2.「メイドと執事長兼私兵団団長と料理長とサポートシステムの日記」
~メイドのメメイの日記~
この三年間は、驚きの連続だった。
坊ちゃまが激変したからだ。
正直、三年前までは、私は坊ちゃまのことが苦手だった。
私の顔を見る度に、彼は罵詈雑言を浴びせてきたものだ。
「ブス!」
「デブ!」
「豚!」
「雌豚!」
などなど。
その度に、私は傷付いた。
仕事なんだからと割り切ろうとしても、出来なかった。
心はそう単純ではないのだ。
子どもの言うことだからと自分に言い聞かせようともしたが、駄目だった。
そもそも、彼と私は三歳しか違わないのだ。
奥さまの体調不良のためにああなってしまったのだと、頭では分かっている。
病床に臥せっており、同じ屋根の下で暮らしながら、面会時間も限られ、元気になるどころか、日に日に衰えていく母親を見るのは、幼い少年にとってさぞかし辛かっただろう。
でも、可哀想な境遇だからと、彼の暴言を我慢できるかと言ったら、そうではない。
悪いけど、それとこれとは別問題だ。
辛い日々の中で、私をギリギリ支え続けたのは、旦那さまへの恩義だけだった。
公爵家という最高位の爵位を持つ貴族である旦那さまが、奴隷だった私を拾って下さり、使用人として雇って下さったのだ。
他の貴族へと売られることに大きな不安を抱いていた私の心を慮って下さって、「ガハハハハ! では、ここで働くか?」と言って下さった際は、誇張抜きに神さまのように見えた。
その結果、私はこの御屋敷のメイドになった。
住み込みで働き、衣食住には全く困らないし、お給金も充分に貰っている。
旦那さまは、他の奴隷商たちとは違う。
奴隷にきちんと礼儀や教育を施して、高値で売れるようにして、ただの慰み者ではなく、優秀なメイド(獣人の場合は護衛や用心棒の場合もある)として他の貴族に売り付けているのだ。
そのため、奴隷たちの間でも旦那さまの評判は良かった。
そんな彼への恩義だけで、五年間御子息へ尽くしてきたけれど……
正直、もう限界だった。
メイドの仕事は続けたいし、働くならここ以外は考えられない。
だけど……坊ちゃまからぶつけられる心無い言葉に、これ以上耐えられそうもない。
どうすれば良いのか分からず、一杯一杯になっていた、そんな時。
「このあんぽんたん! 箒と塵取りを使え。もし怪我でもしたら、明日から俺様の世話は誰がするんだ? お前は、俺様専用のメイドとして一生こき使ってやるんだから、覚悟しておけ!」
坊ちゃまは、生まれ変わられた。
驚いた。
本当に驚いた。
「ぐへへ」というよく分からない笑い声を発するようにはなったし、クレームのように聞こえる文句を言ってくるけれど、よく聞けば、その言葉の端々から私に対する気遣いがひしひしと感じられる。
「ぐへへ。そいつをよこせ。お前の仕事を奪ってやる!」
偶然――を装って出会った彼は、そう言って、私が街中の店で購入したばかりの御屋敷用の大量の日用品が入った革袋をサッと奪い、私の代わりに御屋敷まで持っていってくれた。
「ぐへへ。私兵団の仕事も奪ってやる!」
どうしても夜分に買い出しにいかなければならない時に、それまでは私兵団の団員が交替でついてきてくれていたのを、坊ちゃまが自らついて来てくれた。
深く傷付いていた私の心は、ほんの少しずつだけど、癒やされていった。
今では、あれだけ嫌だった坊ちゃまと接する時間が楽しみになっている。
今日はどんな〝温かくて可愛らしい文句〟を言ってくれるのだろう、と、心が弾むのだ。
坊ちゃまのために働けて、私は幸せだ。
これからも誠心誠意お仕えしようと思う。
※―※―※
~執事長兼私兵団団長のワドスの業務日誌~
業務日誌などという仰々しいタイトルだが、旦那さまは執事と私兵団の仕事の両方とも全て私に一任して下さっているため、お見せした事は無い。
その結果、このようにただの個人的な日記のようになってしまっている……が、今更だな。
坊ちゃまが十五歳になられた。
この三年間は、私にとってとても濃密な日々だった。
騎士団団長と魔法師団団長を兼務して忙殺されていた当時、もうこれ以上に濃密な日々を過ごすことは無いだろうと思っていたが、坊ちゃまとの毎日は、あの頃に匹敵する程の充実感があった。
言葉を選ばずに言えば、以前の坊ちゃまは、馬鹿息子でドラ息子だった。
聡明な旦那さまと慈愛に満ちた奥さまから、何故あのような者が生まれてしまったのか。
私は疑問に思ったものだ。
母親が病弱という境遇には同情するが、だからと言って他者に当たって良い訳がない。
私の白髪と白髭、それに燕尾服など容姿を馬鹿にするのはまだ良い。
だが、私が元々所属していた騎士団と魔法師団を愚弄された時は、思わず怒りで拳を握ってしまった。
無論、自制して、手を上げたりはしなかった。
が、何年も変わらない――どころか悪化している状況を鑑みて、私は旦那さまに進言しようかと考えていた。
「私が何度お誘いしてもずっとのらりくらりと逃げ回っている〝剣技と魔法の訓練〟を、強制的にやらせて下さい。そして、そこでたっぷりとしごかせて下さい。正直、坊ちゃまの言動は目に余ります。それくらいしないと何も変わらないでしょう」
と。
しかし、その必要は永遠になくなった。
奥さまが亡くなられた翌日。
奇跡が起こったからだ。
「このあんぽんたん! 箒と塵取りを使え。もし怪我でもしたら、明日から俺様の世話は誰がするんだ? お前は、俺様専用のメイドとして一生こき使ってやるんだから、覚悟しておけ!」
メイドへの態度が一変し、思わず私は驚愕に目を剥いた。
更に、変化はそれだけに留まらなかった。
「ぐへへ。ワドス。執事長兼私兵団団長と二つの役職で忙殺されているお前を更に追い詰めてやる! 俺様に毎日剣技と魔法を教えろ! まずは剣技からだ!」
彼は、それまでずっと馬鹿にしていた私に教えを乞うてきた。
戸惑いながらも、私は承諾、トレーニングを開始した。
それまで一切訓練をしていなかった坊ちゃまにとって、かなりキツいものだったと断言出来るが、彼は決して音を上げなかった。
「どうしてくれるんだ! もうこんな時間じゃないか! 時間を忘れてトレーニングしてしまった。これも全部お前の教え方が滅茶苦茶上手いせいだ! 明日もこの調子で俺様に教えろ。覚えておけよ。お前がどれだけ厳しいトレーニングを用意しようが、俺様は絶対に弱音を吐かないからな! 俺様を折れさせようとするお前の努力は全て無駄になるんだ! ぐへへ」
文句のような捨て台詞は、その実、私に対する称賛でしかなかった。
私が感銘を受けたのは、坊ちゃまの精神力だけではなかった。
「お前の剣技は一流だから、動きが速過ぎるんだよ。もっと俺様でも見えるように、ゆっくり動け」
それまで、元騎士団団長かつ元魔法師団団長という経歴のために、萎縮して私兵団の誰一人言えなかったことを、ズバッと指摘してくれた。
「お前の連撃は一連の流れが滑らか過ぎて、傍から見ていると繋ぎの部分がどこかが全く分からないんだよ。もっと初心者でも再現出来るように、一個一個の動作を分けて、その上で教えろ」
しかも、しっかりとこちらの実力を認めて、褒めた上で。
自分の孫ほどの年齢の彼から、私は大きな学びを得た。
坊ちゃまは――ヴィラゴ・フォン・テンドガリアさまは、心から尊敬に値するお方だ。
恐るべきスピードで私の教えを貪欲に吸収した彼は、嘗て私が目指していた武の頂きへと至った。
三年。
たった三年で、だ。
坊ちゃまが血の滲むような努力をしたのは分かっている。
が、それだけではこの偉業の説明が出来ない。
どう考えても、類稀なる才能はあったことだろう。
あの成長速度は、まるで、三百年分の修行を三年に凝縮したかのようだった。
加えて、彼には固有スキルがある。
断言する。
彼に太刀打ち出来るような人間は、もうこの世にはいないだろう。
坊ちゃま。
このワドスは、今後も、生涯を掛けて坊ちゃまに尽くすと誓います。
※―※―※
~料理長のフシェのメモ~
普段日記など書かないが、今日はメモという形で日記もどきを書こうと思う。
厳重に管理してあるこのレシピ本の中であれば、誰にも見られることもないだろうから。
この三年で、坊ちゃまは大きく変わられた。
「フシェ。何て料理を出してくれたんだ! このあんぽんたん! お前の料理は、美味し過ぎるんだよ! こんなに美味しかったら、食べ過ぎてしまうじゃないか! 太ったらどうしてくれるんだ!」
あの瞬間に私が受けた衝撃は、きっと誰も想像出来ないだろう。
それまで毎日、「マズい」「うじ虫だってこんなゲテモノは食わない」などと、散々に言われていたのだ。
必死に料理の修行をして、市民から圧倒的な支持を集めるテンドガリア公爵家さまで、念願の料理長をさせて頂けることになったのに。
毎日御満足頂けていた旦那さまと違い、御子息の態度は冷酷を通り越して、絶対零度の冷たさだった。
そんな彼が、私の料理を〝美味しい〟と言って下さったのだ。
「今後も今まで通り、お前の美味な料理を毎日食わせろ! どれだけ苦労して作った料理だろうが、俺様が一瞬で全て喰らい尽くしてくれるわ!」
最初は信じられず、耳を疑った程だった。
だが、その日以降、坊ちゃまは完全に変わられた。
料理人が料理を作るのは当たり前で、美味いのも当然。
そう思う主がいるのは仕方が無い面があるし、無言で食べて、料理人には全く声掛けせず、労いもしない主がいるのも仕方が無いとも思っていたが、坊ちゃまは、毎回食べ終わると、必ず声を掛けてくれた。
「どうだ! 今日もまた、お前が手間暇かけて必死に作った美味い料理を一瞬で食らい尽くしてやったぞ! ぐへへ」
一瞬と言いながら、一品ずつ「ん~!」と声にならない声を出しながらしっかりと味わいながら食べてくれた。
そして、本日。
坊ちゃまの十五歳の誕生日に、私は腕によりをかけて、部下の料理人たちと共に豪勢な料理を大量に作った。
夕食後。
厨房にて片付けを行っていた私たちに、坊ちゃまはこう言ってくれたのだ。
「十五歳になって、俺様は大きく成長した。俺様のこの肉体は、お前たちが作った料理によって形作られたものだ。自分たちの料理が俺様の血肉となれたことを誇りに思え! これからも一生こき使ってやるから、覚悟しておけよ! ぐへへ」
大分背が伸びた坊ちゃまからの言葉――「成長出来たのはお前たちの料理のおかげだ」というメッセージに、思わず私は目頭が熱くなった。
坊ちゃま。
私はこれからも、全力を以って、食で坊ちゃまをお支えして行きます。
※―※―※
~サポ(サポートシステム)の日記~
決して彼には見られないように、三重――いや、五重に防御システムを構築。
これで良し。では、機密情報――日記を、極秘ファイルにデータとして書いて、残そうと思う。
ヴィラゴ・フォン・テンドガリア。
今回担当することになった少年は、かなり変わり者だ。
「サポさん、教えてくれてありがとう!」
《サポさ――え? 私のことですか?》
「うん、サポートシステムだから、サポさん!」
単なるサポートシステムの私のことを、ニックネームで呼ぶし。
《……別にどう呼ぼうが貴方の勝手ですが、『ありがとう』……とは? 何故、お礼を?》
「だって、僕のことを想って、色々教えてくれるから!」
ただのサポートシステムである私に感謝するし。
怒りをぶつけて来た他の転生者たちとは、全く違う。
「やっぱりサポさんは、優しくてとっても良い人だね!」
《……へ? 私が優しい? 良い人?》
私が優しいとか言うし。
剰え、良い人とか言うし。
私は人ですらないのに。
「この世界で僕が、悪役を演じずに素の自分をさらけ出して話せるのは、サポさんだけだよ。話を聞いてくれてありがとうね」
《……どう……いたしまして……》
もし……もしも私が、サポートシステムという役割を演じずに、素の自分をさらけ出したら、そんな私を、彼は受け止めてくれるだろうか?
……って、何を馬鹿なことを考えているんだ、私は。
でも……
何だろう、この気持ちは……?
生まれて初めて感じる、この感情は……?
いやいやいや、私はサポートシステムだから。
感情なんてないから。
そう。
ないから……
でも、もしあったら……?
……まぁ、取り敢えずは、サポートシステムとして彼を支えつつ、彼との何気無い会話を楽しむとしよう。
この三年間で彼は、常軌を逸する戦闘能力を手に入れた。
そんな彼が、破滅フラグごときで死ぬとは思えない。
けど、この世に絶対なんて無い。
だから、サポートするんだ。
ずっとサポートするからさ、ヴィラゴ。
色んな情報を伝えることで。教えることで。
だから、どうか死なないで。
そして、いつか、今度は逆に貴方から私に教えて欲しいな。
この気持ちが、この感情が一体何なのかを。
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