アーディア・アーカイブは静かに微笑むⅠ
「ヒイング・メイキスを最後に観測したのは二日前。ヒーデルで超距離移動の虚無を観測しました」
「随分と手が込んでいるね。ヒイングの居場所なんて、私たちも知らないよ」
雑に寝かされたアーディアは、やはりアレハンドロの言葉を聞き流していた。
「最重要の警戒対象ですからね。界華兵もそこらの寄せ集めではありません。東部戦線での主力、共和戦争での英雄、虚無の為だけとすら思える特殊な界華の持ち主。それと同時の優れた兵士たちと砲和魔術の秘奥。今度こそ彼は倒れます」
「ふーん。強そうだね」
ヒイングの余計な情報を聞かされ続け、アーディアは少し眠くなってきた。命の危機には程々に慣れているのだ。
勿論、そんな姿は場を支配しているアレハンドロにとって面白くない。
「……貴女、ヒイングが今、何をしているかご存知ですか?」
「さっき自分で言ってたじゃん。復讐、でしょ」
「それは方法の話です。彼は目的のために、出来るだけ多くを巻き込んで行動している」
そういえば、目的のために囮になれと言われたが、何の目的があるかは聞いた事が無かった。仲間たちの夢ばかり気にして、ヒイングには興味が無かったのだ。
「うーん。なんだっけ。平和でも目指してるのかな?」
そういえば前回の作戦。ヒイングは、何かを入手する為に少女たちを囮に使ったのでは無かったか……
「ヒイング・メイキス。国すら滅ぼせる武力を持った彼は、ミーティアの遺骨を集めて回っているのです」
「……遺骨?」
「遺品や遺物も含めて。仲間が死んだ証拠をです。全く、なんと愚かな。そんなものが欲しいのなら、我々の軍門に下ればいつでもくれてやるというのに」
「……何の為に?」
「何の為、なんて言えば慰霊とでも言うのでは無いでしょうか。我々の文化では理解できないオーパーツなどもありますが、散々使い捨てている道具の為に動きはしないでしょう? 理解できませんね。くだらないにも程がある」
「うるさいなぁ」
今まで静かに聴いていたアーディアが、怒気を孕んだ声で言葉を制止させた。
「善い事教えてあげる。ヒイングは私たちにルールを作ったんだ」
「ルール、ですか?」
「ルール。仲間を助けろっていうのと、仲間の夢を叶えろっていうの」
「話が見えませんね。ヒイングが必ずここに助けに来る、という事ですか?」
アレハンドロは話が読めない、と言った風で慎重に話を聞いてくる。捕まっている事も民間人を殺した事も特に言及してこなかった目の前の少女が、何に怒っているのかがわからなかったのだ。
「私はヒイングが嫌い」
「奇遇ですね、私もです」
「私の事を殺そうとする事も、仲間の事を殺そうとする事も、私達の事を囮にしようとする事も、特に説明もしないところも、格好つけて話そうとしないところも、こっちに歩み寄らないところもぜーんぶ嫌い。だけど、仲間の為に何かをやり続けようとする事を笑うのは結構不快だよ」
あのルールを、ヒイングはどんな気持ちで決めたのだろう。仲間の命を失い、徒労を続けているヒイングは。
「少なくても、人の国を侵略する奴らに笑われるような人間じゃないみたい」
「強者による支配。混迷した時代でそれが救いになる事もわかりませんか」
「私の村はそんな論理を元に、予防的な措置で滅ぼされたよ」
アーディアはアレハンドロを睨み付ける。まるで、故郷の村を滅ぼした仇を睨むかのように。
「……この期に及んで、何の話ですか?」
「やる方は忘れても、やられた方は忘れないってこと。三年と二か月と三日前、お前は何処に居たかって話」
アーディアは決して忘れない。その日付も、その時にふと見えた現場指揮官の顔も。
「私の故郷。ロコニ村って言うんだけど知ってる、よね?」
欠伸を噛み殺した顔で、虐殺の指示を面倒そうに下していたこの男の顔を、アーディアは悪夢と共に毎晩思い出していた。最悪の復讐相手、名前も知らなかった仇。
「ああ、貴女はあの村の生き残りだったんですか」
対して、アレハンドロの表情は小説の伏線を自力で見つけたような、納得の顔だ。
「得心行きましたよ。いや、あの村に生き残りがいるなんて、納得しかねますが。なる程、道理で」
やはりアレハンドロはアーディアに対して脅威を抱いていない。
だから、中途半端な違和感に対しての答えを見つけ、考えた事をそのまま口にする。
「道理で貴女は、人を殺して笑っていたのですね」
何を言い返そうか、考えていたアーディアの心臓が止まる。
アレハンドロは人を見ていない、アーディアに抱いていた違和感を解消していくだけだ。
「交戦記録を見て、姫様を始め他の二人の性向は理解出来ました。ですが、一人だけ。戦場に明らかに慣れておらず、浮世離れしており合理的な選択を取らない。だからでしょうか、人を殺して笑う、表情の怪しい少女。どんな存在かと思いましたが、成程成程」
アーディアを否定する為でも貶す為でもない。ただの事実の確認として、アレハンドロは結論を出す。
「貴女は人殺し――戦争が好きなのですね」
村を滅ぼされ、自分は一人地下倉庫。ひもじく水すら満足に無い中、祝宴をすぐ上で上げる侵略者たち。自分の家族を自慢し、子供に持っていく玩具を接収した家から物色する様子を、ただ極寒の地下で聞かされていた少女が健やかに育つことなど出来るのだろうか。
「貴女は頭がおかしいのですね。可哀想に」
アーディアの仇は、自分の過去を省みず、自分の今を悪びれず、ただただ他人事のように感想を述べた。殺す前の謝罪でもない、ただの社交辞令。
俯き黙る少女を、囮として正しく機能すると考えたアレハンドロは椅子へとふんぞり返る。どうでもよかった疑問を氷解させたアレハンドロには、もはやアーディアへの興味など一片たりとも残されていない。
だからアレハンドロは、今アーディアがどんな表情で言葉を口にしているか、気付かない。
「ねぇ、アレハンドロ」
なぜこんな柔らかな声音なのか、飲み物を手にしたアレハンドロは首を傾げる。
「私の夢、教えてあげる。ヒイングも知らない、私の夢だよ」
「……聞きましょう」
夢、という言葉に少しだけ興味が惹かれる。村を滅ぼされ、人を殺す事に楽しみを見出す少女の夢とは、一体なんだろうか。物によっては飼えるかもしれない、なんて思考が界華兵でもあるアレハンドロに過ぎる。
だが、アーディアの恋は戦争であっても、夢は戦争ではない。
少女は深遠な森の洋館に彫刻のように、歓びを前に静かに微笑む。
「この世界から、烙円を消し去る」
幼女がお金持ちになると宣言するような、途方もない無垢。
全人類は烙円を手にし、魔力を使うようになった。心臓・脳と並ぶ命に繋がる無二の臓器。それを消し去るなど叶う筈のない、無謀な夢だ。
「貴方が身に着けていた過去の文明、科学の復権という事でしょうか?」
「違うよ。それじゃあ意味ないし」
「イマイチ言いたいことがわかりませんね。その夢想は、なんの野望なのですか?」
アレハンドロは自分の手が汗ばんでいる事に気付く。見下す目から、得体の知れない化物を見る目へと変わった。
「合唱コンクール。修学旅行や文化祭、体育祭も楽しそうだけど、私はやっぱり合唱コンクールだね」
「……その学校行事がなんだと言うのですか。そんなに青春を送りたいのなら、帝国にくればいい。今でも行われておりますよ」
少女の目が怖い。何を言い出すかわからない、このピンクの少女はなんなのだ。アレハンドロも口にこそ出さないが、いつでも殺せるようにと界華の準備をする。
「私は、戦争の無い世界でそれがしたい。何にも脅かされず、自由に青春を送る。戦争で中断されることも無ければ、思想の検閲を受けることも無い。その為には平和なんて、戦争の合間じゃあ足りない」
拘束されて、横たわっている。腕の骨も折られ、人質でしかない少女。
滅ぼされた村の生き残りで、自分の兵隊を殺した敵。
そんな少女が、口に微笑みを浮かべ、気負いもなく宣言する。
「私は、この世界に楽園を創る」
「楽園……」
「そ、楽園。だから手始めにまず烙円を消し去る。それが終われば、科学も完全に封印する。きっと人類は、ちょっと不便で生活に少し余裕がないくらいが丁度いいんだよ」
「そんな夢のような世界に、快楽殺人者である貴女に居場所があるとでも?」
「惡い質問だよ、それ」
アーディアの言葉に嘲りが混じるが、表情は変わらない。人種性別老若信仰問わず、ただ美しいと感じる静かな笑顔。
「楽園には争いが無いんだよ。争いに楽しさを感じる愚者だって、戦争が大好きな明るい美少女だって、つまらない日常を楽しむことになるに決まってるさ」
「そうですか」
アレハンドロは理解する気を無くした。今までだってアーディアを理解する気など欠片も無かったが、今までとは危機感が違う。
この女は、殺す。
「……貴女方は、味方の生死を遠距離からでも気付く科学があると聞きました。生かしておいた方が、ヒイングが確実に来ると思っていましたが、殺しても復讐にやって来るでしょう」
椅子の横に置いてあった、サーベルの魔術武装を手に取りアーディアへと向ける。近づく気は無い。
自分に迫る死を目の前に、アーディアの貌が変わる。氷の鋭さを湛えた笑みから、仲間と共に居る時の、締まりの無いにへらとした笑顔に。
「殺せないよ」
アーディアの言葉に怪訝に思うが、アレハンドロはもう何も言わない。喋らせても無意味だからだ。
「私たちは死なないからエルピスなんだ」
サーベルに魔力を込める瞬間だ、空が割れた。
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