少女たちは眠るⅡ

「俺はお前が嫌いだ」


 アーディアが余計な事を言うよりも先に、ヒイングが口を開いた。どちらが先に言うか、と勝負していたように。


「嫌いなら、放逐なりなんなりしたら?」

「好きだから一緒にいるとか、嫌いだから離れるとかじゃないんだろう、年頃の少女が言うには」


 ぐぬぬ、とアーディアは少し苦い顔をする。かつて吐き付けた言葉を返されると、単純に嫌な気分だ。

 だから、という訳では無いがアーディアはヒイングを一つ問い詰める。


「……ヒイング。どこから計算していたの?」

「計算?」

「今回の件の事」

「俺は状況に巻き込まれただけだ。感謝はされど、何かを疑われる筋合いなんて――」

「ヒーデルから貰った物は、情報」


 ヒイングの眉間がピクリと動いた。


「帝国を解体する為の順序。その為の情報」


 リッサからエクレアで買い取った情報を、アーディアは切る。違和感を感じたのは、最初の任務の時だ。ヒイングは囮という手段を取って遺品を手に入れようと目論んでいたが、荷物を持って逃げる兵士をリッサが確認していない。だが、浜辺に至るまでヒイングは基地の調査は愚か、荷物の輸送も行っていない。


「あれは、帝国にエリザの存在を知らしめる方法。エリザがいると分かれば、それは大義名分となり挙兵の条件となる。ヒーデルの口を割らせ、帝国の弱体化の為に」


 最初からヒイングの狙い通りだった。囮として敵を引き寄せ、その敵を倒し目的へと近づく。何一つブレていない。

 ヒイングはふーっと息を吐き、アーディアを睨む。


「だとしたら?」

「舐めるなクソ野郎。私以外を殺そうとするな」


 ヒイングが銃に手を伸ばすより先に、アーディアは界華の準備を済ます。ボールペン・タオル・メモ帳・ハンガー・ベッド。それもアーディアの武器だ。

 アーディアの戦闘の報告も勿論聞いている。自分が危機に陥っている事をヒイングは把握しているが、態度は一切崩れない。


「お前が人の事を言えた立場か?」

「私が言うよ、私の仲間なんだから――」

「お前、酔っていなかっただろ」


 ヒイングは問い詰めるような視線をアーディアへと向ける。そして指折りでアーディアの行動をあげつらう。


「最初の作戦。まずは、お前がエリザベートを庇った時か。なぜお前は【燎原】を使わなかった?」

「……あの時は仲間になりたかった。仲間になろうとしてた状態だったから、発動条件を満たしてなかったんだと思う」

「苦しい言い訳だな」


 そうだ。その条件で弁解するのなら、ヒイングがエリザベートを殺そうとした時に【燎原】を使えたと言うのが引っ掛かる。


「初めて俺と出会った時、お前は俺を殺そうとしただろ。足を引っ掛けられた時、お前は頸を狙ったな」

「殺そうとしてきた癖に、殺されそうになって文句を付けるの?」

「殺されていないからそれはいい。だが、初対面の人間を躊躇いなく殺そうとする人間が、随分とかわい子ぶる物だとは思ったな」

「私は何時だってかわいいよ」


 ヒイングは呆れた目線を投げながら、さらに指を折る。


「浜辺でのBBQ大会の時、お前だけは素面だった。発酵した実に口を付けなかったな、サバイバル生活を送っていたお前だ。知識として予感していたんじゃないか?」

「……怪我人がお酒を飲まない。普通じゃない?」

「普通の思考をお前がするか。そうしてお前は身を挺して庇い、酔った状態の仲間の過去を聞き出し、エルピス内の不和を解消した。なるほど、見事な手腕だ」


 アーディアは銃口のように向けていた右手を降ろし、降参と言わんばかりに手を振る。


「だとしたら?」

「善くやった。と褒めてやる。仲間同士の協力として正しいからな」


 アーディアは苦虫を嚙み潰したような顔をする。言い訳は無い、アーディアが考え実行した事だ。

 ヒイングは話は終わりと言わんばかりに手を払い、手元の本を読みだす。負けた気分で気に入らないアーディアは、何か言い返そうと悩むが、何を言っても負け惜しみだと思われる。

 結局、アーディアは静か疑問を口にする。


「ねぇヒイング。復讐って楽しい?」

「……達成感を感じる時はある。が、それを楽しいと感じる事は無いな」

「そっかぁ」


 アーディアは溜息を吐く。ヒイングなんかがアーディアと同じ考えを持っているのも嫌だが、ヒイングぐらいが理解できないと言うのなら、もう理解者はいないのかもしれない。


「お前は人を殺すのが楽しいのか?」


 興味が無いと言わんばかりの、投げやりで雑な言葉。だが、それはヒイングからアーディアに向けられた、確かな会話だった。


「な~に? 私を知りたいの? 教えてくださいアーディア様って拝むなら特別に――」


 三発殴られてハッ倒された。

 アーディアは地面に横になりながら、ヒイングへの答えの言葉を探る。


「私はさ、本当に悪い事だと思ってるんだよ? 仲間を騙し続けている事を」

「別に、エルピスだってお前の嘘に真剣に騙されている訳でもあるまい」


 アーディアは萎れた花のように弱く笑う。



「戦争は楽しいし、日常生活なんて楽しくない」



 だからアーディアは、合唱コンクールに参加できなかった。目的を共有できなかった。


「村に来たのがもしも慈善事業の愛に満ちた聖歌隊だったら、私は付いて行かなかったと思う。そこに私の青春は無い。頭のおかしいヒイングの元なら、青春があるかも、なんて思った」


 だからアーディアは、エルピスに馴染めた。争いの果てに夢は無いが、争いが必要な夢ならば、愚者は過程を楽しめてしまう。


「人を殺すのは良くない。仲間と楽しくなるのは素敵な事。わかっているから、私は結構頑張っているんだよ?」

「その頑張り方は見るに堪えないがな」


 ヒイングはアーディアに寄り添う訳でも無く、髪と同じ色をしたワインを口へと運ぶ。

 アーディアもようやくと椅子へと戻り、オレンジジュースを一気に飲んで咽る。


「仲間と共に青春を送ろうとしている、その姿こそが善い――なんて言った所で、お前は満足しないだろう?」

「知ったような口を利くなボケって思う」


 非殺傷弾がアーディアの太股を抉る。


「痛っ! どうにか治るくらいの嫌な痛み! 慣れない打撲! すぐに暴力! もうやだ! 暴力ヒロイン!」

「誰がヒロインだ」

「痛い! 辛い! 疲れた! しんどい! 眠い!」


 アーディアは痛みに耐え兼ね、口々に弱音を口にする。

 そして、心の底の言葉を混ぜる。


「楽園の中に、私の居場所があるのかな」

「竜宮城は、海底の楽園だ」


 即答。

 ヒイングはアーディアに目を向けず、手にしたワインを眺めながら言葉を続ける。


「お前はこんな武装の城を楽園と認めないだろうが、俺の仲間がここを楽園と呼称した事がある。そんな楽園で、その訓練内容はどうあれお前は青春を謳歌している」


 一口だけワインを口に含み、グラスをサイドテーブルに戻す。


「……だから、戦火の無い楽園が世界に顕現すれば、お前はその不快な笑みを浮かべながら合唱コンクールでもなんでもするだろうさ」


 なにそれ、キモい大人の喋り方。

 という言葉をどうにか飲み込み、アーディアは再び言葉を探す。照れ隠しにならず、それでいてヒイングに対して強く入れるような言葉を。

 そしてそんな言葉は存在してなかった。


「……ありがと」


 だからアーディアは、強引に感謝の言葉を捻り出した。やはり気まずい、逃げるように部屋を出る、その瞬間――

 ダンッと顔に衝撃を受ける。少し甘い。


「ドッキリ大成功、ですわ!」

「……拙者が本気で投げて良かったのか? 首がむち打ちになっているぞ」

「少し静かになるくらいがアーディア様にはちょうどいいと思います」

「気持ちいいねぇ! ボクもやって欲しいくらいだよ」


 ヒイングの部屋の前には、エルピスの少女たち。ホタルが手にしていたのは、ヒイングが持ち帰って来たケーキの箱だ。


「……なにこれ」


 チーズケーキを顔にぶん投げられ、目の前も見えないアーディアは静かに聞いた。


「パイ投げです。二十世紀頃の文化の極みだそうです」


 滔々と語るヨーベルは誇らし気だ。楽しい催しを見つけたと言いたいのだろう。


「みんな……」


 アーディアは目だけ拭い、口の周りを舐めケーキを呑み込んだ。敢えて汚れた部分を仲間に向けて、大きな声で叫ぶ。


「私が投げたかった~!」


 顔の汚れをなすり付けようと走り、少女たちは一目散に逃げていく。

 騒々しい少女たち、善意で買って来てやったケーキを悪戯の道具に使った少女たちを見送り、ヒイングは溜息を吐く。


「……何が日常は楽しくないだ」


 騒がしいバカ。ツンケンしたバカ。恋に暴走しているバカメイド。力を求めいいように使われるバカ。体調を考えずに騒ぐバカ。

 目的のために戦う少女たちは、これからどうなっていくのか。ヒイングはこの楽園のかつての住人たちを少しだけ思い出した。


「お前たちは、死ななければいい」


 そんな言葉も、少女たちの喧騒にかき消された。

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