ティエル事変Ⅴ

 直径十キロ程の村をアーディアは駆け抜ける。最高速度での飛行は反動が大きく、訓練を積もうと楽なものではない。

 だが、アーディアが急がなければならない。エリザベートの国だ、国民を傷つけたくない――という理由だけではない。

 二分ほどで到達し、空中に滞空する。頬に幾らかの擦り傷が出来、何度も咳き込む程の加速だったが、気合と薬物どうにか意識を保つ。


「私は、こういうのが嫌なんだ……!」


 遅かった。

 地上を眺め、アーディアは苦々しく吐き出す。帝国の軍服を着た人間が城門を打ち壊してティエルへと侵入し、少しの兵と近くの民間人を襲っている。そこに理性や思考は無い。反射と命令による人殺し、戦争による虐殺。

 アーディアは感情を抑え、重々しく言葉を吐き出す。


「戦争が無ければこんな世界にはならなかっただろうし、お前たちだって国に戻れば善い民なんだと思う……だから、ごめんね」


 一言だけ残し、アーディアは躊躇いなく引鉄を引く。銃口から音もなく発射される白線が兵士たちを撃ち抜いていく。帝国兵の手にしていた魔術武装は多くの者を殺す為の軍刀。空中で佇むアーディアへの反撃の手段を持っていない。一方的な射撃を繰り返していく。


「こんな虐殺をさせる理由を、私に作らないでよ……!」


 この兵士たちは市民を殺す。テロリストを支援した? 村単位でしていようと、殺された個々人がしていたという証拠がどこにある! ましてやそれを理由に他国の兵士が介入など!

 アーディアの脳内に浮かぶのは故郷の死体。集めて埋めた、死体の山。


「私は、こんな事をしちゃいけないんだから……!」


 持ってきたミサイルを全て放出し、城門の外の兵士たちへと向けて放つ。後の戦いに残しておく為の物だったが、ここまで市民の命を脅かされれば後も先も無い。


「奥の手も、全部使う!」


 全身に身に付いていた装甲を次々とパージさせていく。残ったのは、肩のシールドと後ろのブースターだけだ。全てのパーツが分離し、各々が飛んで逃げ遅れた市民たちの元へと飛んでいく。全ての装甲はアーディアの制御下に置かれ、空中から見つからない敵を探知し打ち払っていく。

 本来はリッサのサポートにより十全に動く失効過学だが、リッサが倒れた今はアーディアが操作する他ない。連戦の疲労に加速の衝撃、心労で消耗したアーディアには限界だが、手を抜くわけには行かない。外の敵はミサイルの飽和攻撃で全滅した筈だ。市街に残っている兵さえ倒せば終わり、そうすれば少しでも休息の時間もあるだろう。それまでだ。


「さて、釣れましたね」


 禿げた森の中、独りで立っているアレハンドロは上空のアーディアを眺めている。想定通りと言わんばかりに上空に腕を向ける。


「【城壁】。平原を燃やし尽くしましょう」


 アレハンドロの周りに炎の矢が生じ、アーディアの元へと一直線に向かって行く。


「なにこれ⁉」


 自動防御による衝撃、それによってアーディアは壁外に生き残りがいた事に気付く。


「界華兵⁉」


 ビーム砲で反撃を行いたいが、前すら見えない物量の攻撃に応戦も儘ならない。じりじりと自動防御も削られ、遂にジェットに攻撃が届く。せめてもの抵抗と、乱暴にビームを放つと一瞬だけ包囲が途切れ大地が覗けた。そして、攻撃の元凶である界華兵も。


「アイツは……!」


 アーディアの頭は一瞬沸騰するが、ブースターに攻撃が掠め、滞空が限界になった事で強引に冷静さが取り戻される。落下速度を調整する事も出来ない。


『空中で戦うな。全方位の攻撃と言うのは、人間には想像以上に堪える』


 疲労の限界を迎えた脳内には、関係のない言葉が思い起こされるという。


「最後がヒイングの言葉なんて、最悪……」


 地上に落下するより先に、アーディアは意識を失った。




 一連の戦いを思い返し、アーディアは気が重くなる。

 人を殺すという覚悟はあったし、前回の作戦でも行っている。竜宮城での訓練の中には、その為の覚悟を養う物もあった。

 だが、感情に振り乱されたアーディアは、自棄になったように大きく溜息を吐く事で自分を誤魔化す。


「流石はアイツの仲間、という訳ですか」

「アイツとか、私たちの大切な仲間を雑に呼ばないでよ」


 だから、アーディアは八つ当たりと言わんばかりに言葉尻を捕らえる事にした。


「少なくてもエリザは、お前らに雑に呼ばれるような存在じゃない」


 実際にアレハンドロの物言いにアーディアは腹を立てていた。エリザベートが敵視するフーゴでは無いが、この男もクーデター騒ぎの黒幕の一人だろう。そんな人間が、わかったようにエリザベートを雑に扱う事を許せなかったのだ。


「ん?」

「え?」


 だが、アレハンドロの反応は少し違った。なんか予想外の名前が出たなって顔だ。


「少なくてもエリザベートは、お前らに雑に呼ばれるような存在じゃない! ……少なくてもエリザベート・ツー・ザイン・デイサスは、お前らに雑に呼ばれるような存在じゃない!」


 名前が愛称でわからなかったのか、もしくはフルネームじゃなくてわからなかったのかと考えたアーディアはキメ顔で言い直したが、アレハンドロは何か哀れな物を見る様な目でアーディアを眺めていた。


「敵って、エリザの事じゃ無いの?」

「違います。フーゴなんかは強めに意識しているようでしたが、私はもうあの女に何かが出来るとは思っていません。このまま帰るのなら、見逃してあげてもいいくらいです」


 アーディアは首を傾げる。ならば、仲間とは誰だ? メイド様はメイド様だし、リッサは誰かの敵になるような存在ではない。


「もしかしてホタルちゃん……?」

「私の目標は、ヒイング・メイキスです」

「それ私の仲間じゃない」


 なーんだ、とアーディアは力を抜く。勿論フーゴが仲間の因縁の敵であり、今打破しないといけない敵である事には変わりないが、目標がヒイングだと聞いてどうでもよさが少し沸いたのだ。


「ははは、何を言うのやら。この前の貴方達の戦いも、最終的にヒイングが助けに来たでしょう?」

「ヒイングは私の事助けに来た風の事をする度に、私の事を殺そうとしているよ」

「あまり面白くない冗談ですね。彼が殺そうとして貴女程度が生き残る筈が無いでしょう?」


 敵の誤解を放置する事とヒイングの仲間と言う不名誉を撤回させる事。どちらも面倒なアーディアは話を進める事にした。


「ヒイングに用事って何? 仲間じゃないけど、用事を取り次ぐぐらいなら出来ると思うよ」

「私は彼を殺そうと思います」


 慈善事業ではないだろうか、という言葉が喉元まで来たが、民間人の虐殺を指示するような男相手には不適当な言葉だ。勝手に殺し合えくらいの気持ちにしよう、とアーディアは決めた。


「おや、驚かないんですね。彼への信頼ですか?」

「……まあ、殺せる物なら殺してみなよ、くらいは思っている」


 アーディアはヒイングが嫌いだ。反りが合わないし、エルピス達の事は囮として使い自分の思い通りにならなければその囮の事を殺そうとすらする。好意を抱けと言う方が無理だ。

 だが、ヒイングの力だけは信頼してる。この程度の男に殺される事は無いだろうと高を括っているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る