒が頭を撫でてくる。

「自分のこと俺って呼ぶことも許されない家だ。そんな下品な言葉づかいすると良くない仲間が近寄るからって禁止されて……もうこんなつまんない愚痴お前以外に誰が聞いてくれるんだよ。」

「良くない仲間……、俺がゆづきに今してることがバレたらその場でなぶり殺されそう。」

「殺されるも何も。もう死んでるし!」はは、と海緒が笑いだすと頬をこすりつけてくる。

「拗ねているゆづきも愛しいな。まさかゆづきに受け入れられるだなんて。夢みたいだ……こんな未来が来ると知っていたら死んだりせずに済んだのに。はは、本当にバカだよなあ俺……」涙目で海緒が笑う。やがて身体を預けたまま僕は深い眠りに落ちた。


夜明け前、顔にかかった髪をそっとかきあげられたような手の動きを感じて目が覚める。

外はほんのわずかだけ明るさを増してきていた。

「起きたのか」

薄暗がりの中で海緒がかすかに微笑む。

「ずっとお前の寝顔を見ていた。夜が明けるまでしかここに居られないから。」

その声ではっきり目が覚める。

「海緒、まだ行くな。」

「ひどく難しいんだよ。この身体をゆづきと触れ合わせるくらいのかたちにずっと保つことが……」

ゆっくりとした動きで頬にキスを落とされる。

「いつもお前のことを遠くで見てる。深夜現世に彷徨い出ることもある。魂一日に千里をも行く、って古から云われている言葉があるだろ。あれは事実だ。俺は魂だけなんだ、どこまでも行ける。お前のすぐ傍にだってー。ただ、その時お前が気づくことは無いだろう。俺もお前に何もしてやれやしない。」

海緒の身体が段々と登り始めた朝日に照らされ薄れていく。

「頑張るけど、あと何回生きてるゆづきにこうした形で会えるかな。もう無理かもしれない。今夜お前と過ごせただけで俺は充分幸せな人生だったよ。だからお前も俺の事は忘れて幸せになって……。」

「海緒、行くな!……行かないで……1人に、しないで……。」

泣きながら声を震わせて願ったのがやけに虚しいほど朝日の強い光がカーテンを通し、痛いほど室内全域を貫いた。





















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