燎原

ティエル事変Ⅰ

 デイサスの地方都市、ティエル。王都から離れた辺境の都市だが、国父が生まれた土地として王室への崇拝度合いが強かった。クーデター以後も平然と軍事政権を批判し、事が起こるのは時間の問題だと思われていた。


 軍事政権に付いていけなくなった脱走兵などの受け入れも行っているが、政権と戦えるほどの軍備は無い。市民たちの意欲も高く、ゲリラ化すれば混乱が長引くだろうと考え長く触れられなかったというだけだ。きっかけさえあれば、国はいつでもティエルの平定を行うつもりだった。


『正面突破。今回の作戦だよ』


 エルピスが立っているのは、帝国兵の野営地から少し離れたポイント。本隊の前の先遣隊。既にヨーベルによって偵察は始末されている。


『あと一時間もすれば弟君たちがやって来る。混戦になる前に敵を片付けるべきじゃない』

「敵がどれほど地域に浸透しているかわからん。野営地の外から波状攻撃を受けるのは望ましくない」


 帝国兵はティエルの入り口に陣取っている。街の反対にも小さい入り口はあるが、物流の拠点は一つだけだ。難民も物資も全てここを通る、文字通りの生命線だ。


『頑張れ、としか言えないな。弟君たちを餌に敵を釣り出す事も出来るだろうけど、それじゃ本末転倒だろう?』

「ティエルの衛兵様に助力いただく事は?」

『ティエルはエルピスを試している。彼らだって試練の時だ、突然やって来た小娘に命運は託せないさ』


 もう既にリッサが立体映像で交渉した後だ。波瀾が待ち受けている市の長が話を聞いただけでも対応としてよかったと認めている。


「……わたくしが素性を明かしたらどうですの?」

『偽物って事でぶった斬られるんじゃない? そもそも、エリザベート君の評判はあまりよくないし』

「話しても埒が明かない、ね」


 アーディアはぐーっと背伸びをし、背中に付いたジェットパックに火を灯す。


「それじゃあ始めようか。よろしくね、みんな」


 アーディアの装備は一人だけ違う。異常な程に失効過学との親和性が高かったアーディアは、鎧の様に失効過学を纏っている。足、背、腕。腹部にも合わせて、様々な装甲と武装が装備されている。


「やっぱり、フルフェイスマスクは嫌ですの?」

「うーん、髪の毛を切る事になっちゃいそうだからなぁ。このサングラスだけでいいかも、って私は思ってる」


 背に付いている個人用ジェットは使い捨てでは無い。最高時速400kmも出れば、アーディアの顔の安全も厳しい。バイザーに一応の砂利や塵を弾く機能は備わっているが、最高時速を出せばそれも保証できない。


「ま、何とかなるよ」

「アーちゃん」


 まさに飛び立つ寸前、一刻も惜しむその間にエリザベートはアーディアに話し掛ける。


「――ありがとうございますわ」


 謝罪の言葉を噛み殺したお礼の言葉。アーディアは照れ臭く笑った。


「それはもっと、後で聞きたいな」


 個人用ジェットを吹かし、アーディアは野営地へと突っ込んでいく。アーディアの装甲は武器になるだけでは無く防御としても堅牢、以前とは段違いの防弾性能だ。囮になるには適している。


「……あれ、なんでヒイングだけじゃなくみんなの囮にまでなってるんだろう?」


 疑問に感じながらも、アーディアは両腰のミサイルコンテナを起動させる。

 物の二分ほどで、アーディアは野営地を見下ろす。


「最終確認。今いるのは?」

『帝国兵だけだね。デイサス王国の兵はいない』


 イヤホンからリッサの声が聞こえる。衛星からの監視映像と現地の少女たちが持っているカメラ、ドローンからの映像を精査し状況を確認しているのだ。


「それは何より」


 あまりデイサスの兵は殺さないで欲しい。エリザベートの願いだ。命の選り好みをする余裕などはどこにもないが、出来る限りは殺さないというのがエルピスの方針だ。

 見張りがアーディアに気付いたが、もう遅い。


「見ず知らずだけど、他国を侵略する兵に恨みはある。だから……ごめんね」


 右手に持ったホタルの大太刀程の長さがある鉄製の筒。その正体は持ち運び式のビーム砲だ。報告に行くためか、背を向ける見張りに向け、引鉄を絞る。無音でビームが弾け、見張りの肉体を焼き捨てる。


「なんだ今の光は⁉」

「例の敵だ! やはり来たな!」

「空だ! 空から襲って来た!」

「信号を飛ばせ! 他の敵もどこかに隠れている筈だ!」


 ぞろぞろとテントから兵士が出て来る。全ての兵士が魔力槍を手にしている、臨戦態勢で待機していたのだろう。


「動きを読まれていない?」

『そうみたいだね。漏洩、というより誘き出されたって感じかな』


 ミサイルを発射するが、大多数を空中で破壊される。魔力による槍の穂先のコントロールだ。撃ち漏らしが何個か兵士を爆殺するが、当初の狙った効果は上げていない。


「……ピンチ?」

『こういう時に時間を稼げるから、アーディア君が囮として選ばれているんだよ』

「そうだけどさぁ!」


 槍の穂先はアーディアまで届き、両肩の丸盾が穂先を叩き落とす。無傷でいられるとは言え、あまりの敵の数、殺気にアーディアはげんなりする。


「敵は……50人くらいいる?」

『70人はいるね。界華兵も来てる』

「あんまり嬉しくない情報! ほっと!」


 アーディアは地面スレスレへと降下し腰から柄を抜き、光の刀身を起動させる。

白兵戦はホタルに散々ボコボコにされたから好きでは無いが、持っている武装を全て使わなければ囮として集中を集める事も出来ない。

 四人目を切り伏せた所で、目の前に一般兵と違う、宗教的な装束の少年が立つ。違う衣装が許されている兵士は界華兵だけ、座学で学んだことだ。

 警戒はする、が――


「ちびっ子でも兵士になるんだね」

「アハハ! テロリストのお姉さんに憂いられてもなぁ!」


 少年の手には身体に適したサイズの小刀。ホタルほどの切れ味も無ければ、ヨーベルほどの俊敏さも無い。この程度ならアーディアでも対応できる、ホタルにボコボコにされた訓練期間は無意味では無いのだ!


「大した事ない! ……ってあれ、あれ?」


 鍔迫り合っていた筈が、どんどんと押し込まれていく。そもそも熱のみで構成されていたアーディアの刃が、金属で出来た刀と鍔迫り合うこと自体がおかしい。


「界華かな⁉」

「気付くのが遅いよお姉さん!」


 距離を置こうとすると近くの兵士が隙を狙って来る。耳元でリッサの指示が来なければ何度か被弾しただろう。


「……うん! どんな界華だか全然わかんない!」

「ピンク髪のアホそうな女は大した事ない……情報通りだね!」

「何その失礼な話⁉ 誰が流したの⁉ もしかして凄い広まってる⁉」


 鍔迫り合いに危険性を感じたアーディアは、敢えて攻撃を避ける。埒が明かないなら明かないなりに、取る手段はある。


「【射出】」


 アーディアの言葉に反応し、胸部の装甲が剥がれ一部が飛んでいく。その装甲は曲線的な軌道を描き、少年の肺に突き刺さる。


「がっ……なに……」

「あんまり装甲を、それも胸元の装甲をパージなんてしたく無かったんだけど……思ったより強かったから。ごめんね」


 抑えの無くなった胸を揺らしながら、アーディアは呟く。

 三つの破片は少年の身体を貫き、地面へと落ちていく。生命維持に必要な臓器を破壊した、少年はやがて絶命するだろう。

 一息つき、地面に投げ捨てたビーム砲を回収する。近距離での攻防だった、周囲の兵士たちはどんな手段での攻撃かわからず距離を置いているようだ。


「リッサちゃん。みんな来るの遅くない?」

『ごめんね。状況が変わった。逼迫してたからアーディア君には言えなかったんだけど』


 やはり周囲の敵は様子を見ている。攻めて来ない、というよりアーディアを逃がさずここに足止めするような布陣だ。


『いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?』


 リッサの声には、焦りが帯びていた。

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