厄災の海底
エルピスⅠ
初任務から二週間。
連携不足・思慮不足・経験不足・戦力不足。全てが足りない上に、暴走し大怪我をする囮にヒイングは呆れ果てた。「そもそも一週間で実戦に参加させる指導者が悪いんじゃない?」とか宣うピンクを蹴り飛ばし、ヒイングは少女たちに訓練とだけ告げ竜宮城を後にした。次の戦闘の仕込みに買収工作、暗殺と諜報。独りで完遂出来るタスクを方付ける為だ。
独りで達成できる任務はなんて気が楽なのだろう、今ある幸せを噛み締めヒイングは潜水艦へと乗り込む。道中は平穏過ぎる、竜宮城からの通信も一切ない。
そして竜宮城の前まで辿り着くが――
「……ニーデン。やり過ぎだ」
潜水艦の通信が繋がらない時点で危険は察知している。だが、界華で瞬間移動が出来ると言っても、長距離の海中を移動する事はいくらヒイングでもリスクが大きい。流石にニーデンという監視役がいる中で、囮の少女たちが水中で潜水艦を爆破する暴挙には至らない、と信じ潜水艦の自動航路システムに任せていた。
竜宮城に辿り着いたヒイングは、ビーコンも出ずにハッチだけ開いている事に溜息を吐きつつ、自動操縦に委ねた。
異変は竜宮城内部にも。かつてアーディアが自己紹介した発着場は完全に停電している。ヒイングが記憶を探りながら通路へと入った瞬間、背後からガタンという音が響く。入口の防水シャッターが下りた音だ。外敵からの攻撃といった緊急時にしか降りない筈の物が動く、この時点でヒイングは予想していた嫌な予感が現実のモノであると知った。
「退路を断つ、か。退路を残して罠を仕掛ける方が賢いぞ」
ぼそりと呟いたヒイングの首元で轟音が響く。
金属と金属の衝突、暗闇から現れたホタルの刀とヒイングの拳銃が鍔ぜり合った悲鳴だ。
「お相手仕るぞ、ヒイング殿!」
「かかってこい」
初撃を止められたホタルはすぐに距離を取る。それと同時に、通路には非常灯が点る。暗闇は最初の一撃だけでいい、という事か。
一呼吸。刀を相手にヒイングの拳銃は近接武器として分が悪い。二、三度ならともかく、何合も打ち合えば銃も手首も持たない。
そんな自分の優位をホタルは理解している。強く踏み込む足音よりも先に、次は胴へとホタルの刃が向く。
「お前は強い」
「過ぎた褒め言葉だ、ヒイング殿」
「褒め言葉じゃない。ニュアンスとしては、侮蔑寄りだ」
ホタルの攻撃を、ヒイングはもう防がない。ただ外壁へと寄り、跳ねてしゃがんで剣戟を躱す。
「つまらない。お前は本気を出せていない」
ホタルの刀は任務の時の大太刀では無く、平均的な日本刀。密閉空間、それも破損すれば水が漏れ出すような通路で戦闘を行なっているのだ。速度と質量が落ちるとはいえ、必殺の威力も維持できているのならば当然の判断だ。
「本気を出せず、俺に勝てるとでも?」
「本気を出せないのはヒイング殿も同じであろう。ヒイング殿の界華【虚無】はこんな所では使えない筈だが?」
ヒイングの界華【虚無】。この世全ての物質を消滅させる。それ以上でも以下でも無い、最強にして最悪の異能。生命の円環すら否定する、暗黒の消失。
だが、強力である事は時に弱点となる。海中要塞の端、壊せば海水が流入するという場所で取り回せる能力では無い!
と、考えてホタル達は仕掛けてきているのだろう。
「まったく。そんな事を考えているから、お前は実力の三割も発揮できない」
ヒイングは拳銃を頭上へと向ける。光を呑み込む虚無の漆黒が銃口へと募っていく。
「ま、まて――」
「お前は何も考えずに戦え」
そしてヒイングは引鉄を引いた。虚無の弾丸は外壁を破り、一拍だけ置いて海水が流れ込んでいく。
「な、え、おい、これはどうすれば――」
「戦闘中に水止めの心配か? お前は視野が広すぎる」
一瞬の狼狽え、そんな隙をヒイングは見逃さない、ホタルの刀を根元から叩き折り、腹部を思いっきり蹴り飛ばす。
「さて、終わりか?」
ホタルは動かない、気絶しているようだ。溺死の危険性もある、助けてやるかと考えたヒイングは、足元の水温が急に上がってきた事に気付く。
「おっと」
すぐに飛び、壁に手を掛ける。それに遅れて、ヒイングが立っていた場所が煮立ち沸騰する。
「燃やす物を工夫するのは面白い。ただ、アイデアに引っ張られ過ぎだ。燃費の悪さに見合うリターンがあるか考えろ」
「偉そうに仰いますわね……!」
ホタルより更に遠くにいるエリザベートに向けて、ヒイングは足元の水を蹴り飛ばす。加熱部の付近だ、亜音速で飛ぶ熱湯は人体を攻撃する武器となる。
「あっついですわ!」
「焔使いが熱さを我慢できない、というのは何の冗談だ?」
ヒイングは怯むエリザベートを嘲るが、そのエリザベートの姿が霞む。水蒸気がすぐに猛る炎へと移ろう。
「これで手も足も出ないでしょう!」
「惡い発想だ。仮にそうだとして、襲撃相手に防戦一方というのはそもそもの行動が間違っていると思わないのか?」
ヒイングは炎へと拳銃を向け虚無を放つ。炎を打ち消す為では無い、エリザベートとヒイングの間の空間を消し飛ばす為に。
「――えっ」
「時間稼ぎの準備が整った程度で油断するな」
ヒイングによる高速移動、その正体は虚無によって間の空間を消し去り位置を動かすという荒業。炎の空間を消し飛ばし、エリザベートの目の前へと現れる。
「め、滅茶苦茶ですわ!」
事実少し気を抜いていたエリザベートは、唐突なヒイングの登場に対応が間に合わない。迷いない右手がエリザベートにアイアンクローをキメ、そのまま壁へと後頭部を叩き付ける。
「ですわ~……」
斃れたエリザベートを踏み付け、一呼吸置く。
「後二人か」
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