ティエル事変Ⅶ
「――というのが、今回の帝国・フーゴ政権の狙いですわ。利用されていますわね、わたくし達」
アーディアの下着に縫い付けられた集音器から情報を得たエルピスは、作戦会議で情報を共有する。
ティエルの市民会館。市長に界華兵でもある兵士長。市民をまとめるリーダーも席を連ねている。
亡命政権からはマティアスと前宰相。
そして、エルピスの少女三人だ。エリザベートは正体を明かし、会議の中心となっている。
「……まずは可能性の段階として聞くが、エリザベート様達の長……ヒイングさんと言ったか? その方を差し出す、もしくは遠くで存在を強調し、兵を動かすというのは可能なのだろうか?」
「不可能です。罠にハメる、というのが彼らの目的です。誘い出せないからといって、布陣から彼らが動く事はありません。それに、優先順位がいくらか下がるとはいえ、ティエルの平定も王族の処刑も確かな目標です、ヒイング様さえどうにかなれば苦難を退けられるという認識は誤りです」
メイド服が少し汚れているヨーベルが、市長の発言を強めに否定する。戦闘からあまり時間が空いていない、休息も満足に取れていないがこの先の認識は共有すべきだという事でエルピスも出席をしている。
「ですが、帝国兵二万という数字はやはり頭が重いな。界華兵も来ているというのなら、質の面でも勝る事は無いだろう」
アーディアと肩を並べた兵士長は、頭を抱えながら手にしていた書類を机へと放り投げる。小規模の軍を纏める者だ、どれだけ途方の無い数字を目の前にしているのか、一番実感があるのだろう。
「それだけではありません。これだけの兵士がいるにも関わらず手をこまねいている、その理由は大規模な砲和魔術を準備しているからです」
ヨーベルは衛星からの情報を共有する。
「ほ、砲和魔術⁉ ティエルをそのまま吹き飛ばすつもりなのか⁉」
市長は取り乱して席を立つ。戦闘の素人である市長には、数字よりも派手な言葉の方に目を引く。横に座った兵士長は発言を求めて静かに手を上げる。
「必要ない、だろう? 砲和魔術にも準備とそれに掛かるコストはある筈だ。何のために、そんな余計な真似をする?」
兵士長の目線はヨーベルを貫く。ヨーベルが意図的に情報を隠した、という事を察したのだ。
「……砲和魔術は軍対個の物です。勿論、一万人規模の砲和魔術です、単純な威力だけで街や軍にも打撃を与えられるでしょうが、適切な砲和魔術ではありません」
「つまり、大軍の理由はヒイング・メイキスか。いや、しかしこれは……」
「ヒイングがいようがいまいがわたくし達は絶対絶命。仮にヒイングが助けに来ようと、そのヒイングを殺す為の準備を帝国軍はしてきている、という訳ですわ」
エリザベートの言葉に会議室の空気は一層重くなる。
「先ほど、界華兵六人相手に大立ち回りをしたという報告を受けた時は希望を感じたが、それ程の相手がいるとな……」
兵士長は、机に突っ伏して眠っているホタルを眺めながら言う。王族二人を前にあまりの無礼に言葉を失っていたが、功績の大きさを認められ休息をとる事を許されているのだ。
「敵はそれだけではないな。あの売国奴にデイサスの兵。遠くの帝国兵よりも、先ずはこいつ等をどうにかしないといけまい」
「最もですわね。ですが、その点に関しては希望がありますわ」
「希望……?」
兵士長の疑問に対して、エリザベートはほくそ笑みながら無い胸を張る。
「エルピスですわ」
「エルピス、ですね」
エリザベートの言葉にヨーベルも乗っかる。希望と言う言葉を使えて満足気だが、周囲の反応は冷たい。
「デイサスの至宝と謳われたエリザベート様の考え、是非とも聞かせて欲しい物ですな」
「茶化さないで欲しいですわ」
前宰相の言葉に少し不服そうにしながらも、エリザベートは考えを話す。
「フーゴの大義は蒙昧な王族を排し国民をより豊かにする、という物でしたわ。帝国の侵略までの目くらましの大義ですが、あの場では賛同しなくても軍が割れるのを恐れ反旗を翻さない兵士もいました」
「そうでしたな。兵士の人心を軽視した王女の采配ミスです」
「あーあー認めます。貴方が牢屋で昼寝していた間、わたくしも反省していましたわ。わたくしの人心掌握はフーゴにも劣るとも理解しました」
ティエル側の人間は、あまりにも刺々しい元宰相と開き直ったエリザベートの様子にドギマギとしているが、当の本人たちには険悪な雰囲気はない。
「ですので、マティアス」
「は、はい!」
急に話を振られたマティアスは、大きくなり過ぎた声で返事をする。
「貴方はわたくしの仲間、ホタル・ヨーベルと共にこれからフーゴ達に奇襲をかけ、兵を説得して貰います。デイサスの兵たちも、自分の国民を襲う準備をし、背後に帝国兵がいる事に気付いている今なら、耳を貸すでしょう」
「む、無理です! ボクなんかよりお姉様がやるべきでしょう!」
「わたくしに人望が無い。それが一番学んだ事ですわ……それに、わたくしにはわたくしで、別の仕事があります」
「別の仕事、ですか?」
尋ねたのはヨーベルだ。フーゴへの奇襲、及び兵士の説得に関してはそれしかないと考えていた。
可能性は薄いが、それをエリザベートが行うのだろうとも。戦地に少数精鋭での奇襲を行う際に、足手纏いを連れて行くなど考えていなかったのだ。
「わたくしは、アーちゃんを助けに行きます」
「……ウェル離宮に行かれる、という判断ですかな?」
「ええ。ウェル離宮に直接つながる裏道があります。王族しか知らない物ですから、アレハンドロへの奇襲にはなるでしょう」
突然にティエルの裏門が襲われたという事件。その首謀者が帝国大使のアレハンドロの仕業というのは、生き残りの目撃情報から推察している。ありえないラインでは無い、というのがここの会議の共通認識だ。
「わたくしが適任でしょう」
「……いいのですか?」
「いいもなにも、役割分担でしょう。どの道、アレハンドロを抑える戦力が無ければ、挟み撃ちの構図は変わりませんわ。マティアスも裏道は知っていますが、それにホタルが付いて行ってもマティアスが足手纏い過ぎます。それならば、まだフーゴの方が寝返った兵の庇護の可能性があります」
滔々とエリザベートは語るが、周囲からの目線が厳しい事に気付いた。言い訳を並べてると思われたのだろう。コホン、と咳ばらいをしエリザベートは威厳を取り戻す。
「アーちゃん――わたくしの友人なら、あの大軍を無力化する事が可能ですわ」
格好つけたエリザベートに、やはり元宰相は呆れたように言及する。
「エリザベート様のご友人は、貴女がフーゴに復讐しなくていいのか、と尋ねているんだと思いますよ」
「あら、あら。そんな些事の話でしたの」
エリザベートは会議の面々を見渡し、くすりと微笑む。
「それこそ大丈夫です。夢を仲間に手伝ってもらう、それがエルピスのある姿ですから」
エリザベートの笑み、それには何の気負いも無かった、
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