少女の故郷はよく燃えるⅥ
エリザベートの魔力は消耗しきった。失効過学のバーナーで鍵を焼き切り、エリザベートは牢を開く。そんな力はもうどこにも残っていないだろうに、気品を以って堂々と牢の中に入り一礼する。
「今まで大変なご苦労を。この混乱期の中、デイサスの愛国者の皆様のお気持ち、察するに余りあります」
顔に掛けた科学繊維が声に掠れる事で、変声機の役割を果たしている。十数人、囚われていた者たちは何者かと疑うような目で見ている。
「ヒーデルに亡命政府があります。到達の手段も用意しますので、どうかここは雌伏の時を」
囚人たちは突然の出来事にどう反応すれば良いかわからなくなり、困惑の声でのやり取りが始まる。頭を下げ続ける、謎の少女を前にして。
「……毒気を抜かれてしまったな。全く、やれやれだ」
ホタルは刀から手を離し、地面へと座り込む。次の襲撃まで時間は無い。が、その僅かな間だとしても休息は必要だ。
「状況は最悪です。が、ここまで来たら少しくらい状況が悪化しても同じですか」
ヨーベルはスカートの中に仕込んである武装を確認する。正面からの戦いは不利、不意打ちをするにしても、手持ちの武装では限度がある。どう戦うか、冷静に段取りを計算する。
「守ろう。みんなを」
千切れそうな右手の甲、烙円を摩りながらアーディアは立ち上がる。やはりニヘラと笑ってはいるが、その佇まい――覚悟はホタルやヨーベルと遜色無い。
『…………あ、やっば』
そして、間が抜けたリッサの声が全員の耳に響く。
『ヒイング、とっても怒ってるみたいだね』
その言葉と同時、地響きが始まる。遅れてズドン、バカン、バリン、バギャン、ドスン、ガラン、ドッカーン。中からも外からも防音の筈の地下室まで、黙示録のような破壊音が響く。
「「「…………」」」
誰も反応できない。聞こえ漏れる騒音は、囮も囚人も関係なく嫌な想像を膨らませる。そして、破壊音が収まった直後。本能的に忌避する擦れた音が、地下室への扉を破る。
「……ホタルちゃん、ヨーベルちゃん。敵だよ」
「敵ではありません。世界で最も素敵な男性です」
ヨーベルはすかさず修正するが、恋に溺れる少女というよりも、自分の命に危機が迫ったと焦る暗殺者の表情の方が濃い。
「不意打ちで今からやって来る敵を倒しちゃわない?」
「無理だ、勝てない」
「嫌です、強いですし」
「諦めずにさ! ほら、私が見てください~この傷~って気を引くから、その瞬間に!」
「聞こえているぞ」
ヨーベルよりも自然に、ヒイングは階段の下に立っていた。傷一つ、汚れ一つなく。
「ヒイング~! 見てこれ、この肩の傷! 痛そうでしょ?」
「漏れた作戦を実行しようとするな」
アーディアに軽い脳震盪を起こすレベルのデコピンをかまし、牢へと向かって行く。
「罰はすべて後だ」
「怪我人の頭思いっ切り叩き飛ばしたのは罰とは別なの⁉」
喚くアーディアを無視し、ヒイングは牢の中へと入る。
少女たちには聞こえない、何人かの人間に短く言伝を残しているようだ。金貨の入った麻袋も手渡している。ヒイングの説明が良いのか、牢の中の大人たちは話に吞まれていく。
「ヒイングって、あんな訳知り顔で物を話してるけど、賢い話出来るの? 馬鹿って後からバレると恥ずかしいし、無理しない方がいいと思うんだけど」
『一目でバカってわかりやすいアーディア君も、そんな心配をするんだね』
「ヒイング様は世界一のテロリストです。国際情勢くらいは当然抑えているのでしょう」
少女たちの手持ち無沙汰な雑談を他所に、ヒイングは外へと出ていく。外の敵の掃討だろうか、別々の帰宅なら怒られる事も少なくていいのに、とアーディアは他人事に考える。
そんなアーディアの視線の中に、一つの会話が見えた。牢屋の中でも一際若く、そして消耗が激しい。くすんだ金の髪の少年が、エリザベートへと話し掛けているシーンだ。
「――お姉様、ですか?」
「違いますわ」
感情を我慢しているなぁ、と外から見たアーディアは思った。表情を隠し、言葉の色を変えても所作は消えない。アーディアでもわかる事だ、エリザベートの目の前の少年だってわかるのだろう。
だからエリザベートは、偽りを事実で補強する。
「第二王女は卑怯にも逃げ、どこかで野垂れ死にました。亡霊に国を背負う事なんて出来ませんわ。マティアス王子、貴方こそが王の器量です」
「ですが、お姉様は――!」
「後はお願いします。もし第二王女が今この場にいれば、言えることはそれだけですわ」
これ以上の話は無い、そう言わんばかりにエリザベートは背を向ける。少年はなおも追い縋ろうとするが、まとめ役のような初老の男に止められる。
何か言える事は無いだろうか、少し考えるアーディアの耳に通信が入る。
『外で待ってるヒイングが怒ってるよ。さっさとしろって』
「少しほっとこうよ、あんな奴」
「アーディア様の気持ちも察しはしますが、ヨーベルは基本的にヒイング様の味方ですので。早く行きますよ」
ヨーベルに諭され、アーディアも渋々といった体で外へ繋がる階段へと向かった。
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