【完結】隣の家のミツキちゃん~昼下がりに出会った、不思議な初恋の女の子~

夏芽みかん

(上)先生の初恋について教えてください。

 母校の小学校での教育実習も半分過ぎたころ。

 実習生全員に新聞委員から『先生にしつもん!』というアンケート用紙が配られた。


『質問10)先生の初恋について教えてください。』


 ずいぶんプライバシーなことを聞いてくるなと苦笑しながら、目を閉じる。


 俺の初恋は、”ミツキちゃん”という隣の家に住んでいる女の子だったと思う。――たぶん、そうだった。


 最初に会った時は、小1。

 小学校に入ってすぐ、俺は学校に行かなくなった。


 理由は学校に行くのが馬鹿らしく感じたからだ。

 入学してすぐから「友達100人できるかな」なんて歌を歌わされて、白々しく先生たちに「よくできましたねえ」なんて猫なで声で褒められて、恥ずかしくて嫌になってしまった。

 授業だって退屈だった。ひらがなの練習なんて、俺は年少の時には母親にドリルを与えられて1人でやってたし、それがわからないやつと同じクラスにいるのが嫌だった。


 直接のきっかけになったのは、授業中に席を歩き回るクラスメイトにムカついて、そいつを筆箱で殴ったことだ。猿みたいなぼさぼさ頭の男子が教室内をふらふらふらふら歩きまわってるのが目障りで、俺の横を3回目に通り過ぎた時に立ち上がって頭を筆箱で殴った。――そしたら、そいつはすっころんで、床に倒れて、びええええと泣き出した。担任が飛んできて、俺の腕を引っ張って、廊下へ引きずって行った。他の教室からも先生が飛んできて、異常事態にクラスメイトの一部の女子が泣き出して、教室内が騒然としたのをよく覚えている。


 俺が殴った男子は保健室へ連れて行かれ、俺は職員室に隔離された。しばらくして連絡を受けた母さんが飛んできた。母さんはひたすら頭を下げて、俺を引っ張って学校を出た。学校を出たところで、母さんは言った。


『あなたと違って、馬鹿な子ばっかりで辛いよね。でも、気に入らないことがあったからといって、いきなり殴るのは頭の悪い子がすることよ。あなたは、賢いから、わかるわよね?』


 俺はうなずいた。俺はあの空間で『悪者』になってしまった。

 それは、母親の言うとおり、確かに頭の悪いやり方だった。


『馬鹿な子は無視すればいいの。関わらなければいいの。無視して、勉強してればいいの』


 それから深くため息を吐いた。


『私立に行かせた方が良かったわね……』


 俺はうなずいた。――そして、学校に行くことをやめた。

 母さんの言う通り、あんな猿みたいなクラスメイトとは『関わらなければいい』んだ。

 それなら、学校に行く必要もないと、小1の俺は思った。


 ◇


 学校に行かなくなってからは、家で1人で母さんが契約してくれた学習タブレットを使った通信教育やドリルで自習した。

 仕事に行く母さんを送り出してから、自分でタブレットを開き、学習を進め、昼には冷凍庫から電子レンジで温めるだけの冷凍食品を出し、それを温め食べる。食器も自分で洗う。それから、また勉強。夕方に母さんが帰ってきたら、今日やったことを報告する。


 小1の内容は保育園の時に先取りしてたし、自己採点したドリルはいつも花丸だった。

 それを見せると、母さんは、ニコニコ笑ってその赤丸がたくさんついたドリルを写真に撮り、SNSにアップしていた。


あおいくん、また百点? すごいじゃない!』


 パシャリ。

 次の瞬間には、母さんの顔は自分のスマホに向いている。


『ねえ、みてみて! 『いいね』がこんなに。『#天才小学生』ってタグもつけてみちゃった』


 俺に画面は見せてるけど、母さんの顔も画面を見つめてた。

 母さんの笑顔の向こうに、俺はいなかった。


 当時の俺のドリルの写真は、全国でたぶん何百人もの人が見てたんだろうな。

 具体的な数は思い出せないけど、いいねがたくさんついてたから。

 ――でも、大学生になった今は、誰もそんな投稿覚えてないだろうけど。

 

 当時の俺は、母さんのSNSに『いいね』が何個つこうがどうでも良かったけど。

 母さんが嬉しそうにして褒めてくれるし、俺はすごいんだなって勝手に思ってた。


 俺の家族構成は、父さん・母さん・俺。

 

 父さんは平日は俺が起きて寝る間に帰ってこなかった。

 

 父さんは大きい工場で働いていて、海外出張も多かったし、姿をあまり見なかった。

 けど、父方の祖父や祖母は、俺が『父親に似て頭が良くて良かった』って顔を合わせるたびに言ってたから、なんとなく父さんはすごいんだ!と思って尊敬してた。

 母さんは家の近くにある、なんかの会社で事務のパートをしてた。

 よくスマホで俺の写真をよく撮って、SNSに挙げてた。

 

俺の昔の顔写真で検索すれば、もしかしたら今でもどこかで検索に引っ掛かるんじゃないだろうかと不安だけど。よくよく考えれば、何テイクも撮らされた写真ばっかりだから、見られても、褒められるだけな気はするから、大丈夫か。


 「ミツキちゃん」と最初に会ったのは、昼下がりのぼんやりとした午後だった。

 俺は、小1から小3までの長い昼間の時間を彼女と一緒に過ごした。



 うるさいクラスメイトのいない、日中一人きりの家は静かで、快適だった――最初は。

 タブレット学習を済ませ、ドリルを解いて、ひと息。

 数日経つと、クーラーの音や冷蔵庫の稼働音ばかりが響くリビングに、俺は息が詰まるような感覚を覚えた。思わず窓を開け、隣家との家の境の砂利が敷かれた庭に出た。

 

6月のじめじめとした暑さのある曇り空の午後。

 窓辺に腰掛け、大きく息を吸った俺は、自分を見つめる視線に気づいた。

 顔を上げると、隣の家と俺の家を仕切るフェンスの向こうから、白いワンピースを着た同い年くらいの女の子が俺を見つめていた。


 日に当たったことがないような白い肌と、大きい瞳にどきりとして、思わず息を呑んで俺も見つめ返した。しばらくの沈黙の後、俺が最初に口を開いた。


「誰?」


「――ミツキちゃん」


 保育園児のような幼い口調に、俺は首を傾げて、立ち上がった。

 彼女の身長は俺と同じか、少し高いくらいだった。


「『ミツキちゃん』って名前なの?」


「うん。ミツキちゃんはミツキちゃんだよ」


 同い年くらいなのに、やたらと幼い口調に、俺はイラっとした。

 当時の俺は、ガキっぽいやつが大嫌いだった。


「お前、いくつなの?」


「7さい」


「オレと同じじゃん。自分の名前に『ちゃん』付けなんて、保育園児みたいだな!」


「おおきいこえ……うるさい……」


 ミツキちゃんは、耳を塞いで俺を睨んだ。

 俺は恥ずかしくなって、余計にカッとしてしまった。俺はガキだったから。


「うるさいな!」


「そっちの方がうるさいよ」


「うるさいな!」


 ミツキちゃんは、俺の真似をするように声を大きくした。


「『うるさいな!』」


「真似すんじゃねえよ!」

「『真似すんじゃねえよ!』」


「……お前、ムカつくな!」


 ミツキちゃんは、くすくす笑いながら俺を見た。


「『お前』じゃないよ、ミツキちゃんだよ」


 何だこいつ、会話が成立しない。俺はそう思って座り込むと、彼女を睨んだ。

 ミツキちゃんは、俺を見つめて聞いた。


「――名前は、何?」


「俺の名前、を聞いてんの?」


 こくり。


「――俺は、アオイだよ」


「アオイくん」

 

 ミツキちゃんはにっこり笑った。


「お歌うたうと、たのしいよ」


 そう言うと、ミツキちゃんは急に歌を歌い出した。

 保育園で歌ってたような、童謡だった。

 俺は呆気にとられたけど、ミツキちゃんの歌がすごく上手だったので思わず聞き入ってしまった。


 歌い終わって、何だか得意げな様子のミツキちゃんに、俺は思わず拍手をした。


「ミツキちゃん、歌、じょうずでしょ」


 ミツキちゃんは得意げに柵ごしに俺を見下ろした。

 

「アオイくんも、一緒にうたおう」

 

 さんはいっと勝手に掛け声をかけて、同じ曲をまた歌い出す。

 けれど、俺が黙っていると、黙って俺を見つめて『歌え』という無言の圧力をかけてきた。

 俺は仕方なく、歌い出した。

 それは保育園で歌ったことのある童謡で、俺も知ってる曲だったから、歌えた。

 

「あああ、一緒に歌っちゃったじゃんよ……」


 日中に童謡を家の庭で歌うという行為は、俺にとってとてつもなく恥ずかしい行為で、その時俺は頭をかかえてしまった。――けれど。


「アオイくんも、じょうず!」


 ミツキちゃんはとんでもなく笑顔でぱちぱちと拍手をしてくれた。

 その笑顔があまりに眩しかったので、俺は思わず顔を上げて見入ってしまったことを覚えている。


 ――俺とミツキちゃんの出会いは、こんな感じだった。


 ◇


 それから、俺は昼ご飯を食べ終わると、なんとなく庭に出るようになった。

 そうすると、隣の家のフェンスのところにミツキちゃんがふらりと現れる。


「アオイくん、こんにちわ!」


 俺を見つけると、ミツキちゃんは大きい声で挨拶をして、にっと歯を出して笑う。

 

「おうた一緒にうたうよ!」


 それから、何故か童謡を一緒に歌わせられる。

 ミツキちゃんは押しが強かった。


 俺が知らないようなマイナーな歌もよく知っていて、俺が一緒に歌えないと、


「アオイくん、知らないんだぁ」


 と勝ったような顔で縁側ふうのデッキに座る俺をフェンス越しに見下ろしてきたりする。

 最初はイラっとしたりしたけれど、ミツキちゃんと過ごすうちに、彼女のくるくると変わる表情が癖になるというか、かわいいなと思うようになっていた。


「知らない相手を馬鹿にするのって、ガキのやることだぜ」


 そう言うと、ミツキちゃんは頬を膨らませた。


「わたし、ガキじゃないもん。今年8歳のお姉さんなんだから!」


 ミツキちゃんは、俺が『名前にちゃん付けなんてガキっぽい』と言ったのを気にしたのか、途中から自分のことを『わたし』と言うようになった。


「――え、俺の1つ上じゃん」


 俺は驚いた。確かに、最初に同い年だと言っていたけれど。俺は4月生まれで、まだ6月だったから、確率としては、確かに1つ上の可能性の方が高い。けれど、1つ上だとは思わなかった。


「そうだよ。アオイくんより、お姉さんだよ」


 ミツキちゃんはまた、得意げに俺を見下ろした。


 ある日、ミツキちゃんは俺に聞いてきた。


「――アオイくんは、なんで学校に行ってないの?」


「――学校行ったって、意味ないから。動物園みたいなんだもん」


「動物園たのしいよね。いろんな動物がいて。わたし、行ったことあるよ」


 ミツキちゃんは俺を見つめた。


「学校も、きっと、たのしそう」


「『動物園みたい』ってのは、悪いたとえだよ。うるさいってこと」


 それから俺は、首を傾げた。

 ――なんとなく、そんな気はしていたけど。


「ミツキちゃん、学校行ったことないの?」


「――行ったことないよ。病気だから」


 ミツキちゃんはしゃがみこんでしまった。落ち込んでいるみたいだった。

 外に出たことがなさそうな白い肌に、妙にずれた様子から、そんな気はしていたので、あまり驚かなかった。


「別に行かなくてもいいよ。だるいだけだし」


 俺は首を傾げた。


「昼間、何してんの?」


「ママがお歌歌ってくれたり、絵本読んでくれる。あと、先生もたまに来て、絵本とか読んでくれる」


「ミツキちゃんのお母さんはずっと家にいるの?」


「うん。ママはずっとわたしの隣にいるよ」


一拍、間があいた。


「げえ……」

 

思わず声が漏れた。母さんがずっと横にいるなんて、息が詰まりそうだと思ったから。ミツキちゃんは嫌そうな顔をした。


「ママといっしょ、たのしいよ」


「ごめん。ごめん。ミツキちゃん女子だし、病気だもんな」


 俺とミツキちゃんは状況が違うので、失礼だったと思い直して俺は謝った。


「俺は男子だし、しっかりしてるから、お母さんもお父さんもいなくなって、ぜんぶ自分でできるんだぜ」


 そう得意げに言うと、ミツキちゃんは顔を輝かせた。


「すごいね!」


 褒められて俺も得意になってしまった。


「勉強だって自分でできるし、お昼ごはんだってひとりで食べれるし、お風呂だって1人で入れるし、寝るのも1人でできるんだ!」


 そう言うと、ミツキちゃんはぱちぱちぱちっと手をたたいてくれた。

 でも、それから下を向いてしまった。


「わたし、ぜんぶできない……」


「俺だから、できるんだぜ。ふつうは、もっと上の学年にならないとできないってお母さん言ってたもん」


「ずっとできないかも……」


 ミツキちゃんは、そうつぶやいて、フェンスの向こうにしゃがみこんでしまった。

 

「ミツキちゃん……」


 俺はどうしていいかわからなくて、おろおろするばかりだった。

 そうしているうちに、彼女はふっと姿を消してしまった。

 いつもミツキちゃんは急に現れて、急に帰って行くのだ。


 ◇


 それからしばらくの間、お昼になって庭に出てみても、ミツキちゃんは現れなかった。

 俺は落ち込んでしまった。

 嫌なことを言ってしまっただろうかと、必死で考えた。


 『何でも自分でできる』って言ったのが、馬鹿にしたみたいに聞こえたのかな。

 そんなつもりじゃなかったのに。


 ぶくぶくと1人湯船に沈みながら考える。

 考えても考えても答えは出なかった。


 お昼、ベランダに出てみる。ミツキちゃんは今日もいない。隣の家を見上げた。

 空いた窓から、ピアノの音と、歌声が風に乗って聞こえてきた。

 ピアノの音は、小学校の体育館にあったような本物の大きなピアノの音だった。

 ミツキちゃんがよく歌っている童謡の曲だけど、歌っているのは、ミツキちゃんの少し弾んだ明るい声ではなく、大人の女の人の落ち着いた声だった。


(歌ってるのは、ミツキちゃんのお母さんかな……)


 どうして、ミツキちゃんの声はしないのかと、俺は首を傾げた。

 ――と同時に、歌を歌ってるときの、ミツキちゃんのニコニコした顔を思い出した。

 俺はミツキちゃんの、あの笑った顔が見たかった。

 落ち込んだ顔をさせたいわけじゃなかった。


「俺も歌ったら、笑ってくれるかな……」


 そうつぶやいたけど、俺は歌には自信がなかった。

 歌はミツキちゃんの方が上手だし、ミツキちゃんはきっと、お母さんと歌う方が好きかもしれない。

 俺はミツキちゃんのお母さんに、よくわからないが対抗心を燃やした。


 俺だから、ミツキちゃんにできること……。

 俺は自分の得意なことを必死で考えた。

 計算ドリルや漢字ドリルは得意だけど、それを見せても、ミツキちゃんは喜ばない気がする。――あと、俺が得意なこと。


「俺は、お絵描きが得意だ!」


 俺は閃いた。最近描いてないけど、俺は絵を描くのが得意だった。

 俺が描いた、教育番組のキャラクターのイラストは、2回もテレビのイラスト紹介コーナーに掲載された。


 俺は風呂を飛び出ると、学習机の椅子に飛びのり、保育園の時に使っていたお絵描帳と色鉛筆を取り出した。そして、ミツキちゃんの顔を書いた。得意げに笑った顔や、嬉しそうに笑った顔を、何枚か描いてみた。


「まだ寝てないの?」


 母さんが部屋をのぞきこんできたので、俺は「寝るよ!」と強い声を出した。

 母さんは何か言いかけて、結局ドアを閉めた。

 俺は電気を消して、机のライトだけつけた。

 紙の上に、またミツキちゃんの笑顔を描いた。 我ながら、よく書けたと思った会心の一枚ができた。それを破ると、二つに折った。


 それから数日。折り曲げた絵を手に持って、朝から庭で待機して、隣の家を見上げる生活を続けた。家に直接持っていこうかとも思ったけれど、ミツキちゃんの親に会うのは気恥ずかしかったし、自然な感じで渡したかったから、俺は庭で待った。


 ミツキちゃんの家の2階からは、朝から彼女のお母さんが歌う童謡の歌が聞こえていた。

 ミツキちゃんの声がしないのが不思議だった。


 俺は彼女が「病気」と言っていたことを思い出して、ひやっとした。

 ――もしかしたら、ミツキちゃんに何かあった?


 そう思った時、


「アオイくん!」


 と待ちに待った声がした。

 振り返ると、ミツキちゃんがいつものように、にこにこと笑っていた。


「ミツキちゃん!」


 俺の声にミツキちゃんは驚いたように目を丸くした。


「最近いなかったじゃん。どうしてるかなって、心配してた」


 そう言って指をくるくると回すと、ミツキちゃんは笑った。


「ちょっと、しばらく病院に入院してたの」


「そうなんだ。大丈夫?」


 風が、フェンスの向こうのミツキちゃんの長い髪をふわりと揺らした。


「うん。戻ってきたよ」


 『入院』という言葉が心配だったけれど、俺は自分が嫌われて彼女が姿を消していたわけではなかったことにほっとして、息を吐いた。それから、頑張って書いた似顔絵を、彼女に渡した。――教育実習で教壇に立つのなんか、あの時のどきどきに比べたら何でもない。それくらい胸がどきどきしたことを覚えている。


「わあ!」


 俺が描いた絵を見せると、ミツキちゃんはぴょんぴょんと何度もその場に飛び跳ねた。


「アオイくん、じょうず!!!! わたし、かわいい!!!」


 そして、ぱちぱちと手をたたいてくれたので、俺は上機嫌になって、ミツキちゃんに似顔絵を渡そうとした。けれど、ミツキちゃんは首を振った。


「……でも、もっとかわいく描けると思うの。そしたら、もらうね」


 そして、悪戯っぽく笑った。馬鹿な俺は、その表情にどきっとして、うなずいた。


 それからも、俺は何度もミツキちゃんに似顔絵をプレゼントしようとチャレンジしたのだけど、ミツキちゃんはその度「もっとかわいく描いて」と言って受け取ってくれなかった。

 写実的すぎてミツキちゃんの好みに合わないのだろうかと、流行っていた女の子向けのアニメ寄りの画風にしてみたり、服装を可愛くしてみたりと工夫はしてみたけれど、駄目だった。おかげで、俺は女の子の絵を描くのが異様に上手くなってしまった。教育実習の現場でもイラストを黒板に描いてみたら児童ウケが良かったのでありがたい。


「まだ、もらってくれない?」


「うん。ママもパパも『ミツキちゃんが世界で一番かわいい』って毎日言ってるし、もっとかわいく描いて!」

 

 ――それは『親目線で』ということではないだろうかと、俺は思ったけど言わなかった。

 ミツキちゃんの機嫌を損ねたくなかったし、ミツキちゃんは実際かわいかったから。

 ミツキちゃんの特徴は、右目の下に泣き黒子があることだった。

 その黒子がちょっと大人っぽく見えて、幼い印象とのギャップが俺をドキドキさせた。

 お絵描き帳にはいろんな描き方のミツキちゃんが描いてあったけど、どれも黒子だけはしっかり描いていた。


 そんなこんなで、俺とミツキちゃんの交流は、小学校3年生くらいまで続いた。

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