エルピスⅥ
アーディア達が知る由も無いが、竜宮城の建設については大きな意見の別れがいくつもあった。
純粋な軍事作戦にのみ用いる移動要塞か、それとも深海という圧倒的な防御力を鑑みて大本営としての機能を持たせるか。他にも多くの意見が出たが、最終的に採用されたのは、最終戦争に備えて居住区を用意し限られた人民が生き残るスペースを用意するという物だった。
最も、計画が完遂する前に政変と大戦の終結、竜宮城自体が時代の闇に消えた訳だが。消え去った人間の思惑をAIは知りもせず、削岩道具の発展により無音・無振動で竜宮城は今も広がり続けている。
だからアーディアは、なんで図書館があるのかも知らずに入り浸っている。
「……眠い」
昼間は過酷な訓練と科学に対する基礎的な知識の詰め込み。休憩時間が無いわけでは無いが、そこで昼寝をするのも恥ずかしい。エルピスの間で会話の時間も設けるべきだ。
夜のパジャマパーティーに惹かれない訳でも無いが、幸か不幸か未だにパーティー開催の気配はない。だからアーディアはちょっと美味しいコーヒーを啜りながら分厚い本をゆっくりとめくる。
「えっと、僭主政からアテネ民主政……あーもう、全然わからない」
少し硬い木の椅子で大きく身体を伸ばすが、思考のモヤは晴れない。本を読む為だけに用意した眼鏡の上からこめかみを抑える。誰のためにか格好つけて淹れたコーヒーは飲み切った、次はオレンジジュースでも入れて糖分を補給しよう。席と立とうとしたアーディアのテーブルに、いい薫りのレモンティーが置かれる。
「精が出ますわね」
エリザベートだ。高価に見えるコートをアーディアの隣の椅子に掛けて、机の上に腰を掛ける。
「どうして私がここにいるってわかったの?」
「そういえばアーちゃんは竜宮城に来るのが遅かったから聞いてなかったのですわね」
竜宮城に来てから綺麗に整えられたアーディアのピンク髪を弄びながら、エリザベートは少し悪戯めいた笑顔で種明かしをする。
「わたくし達――エルピスには、発信器が取り付けられているんですの。リッサが何時でも確認できます」
「……え、じゃあ訓練の後の私の誤魔化しは?」
「『眠い~私って一日十時間寝ないとダメ~今日もお風呂入ったらすぐ寝るね~。あ、でもパジャマパーティーやるなら起きてるよ!』でしたっけ?」
「全部覚えてるじゃん!」
「みんな微笑ましいと思って見ていましたわよ。道化が陰で勉強してるって」
「盛り上げ役ががり勉って恥ずかしいと思ったの! あーもう、みんな嫌らしいなぁ」
アーディアは諦め、少し拗ねた様子でレモンティーを啜る。ちょうどよく温くなっており、すんなりと飲むことが出来た。
「それで、エリザは私の事笑いに来たの?」
冗談めかしたアーディアの言葉に、無い胸を張ってエリザベートは答える。
「このわたくし、わ、た、く、しがお勉強のお手伝いをして差し上げようかと思いましたの。デイサスの美しき頭脳と謳われたこのわたくし、エリザベート・ツー・ザイン・デイサスが」
誇らし気なエリザベートに、アーディアは普段の賑やかさを少しだけ減らし、緩やかに笑う。
「……折角だし、ちょっとお願いしよっかな。王族さんだし」
「なんでも聞いてくださいまし。ついでに、答えを求められるテストを受けるわけでは無いのなら、真面目に名前を覚えようとして頭を抱えなくてもいいと思いますわ」
ふーん、と理解しているんだかどうだかわからない感想を漏らしながら、アーディアは分厚い本を閉じた。そのまま本に倒れ込みながら、アーディアは上目遣いで訪ねる。
「エリザ、平和ってなんだと思う?」
「……思ったよりヘビーなのが来ましたわね。もっと分数の話とかしません?」
エリザベートは少し小難しい顔をした。立場がある、それも国政に携わる人間に雑な平和論なんて語れるはずが無い。
「平和、平和ですか。隣同士の人間が嫌いあっても殺し合いにはならない、親が子への罰として一食くらいご飯を抜けるくらいの余裕、政治家が何も考えずに隣国へ行ける――なんていう答えで、満足しないのでしょう?」
それでもエリザベートは、アーディアに誠意を以って向き合う。王族としての責任ではなく、友達への優しさだ。
「私の故郷は戦火の前の準備で滅ぼされた」
「……エルピスの方たちって、なんで重い過去をサラッと話し出すんですの? 勿体ぶったわたくしが馬鹿みたいじゃありませんの」
「死ぬ前にママが言ってたんだ、平和な世界だったらこんな事にはならなかったのに、って。でもさでもさ。私たちの村は、そりゃあ飽食とは言わなかったけどひもじくも無かったし、それこそエリザが挙げた平和の条件くらいは満たしてた、と思う。じゃあどんな平和なら、私の村は滅ぼされなかったんだろう?」
なんでここで自分の信条になるような話を問われる、とエリザベートは少し面倒になるが、アーディアの疑問からは逃げられない。
「……きっとアーちゃんはわたくしに完全無欠の平和を求めているのだと思います。ですが、国政に携わる身としては望む答えは言えそうにありません」
簡単に溜息を吐き、諦めたようにエリザベートは言葉を続ける。
「平和なんて、軍隊を交戦させていない期間の呼び方でしかありません。平時だろうが国と国の間では常に戦争の準備がなされています。平和なんて戦前や戦後というだけで、恒久的な生命の保証では無いのですわ」
残酷な現実、というより国を代表しなければならない人間の認識なのだろう。エリザベートの言葉に澱みは無い。
「平和じゃダメかー」
「きっとダメですわ。合唱コンクールを行うくらいの時間は作れても、ずっと合唱コンクールを行なえるような保証はどこにもありません。アーちゃんの夢は、実は結構過酷ですわ。世界には、争いの果ての夢を持つ方が多いですもの」
アーディアは少し落胆したように肩を降ろす。
「戦争好きな人、多いよねぇ」
「まあ、何もそんなに難しく考える事はありませんわ。アーちゃんの夢はわたくし……達が手伝うから大丈夫ですわよ」
「そんないい言葉、ニュートラルで言わないでよ。もっと照れ半分ツン半分くらいで、出会って直ぐの偉そうな感じを残してさ」
「平民が悩む必要なんてありませんわ! デイサス王家に連なるこの高貴なわ、た、く、しが、平民サイズの小さな夢なんてすぐに叶えて差し上げますわ! ……って、何やらせるんですの!」
「かーわいっ!」
いつもの表情でアーディアはケラケラと笑う。似合うが違和感があるクールな雰囲気はオレンジジュースで剥がれ、二人の間には穏やかな雰囲気が流れる。
「……気が向けば、少しくらいの勉学は手伝って差し上げます。歴史でしたら、実感を持って教えられる話もあるでしょうし」
机の上に散乱した歴史書を一瞥し、エリザベートはアーディアの髪を撫でる。
「うん、助かる。これから一緒に図書館に来てくれる?」
「必要無いでしょう。何冊か拝借して、後はわたくしの部屋でもいいでしょう」
「……パジャマパーティー⁉」
「あまりラフなネグリジェは無いですし、わたくしの気分としては寝る前の絵本の読み聞かせみたいな物ですわ」
「もー! そんなにツンツンしなくてもいいのに! お酒飲ますよ?」
「頭腐ってるんですの?」
二人の少女の会話で、夜は深くなっていく。
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