第6話 強さの意味

前半


威風が十二支プロジェクトに参加してから一週間が過ぎた。彼の影響力は日に日に増大し、チーム内の主導権を握りつつあった。賢と牛田が慎重に構築してきた協調的な雰囲気は、威風の圧倒的な存在感の前に霞んでいた。


威風は毎朝一番早くオフィスに来て、夜も最後まで残った。その姿勢は確かに立派だったが、そこには他者への配慮はなかった。自分のペースで仕事を進め、他のメンバーにもそれを強要した。


「成果を出すためには、妥協は禁物です」威風は頻繁にそう言った。「中途半端な協調主義では、競合他社に負けてしまいます」


賢は威風のやり方に反発しながらも、その能力の高さは認めざるを得なかった。威風の分析は鋭く、戦略は明確で、実行力も卓越していた。しかし、その強さの裏に潜む何かに、賢は違和感を覚えていた。


ある夜、威風が一人で残業しているとき、賢は偶然彼の電話を聞いてしまった。相手は前の職場の同僚らしかった。


「ああ、新しい職場でも順調だ。すぐに主導権を握れた」威風の声には、いつもの自信が満ちていた。「やはり強い者が勝つ。それが世の中の法則だからな」


しかし電話を切った後の威風の表情に、賢は意外な影を見た。疲労だけではない、もっと深い何かがあった。まるで常に緊張を強いられている人間の、束の間の弱さのような。


翌日の会議で、威風は新しいプロジェクト案を発表した。大胆で野心的な内容で、成功すれば大きな成果が期待できるものだった。しかし、リスクも相当に高かった。


「素晴らしい案ですが」牛田が慎重に発言した。「もう少しリスクヘッジを考慮した方が良いのではないでしょうか」


威風の目が鋭くなった。「リスクを恐れていては、大きな成果は得られません。安全策ばかり考えている人間は、所詮その程度の人間です」


その言葉に、賢は威風の本心を垣間見た気がした。威風にとって、強さとは他者を圧倒することだった。そして弱さとは、自分の弱さを誰にも見せられないこと?それで必要以上に強い言葉を使って虚勢を張り続ける?


気になって人事部に掛け合い、威風の過去を調べてみると、興味深い事実が分かった。彼は常にトップクラスの成績を残してきたが、同時に多くの職場を転々としていた。人間関係の問題が原因で、長く一つの場所にいることができなかったのだ。


「威風さんは、なぜそんなに強くあろうとするのでしょうか」賢は牛田に相談した。


牛田は考え込んだ。「きっと、弱さを見せることを極度に恐れているのでしょう。でも、なぜそこまで恐れるのかは分かりません」


実は威風には、人には言えない過去があった。学生時代、彼は体が小さく、よくいじめられていた。チビトラと呼ばれ、一時は登校拒否まで考えていたそうだ。それでもなんとか、体が大きくなったことも助かって、乗り越えることができたが、その屈辱的な経験が、彼の「強さへの執着」を生み出していた。二度と弱い立場に立たない。常に支配する側にいる。その為に努力をなんでもする。それが威風の人生哲学となっていた。


後半


威風の提案したプロジェクトが実行段階に入ったとき、問題が発生した。彼の強引な進め方に、関係部署からクレームが入ったのだ。協力を求めるどころか、一方的に要求を突きつける威風のやり方に、多くの人が反発していた。事前に何も聞いていない、という人もいた。


「何が問題なのか分からない」威風は苛立ちを隠さなかった。「こちらの要求は合理的で、相手にもメリットがある。なぜ協力しないのか」。一方で、新しい部署で手柄を立てることに躍起になって、必要以上に急いでしまっていた自分がいることも認識していた。


賢は思い切って言った。「威風さん、問題は内容ではなく、やり方にあるのではないでしょうか。相手の立場を考えずに要求だけを突きつけても、協力は得られません」


「相手の立場?」威風は冷笑した。「ビジネスは感情論ではありません。合理的な判断ができない者は、淘汰されるだけです」


しかし事態は悪化の一途をたどった。関係部署だけでなく、社内の他のチームからも威風への不満の声が上がり始めた。プロジェクトの進行に支障をきたす事態となった。


牛田は威風に直接話しかけることにした。「威風さん、私たちがフォローに入りましょうか。関係修復のお手伝いをさせてください」


威風は最初拒否した。「自分の問題は自分で解決します。他人の助けは必要ありません」


「でも、チームですから」牛田は穏やかに続けた。「一人で全てを背負う必要はありません」目が真剣であった。


その言葉に、威風は動揺した。これまで常に一人で戦ってきた。他人に頼ることは、弱さの表れだと思ってきた。しかし現実には、今回ばかりは一人の力だけでは限界があった。24時間以内に対応しないといけない問題が10個は頭に浮かぶ。せめて調整役をやってもらえれば、まだこのプロジェクトは復活するチャンスがある。


それでも威風は助けてもらうことを躊躇をしていたが、有無を言わさず勝手に賢と牛田が関係部署との調整に入った。二人の丁寧な対応により、徐々に関係は改善されていった。威風の提案した内容自体は優秀だったため、やり方を変えれば十分に実現可能だった。


プロジェクトが軌道に乗り始めたとき、3人はふと一呼吸を同時についた。そして目を合わせたとき、威風は賢と牛田に言った。「なぜ、助けてくれたのですか。私は二人のやり方を否定しました」


賢は率直に答えた。「確かに腹が立ちました。でも、威風さんの能力は本物です。その能力を活かすために、私たちにできることがあると思ったのです」


牛田も続けた。「強さには色々な形があります。威風さんのように一人で全てを成し遂げるのも強さですが、仲間と協力して大きなことを実現するのも強さです」


威風は初めて、自分の「強さ」について深く考えた。これまでの彼の強さは、弱さへの恐怖から生まれたものだった。他者を圧倒することで、自分の弱さを隠そうとしていたのだ。


しかし賢と牛田が見せたのは、異なる種類の強さだった。互いの弱さを認め合い、それを補完し合うことで生まれる強さ。一人で頑張るのではなく、皆で頑張る。威風にとって、それは全く新しい概念だった。


「強さの本質とは何か」という問いが、威風の心に芽生えた。これまでの答えは間違っていたのかもしれない。真の強さとは、他者を圧倒することではなく、他者と協調することにあるのかもしれない。その可能性を、威風は初めて真剣に考え始めた。「今までちょっと外れた道で、無理をしすぎていたのかなぁ」過労で目が充血していて、少し涙が浮かんだ。誰にもみられてはいない。




—— その夜、賢が一人残ってデスクを整理しているとき、ふと置かれている雑誌が目に入った。表紙には「瀬戸内の島々が秘める可能性」という見出しが躍っていた。賢はそれをパラパラとめくりながら、「いつか、こういう地域と一緒に何かを創る仕事がしたいな」と呟いた。その言葉は、誰に向けたものでもなく、まるで未来への独り言のようだった。

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