第35話:燻製室と、初めての対面

異世界三十三日目。 俺は、完成したばかりのログハウスの床で、快適な目覚めを迎えた。 岩棚とは比較にならない、文明的な静けさと暖かさだ。


(……昨夜のことは、忘れよう) あの「目からのビーム」は、俺の手に余る力だ。 工芸品を作りたいなどという生半可な理由で使えば、いつか自分自身か、この森を消し飛ばしかねない。 封印だ。俺には、不便だが安全な「炎のノミ」があれば十分だ。


俺はヤカン岩で茶を沸かし、ホットプレート岩で昨日獲った魚を焼いて朝食にした。 エルフからもらった「木彫りの器」に水を入れると、実にしっくりとくる。


「グェ!」 外で従業員(グリーン1号・2号)の声がする。 俺が扉を開けると、二羽はすでに出勤していた。 「悪いな、お前ら。家は完成したから、今日は休みだ」 俺は、昨日獲って保存しておいた魚をボーナスとして投げ与えた。二羽は嬉しそうにそれをついばんでいる。


さて、今日やることは、生活の質(QOL)の向上だ。 家はできたが、食料備蓄の設備がまだだ。 俺はログハウスの壁に隣接させる形で、小さな小屋を増築することにした。 「燻製(くんせい)室」だ。


「炎のノコギリ」で角材を切り出し、 「炎のノミ」で組み上げ、 「炎のスレート(石瓦)」で屋根を葺(ふ)く。 もう慣れた作業だ。オウムもどきがいなくても、小さな小屋くらいなら一日で組み上がる。


森の奥。 いつもの切り株の上で、あのエルフの少女が、俺が今度は「小さな家」を作り始めたのを、昨日と同じように見学している。 首から下げた「星形の石」が、もうすっかり彼女のトレードマークになっていた。


夕方。 完璧な燻製室が完成した。 これで、ダイナマイト漁で獲った魚も、今後手に入れるかもしれない獣の肉も、長期保存ができる。


俺は、いつものお返し(焼き芋と焼き魚)、そして新築祝い(?)の燻製を数切れ、葉に包んだ。 そして、大樹の根元へと向かった。


いつもの場所。 だが、今日は様子が違った。


少女は、そこにいなかった。 いつものカゴも、置かれていない。


その代わり。 俺が「黒曜石のナイフ」を突き立てた、その場所に、 腕を組み、仁王立ちで「誰か」が立っていた。


「……!」 俺は、いつでも炎を出せるよう右手に意識を集中させ、立ち止まった。 それは、大人だった。 少女と同じ、緑の髪と、長く尖った耳。 だが、背は俺よりも高く、しなやかだが鍛え上げられた筋肉が、編み上げられた皮鎧(かわよろい)の上からでも分かった。


顔には、俺の知るエルフのような優美さはない。 そこにあるのは、森で生きる「狩人」の、厳しく、鋭い眼光だけだった。 腰には、俺が贈った「黒曜石のナイフ」が、見せつけるように差してある。


昨日まで、この森の「長」か「保護者」か、と想像していた存在。 その「本人」が、今、俺の目の前に立っている。


男は、俺が警戒しているのを見ると、ゆっくりと両の手のひらを上げ、敵意がないことを示した。 そして、重く、低い声で言った。


「……待っていたぞ、『森の火のひと』」

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