第3話 2人の男
静香は小さなころから施設育ちということで、いじめられ、偏見の目に晒され、幸せと言う「2文字」から最も遠い存在だったが、それでも…待ち焦がれる季節は有った。
それはクリスマスだ。
児童養護施設にはクリスマス時期になるとケーキやお菓子、服、文房具などの現物品の寄付が多く届く。静香はクリスマスが何よりも楽しみだった。施設の皆で美味しいケーキを食べ、その後は届いたプレゼントを開けて施設のみんなと喜び合った。
その中でも、静香が何よりもうれしかったのはクリスマスケーキだった。生クリームがタップリ付いたショートケーキを、皆で食べたあの思い出は今も忘れられない。
施設での、そんな思い出が静香を料理の道に進ませた。
こうして…たとえそれが苦難の道のりだとしても、どんなことをしても美味しいものを作り出す調理師専門学校に進みたいと、深夜アルバイトをしてまで頑張った。
一般には料理人は給料はそんなに良くないが、それでも高級ホテルのシェフは別だ。スイーツ部門配属となった静香は、夢にまで見た最も憧れるスイーツ部門だったので、その夢は果てしなく大きいものとなって行った。
元々手先の器用な静香は、レシピを家に持ち帰り何度も試作を重ね腕を磨いて行った。このように人の何倍も努力を重ねることで、静香の腕はスイーツ部門でも同期とは群を抜いて、優秀なスイーツを作り出せるようになって行った。
優秀な静香にチーフは、パティシエールとしての期待を寄せると同時に、自分の夢を叶える協力者、伴侶を重ね合わせるようになって行く。
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静香は小さい頃から手先が非常に器用だった。小さい頃から施設でいらなくなった古着で、団体からクリスマスなどに送られてきたお人形の、洋服作りをしたりして施設の子供たちを喜ばせていた。
だから……かねがね手先を自由自在に動かして誰にも負けない傑作品(けっさくひん)を作る職業に就きたいと思っていた。
お菓子作りの上達にセンスや器用さは必要なのか、そりゃーあったほうがぜったいにいいのは当たり前だ。
確かにセンスのある人、器用な人は、初めて教わるお菓子でも、それなりにきれいにあっという間にできてしまうという場面が、たくさんある。
それでも… どんなにセンスがあっても、どんなに器用な人でも、やはり教わったことを自宅などで繰り返し作らないと、そこでストップしてしまう。 お菓子作り上達の秘訣はたくさん作ること。
静香はどんなに器用でもおごることなく自宅で繰り返し実践したことで、人一倍スイ―ツ作りが上手くなった。
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一方の恭介は結婚した時点でまだ29歳だった。国立大学附属病院は決して給料は良くない。たまの休みには、昼はパスタやファーストフード、焼きそばとかうどんとかで全然満足なのだが、そういう昼食を用意すると妻美琴は要らない。と言って。お昼から特上寿司を出前したり、ステーキ屋に食べに行ってしまう。
当然のこと恭介はアルバイトを行なっているのだが、国立大学病院の医師がアルバイトを行なう場合、本業に支障が出ない範囲で、学長または学部長に兼業許可申請書を提出し、許可を得る必要がある。更には大学病院に勤務する医師の場合、研究・臨床の両立を求められる。研究とは研究を専門に行なうことで、臨床とは医療現場で実際に患者に接し、診察や治療を行なうことである。
ましてや東都大学付属病院と言ったら日本の頂点と言うべき大学病院だ。更には脳神経外科はエリート中のエリートが勤務する医局だ。当然研究・臨床の両立を求められている。
これだけ研究・臨床に明け暮れ、更には寝る間を惜しんで民間病院でのアルバイトに精を出しているというのに、そんな苦労は全く理解してくれず、すべて当たり前で、生活レベルが落ちた事で不満たらたらなのである。
それでも…いくら日本の頂点国立大付属病院教授といっても、一般に国立大付属病院は年収が安い傾向にあるのだが、何故妻美琴はそんなにも贅沢三昧のお嬢様に育ったのか理解不能だ。
実は…教授の収入源はそれだけではなかった。日本のトップ国立大付属病院ともなれば教授も、大学からの本給以外に副収入を得る機会がある。例えば講演料だ。専門分野について講演を依頼され、高額な謝礼を得ることができる。更には診療報酬だ。大学病院に所属する教授は医師として活動することも多く、診療報酬が膨大だ。また、書籍や専門誌の執筆・監修による印税収入も期待できる。学会の理事を務めたり、医療機器の開発に携わったりすることで収入を得ることもある。
このように、国立大学トップの医学部教授は、大学からの給与だけでなく、多角的な収入源を持つことができる。更には美琴の母は大企業社長のお嬢様だったので恭介とは住む世界が違い過ぎる
「給料が安いからもう少し倹約してくれ!」と言っても聞く耳を持たない。もう限界だ。
結婚前に美琴の両親に挨拶をしに行ったときに彼女の実家にお邪魔したが、大豪邸でビックリした。この時に考えるべきだった。
都内23区で持ち家の一軒家で、さらに家にエレベーターも付いていて大理石のらせん階段、そして床も全て大理石だった。都心だというのに庭も広く、池やプールまであり、車庫の中には車が5台(ベンツ3台、ポルシェ1台、クラウン1台)。
食事もいつも豪華で高級寿司やステーキ、更にはフォアグラやフカヒレスープが沢山テーブルに並べられていて、お酒もかなり高そうなワインやシャンパンも沢山ある。
裕福な家で育ったとは予想はしていたが、ここまでとは只々驚いた。だから……到底恭介の境遇など理解できるはずがない。この時、何故思いとどまらなかったのかと後悔しきりの恭介だった。
このような理由から恭介は、もう出世などどうでも良い、妻美琴から一刻も早く逃げ出したい。そんな境地に立たされている
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静香は両親を交通事故で亡くし施設育ちだが、生活水準が似通っている上に、苦労しているので9歳年下だが、母親のようにしっかりしている。
『仕事帰りに帝都ホテルで食事を取り』と言っても、この様な状況化コーヒーを飲む程度だ。ただ静香の姿を頭に焼き付け帰るのが日課になっていた。それでも…出世の為だったら、どんな妻美琴のわがままも聞き入れなくては出世は出来ない。大学病院では出世する事で給料に大きく反映されるのだ。
妻美琴との生活は、気の休まる場所がない。この様な状態なので、失った静香は正に「逃がした魚は大きい」だった。
いくら施設育ちと言っても、静香は辛抱強く性格が穏やかで実に優しい。そして超美人だ。ある日恭介は静香のことが、断ち切れずに跡をつけた。
するともう彼氏がいるみたいで、いつも一緒に帰る男がいることを知った。
トゥルル トゥルル トゥルル トゥルル
静香に電話をかけた恭介。
「今更どんなご用件ですか?」
「頼むから一度会ってくれ!」
「お断りします!」
🥼💉👩⚕️
静香は恭介に未練がないと言ったら嘘になる。それでも前を向いて歩かないと……。
そんな時にチーフ木下に付きまとわれ最初は迷惑だったが、仕事の話もあるので、ついついいつ一緒に帰るのが日課になっていった。そして…最近では将来の話にまで及んできている
「俺将来は自立して店を出したいと思っているんだ。静香一緒になってケーキ屋さんをやらないかい」
「私だってそんな夢が叶えられたら最高よ」
やっと恭介の事も踏ん切りがつき、チーフ木下との人生を考え出した矢先に、恭介が突如として現れた。
それは、ある日の事だ。帝都ホテルを出て家路を急いでいると、後ろから恭介が声をかけて来た。
「どうしても話したいことがあるんだ」
「私はもう話などありません」
「頼むよ喫茶店でチョットだけ話を聞いてくれ!」
暫く歩くと「チロル」と書いた看板の喫茶店が見えてきた。
「一体話って何ですか?」
「静香……どうして急に別れを選んだんだよ。俺静香が地位名誉なんて関係ないって言ってくれたら、離婚して他の病院に移ってもいいと考えている。東都大付属の脳神経外科は日本の頂点だから、お金に糸目をつけづに来てくれと言ってくれる病院はいくらでもある」
「私今気になる人がいるの。同じ夢を追いかけているの」
果たして静香は誰を選ぶのか?
そして…恭介の熱意は静香に伝わるのか?
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