未来都市プロジェクト第⼆巻ーーー第3章 「氷上の追跡」

静から動へ──港から湖へ 舞踏会の混乱からわずか数時間後、⿊崎レイナと⼤野進吾は北⽅の港町へ

向かっていた。夜明け前の空は群⻘に染まり、地平線近くにかすかな紅が滲み始めている。海風は容

赦なく頬を刺し、⽿や指先から体温を奪っていく。港の空気には塩とディーゼルの重い匂いが漂い、

吸い込むたびに肺の奥を刺激した。重油で⿊く汚れた貨物船が無⾔で並び、凍りついた甲板を踏みし

める船員の⾜⾳が冷たい⾦属⾳として響く。この港は、まだ秩序の匂いを残す最後の場所だった。そ

の先に広がる氷に覆われた湖は、⽩銀の平原のように輝き、⽂明の影が届かぬ原始の闘争の舞台とな

る。

暗号通信と緊張の共有

 唐沢から届いた暗号通信は簡潔かつ緊迫していた。

 「標的は港を離れる。奪われたデータチップは氷上で取引される。」

 進吾は双眼鏡を覗き、港の⼀角を鋭く観察する。氷点下の冷気が目頭を刺し、吐息がレンズを曇ら

せた。かじかんだ指を握り直すと、隣のレイナと視線が合う。レイナは厚⼿の⼿袋越しに拳を固く握

り、薄く開いた唇から短く息を吐く。

 「逃げ場はないわ。氷の上じゃ⾜跡がすべて証拠になる。」

 「逆に⾔えば、俺たちの⾜跡もな。」進吾は低く呟き、わずかに苦笑を浮かべる。その声には、⾃

分たちも標的に観察されているという緊張が潜んでいた。

氷上への進⼊──静寂の⽀配

 ふたりは漁船を装い、氷結した湖へ滑り出す。極限まで抑えたエンジン⾳は雪に吸い込まれ、湖⾯

の霧は⽣き物のように船⾸を舐める。氷のきしむ低く不吉な⾳、遠くのカモメの声、風に紛れて微か

に響くモーター⾳──それは先⾏者の存在を告げていた。⽩い平原に続く⾜跡は粉雪に覆われては現

れ、氷の脆さを予感させる軋みが⾜元から伝わる。進むごとに視界は狭まり、霧の中に⾃分たちの息

遣いがこもるようだった。

交易所跡での遭遇──動の幕開け

 交易所跡が近づくと、灰⾊にくすんだ⽯壁は風雪に削られ、ひび割れには氷膜が張っていた。板で

打ち付けられた窓の隙間から、蝋燭のような灯りが洩れる。進吾が低くカウントを始め、レイナはサ

プレッサー付きの拳銃を構え直す。

 「三、⼆、⼀──」

 扉が蹴破られ、乾いた銃声が氷上に⽊霊する。室内の影が奔り、⽊箱の陰から閃光と銃⼝が覗く。

⽕薬の刺激臭が⿐を突き、冷気と粉雪が部屋に流れ込む。標的は闇を裂くように⾛り、窓から氷上へ

⾶び出す。レイナも躊躇なく追い、甲⾼い氷の裂ける⾳が闇に響いた。⾜元は軋み、雪煙が靴周りで

渦を巻き、肺の奥まで冷気が突き刺さる。未来都市プロジェクト 第⼆巻ーーー第3章「氷上の追跡」|m... https://note.com/bright_slug2632/n/n3243b7b501b9?magazi...

2 / 3 2025/08/16 16:25

氷上の境界──氷と⽔の対話

 標的は⼗メートル先で振り返り、冷笑を浮かべる。

 「ここから先は、氷の下の世界だ……もっとも、そこで息が続く者はいないがな。」

 その挑発は霧に吸い込まれ、距離以上の隔たりを感じさせた。次の瞬間、重く鈍い⾳とともに氷が

割れ、三⼈の間に漆⿊の⽔⾯が開く。噴き上がる冷気と⽴ち上る蒸気が霧と混じり、視界を奪い、世

界を⽩く閉ざしていった──。

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