あぶない刑事になりたくて
鷹山トシキ
第1話 千葉みなとの鷹と、ベイサイド・ドリーム
1. タカ、埠頭に立つ
夕暮れの千葉みなと埠頭。鉄骨が組まれたガントリークレーンが、東京湾の茜色の空を切り裂いている。潮風が、一人の男の着慣れたダークスーツの裾を揺らした。
男の名は鷹山 誠吾(たかやま せいご)。
「千葉みなと署」の捜査課に所属する刑事だが、その風貌はまるで舘ひろしの若い頃をそのままトレースしたようだ。長身痩躯。オールバックに流した髪は微かに光を反射し、足元には艶やかな黒のレザーシューズ。口元には、いつも微かな皮肉めいた笑みを浮かべている。
鷹山は、黒いスポーツカー(年季の入ったヨーロピアン・オープンカー)にもたれかかり、タバコに火をつけた。紫煙が、埠頭の錆びた金属の匂いと混ざり合う。
「チッ…遅ぇな、ユージ」
彼の隣に並ぶはずの相棒、大下 健一(おおした けんいち)—柴田恭兵似の、軽い身のこなしと、常に皮肉屋な笑顔が特徴の男—が、まだ来ていないのだ。
今夜のヤマは、埠頭の裏取引。関東一円のヤクザ組織が絡む、麻薬の密輸ルート解明のため、鷹山は単身で潜入捜査の最終段階に入っていた。
無線に、大下の、まるで楽しんでいるかのような声が響く。
「タカ、悪い、ちょっと**『寄り道』。署の前の花屋の娘が、『新しい鉢植えを買ったから見て』って、なかなか離してくれなくてさ。俺の『セクシーな優しさ』**が、また罪を作っちゃったみたいだ」
鷹山はタバコを地面に落とし、靴の裏で踏み消した。
「戯言はいい。埠頭のDバースだ。相手は**『蛇の目』**の末端。ブツを乗せたコンテナが動く」
「了解、『みなとの鷹』。じゃあ、俺は**『ベイサイド・ジェット』**で行くぜ。遅れたペナルティ、でっかく稼ぐからよ」
2. ターゲットの視線
鷹山が埠頭の影に身を潜めた瞬間、向かいの倉庫の屋上から、鋭い視線が彼を捉えた。
女だ。長い髪を風になびかせ、デジタル一眼レフカメラを構えている。レンズの先は、埠頭に停泊したコンテナ船、そして、その船から積み荷を降ろす『蛇の目』の組員たちに向けられている。
彼女の名は早乙女 律子(さおとめ りつこ)。フリージャーナリスト。
かつて、鷹山と大下が追っていた事件で、決定的なスクープをものにし、警察のメンツを潰した曰く付きの女。
「また、お前か…」鷹山は内心で舌打ちした。彼女の**『ジャーナリストの正義』は、時に警察の『合理的な捜査』を妨害する、最も厄介な『非合理な邪魔者』**だった。
律子がシャッターを切る。組員たちがコンテナのロックを外す、まさにその決定的な瞬間だ。
その音に気づいた組員の一人が、鷹山の潜む影に向かって叫んだ。
「誰だ、そこにいるのは!」
ヤバイ。鷹山は即座に腰のコルト・ガバメントに手をかける。しかし、銃を抜く前に、倉庫の屋上から律子が降りてきた。
「警察よ!動かないで!」
律子は、なぜか自分のカメラを組員たちに向け、フラッシュを連射した。組員たちの視線が、一瞬、律子に集中する。
鷹山は、この一瞬を逃さなかった。
「世話になったな、律子」
彼は影から飛び出し、組員に向かって走り出した。
3. ベイサイド・ジェット
その時、埠頭の道を、エンジンを高らかに唸らせたバイクが一台、信じられない速度で突っ込んできた。ライダーは、ノーヘル、風を切り裂く大下 健一だ。
大下はバイクを滑らせ、組員たちの足元ギリギリで派手なドリフトを決めると、彼らの間に**『白いブツ』**—逮捕状のコピーを丸めたもの—を投げつけた。
「よぉ、タカ!**『セクシー・チェイス』**のお出ましだぜ!おっと、俺の逮捕状のコピーだ。ブツじゃないぜ、残念!」
組員たちが一瞬ひるんだ隙に、鷹山は二人の組員に飛びつき、鮮やかな連係プレーで取り押さえる。
「馬鹿野郎、派手にやりやがって!」
「相変わらずの**『ダンディーな照れ隠し』**だぜ、タカ!」
しかし、リーダー格の男が、律子を人質に取って、コンテナの陰に逃げ込んだ。
「動くな!動いたらこの女を…!」
律子は、しかし、全く怯えていない。彼女は男の腕の中で、にやりと笑った。
「残念ね、私のスクープはもう配信済みよ。あなたの組織の**『合理的悪行』**は、もう世間に晒されてる」
男は焦燥に駆られ、腰の拳銃を律子の頭に突きつける。
その瞬間、鷹山は、タバコの火を消した時と同じ、**『一瞬の沈黙』**を作った。
「ユージ」
「はいよ、タカ」
大下は、バイクから取り出した小型のブーメラン—実は特殊加工された手錠—を、野球の魔球のような軌道で投げた。ブーメランは、男の拳銃を叩き落とし、そのまま男の手首に巻き付く。
「『セクシー・テクニック』、炸裂だぜ!」
鷹山は、間髪入れずに男に飛び込み、強烈な一撃を顔面に叩き込んだ。男は意識を失い、埠頭のコンクリートに倒れ込んだ。
律子は、鷹山にカメラを向けたまま、レンズ越しに挑発的な視線を送る。
「さすが**『千葉みなとの鷹』ね。でも、今回の主役は、『正義の情報』**を拡散した私よ」
鷹山は、スーツの埃を払いながら、律子から目を逸らさずに言った。
「女。お前の**『非合理な正義』には、いつも冷や冷やさせられる。だが、この港の『秩序』は、俺たちの『合理的な暴力』**が守る」
大下は、組員たちを次々と手錠で繋ぎながら、鷹山の隣に立った。
「ま、どっちにしろ、これで**『蛇の目』の牙は折れたな。さ、タカ。腹減ったろ?海を見ながら、『みなとの夢』**でも語りながら、メシでも食いに行こうぜ」
埠頭の奥、千葉ポートタワーの灯りが、二人の刑事の背後で静かに輝いていた。
**「千葉みなと署」**の夜は、まだ始まったばかりだ。
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