冷たい肌と心の内
「そろそろ寝ようか」
日課である晩酌を終えたセドリックは、エミリアを抱き上げて寝室へ向かった。
セドリックはエミリアをベッドへ寝かせると、頭を撫でながら優しく口付ける。彼の口元からは、先ほどまで飲んでいたミードの華やかな香りがした。
エミリアはセドリックからの執拗なまでの愛を受け止める。
(だって、完璧な恋人になってみせると決めたんだもの。それがこの屋敷で生きる、唯一の方法だから)
唇を離したセドリックは、甘い愛の言葉を囁く。
「エミリア、愛してるよ」
しかし言葉とは裏腹に、相変わらずセドリックの肌からは、少しの温度も感じない。最初はその冷たさが恐ろしかったが、今ではすっかり慣れて何とも思わなくなった。
しばらく甘い時間を過ごしたあと、エミリアは寝たふりをしてセドリックを観察してみた。
隣で横になっている彼は、まっすぐと天井を見つめている。彫刻のように整った横顔は、ゾッとするほど美しい。
しかし、エミリアには彼の目に、埋められない孤独が映っているように見えた。
――セドリック・ド・ラヴェルヌ伯爵
もしあの新聞記事に書かれていた人物が、今目の前にいるセドリックだったとしたら。
薬と毒の取り違えによって、地位も名誉も、婚約者さえも失い悪魔になったのだとしたら。
もちろん、悪魔がどうやって生まれるかなんてわからないし、人間が悪魔になるなんて、エミリアの常識からは考えられない。
しかし、仮に人間だったセドリックが、絶望の果てに悪魔と化したのであれば、全ての辻褄が合う気がした。
彼だけの理想の箱庭を作っていることも、エミリアに対して激しい執着を見せることも、全て過去の喪失が理由なのだとしたら……。
――この屋敷に囚われているのは、セドリック自身なのかもしれない。
エミリアは思わずセドリックの手を取ると、その冷たい手を包み込み、自分の体温で温めようとした。
それに気づいたセドリックはその手をサッと引くと、エミリアの方を向く。
「甘えたいのか?」
「いえ……」
「ではなぜ私の手を取った?」
エミリアは気まずそうに答えた。
「……セドリック様の体がいつも冷たいから、温めようと思ったんです」
セドリックは穏やかに微笑むと、エミリアを抱きしめる。
「ありがとう。だが君は何も気にしなくていいよ」
エミリアはセドリックの胸に顔をうずめながら考えた。
(もしあなたが元々人間だったなら……いつか解放される日は来るのかな……)
その日エミリアは、セドリックの孤独を想いながら眠りについた。
セドリックはエミリアが眠るまで、彼女の背中を撫で続けたが、その表情は氷のように冷たい。
エミリアが静かな寝息を立て始めると、セドリックは彼女から体を離す。さっさと彼女の手の温もりを手放したかった。
ずっと求めていたはずの温もり。しかし今は、その温もりのせいで胸のざわつきが止まらなかった。
(これまでのガラクタたちは、どいつもこいつも自分のことばかり考え、媚びへつらっていた。だが彼女は……)
表面だけ取り繕いながら、醜い内面を抱えていた歴代の恋人役たち。しかしエミリアは下手に取り繕うことなく、先日なんて「逃げない」と半ば宣戦布告とも思える発言をした。
彼女がこれまでの恋人役たちと違うのは明らか。だが果たしてエミリアのその姿は表面だけの偽りか、それとも本心なのか。
エミリアに対してほんの少しの期待を抱いたあと、すぐに別の思いがそれを打ち消す。
(いや、彼女だって本心ではガラクタたちと同じかもしれない)
セドリックはエミリアを起こさないようそっと寝室を抜け出すと、まっすぐ研究室へと向かった。
薬の調合をしている間は、余計なことを考えずに済む。
(そうだ、今度彼女に自白薬でも飲ませよう。自白薬の材料は……)
研究室では夜通し、薬草をすり潰す音や液体を混ぜる音が聞こえていた。
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