23.
そう言って先輩は一つ一つ丁寧に教えてくれた。
普段からそうであったが、陽輝に掛ける少しばかり強い口調で言うのとは違って、幾分か柔らかい口調で言葉を紡ぎ出す。
その声を聞いていたくて、耳に全神経を注いだ。
「日向君。手が止まってるけど、分からないところがあった?」
「あ、いやっ、大丈夫です!」
慌てふためいて意識を書き途中の公式に向けた。
危ない。耳を傾けてしまったせいで、いつの間にか手が止まっていた。
こんな調子で陽輝は教えてもらっているのか。陽輝もこの声にやられて勉強そっちのけで聞いていると思われるが、教えて出来ていると言うのだから、本当は勉強は出来るけど、先輩に教えてもらいたいがためにわざと成績が悪く装っているのではないのか。
それにしたって羨ましい。
こんな出来の良い兄がいたら良かった。そうしたら、鼻が高く高く昇ることだろう。
陽輝が羨ましい。
「それで、この問題の答えはこう。次の問題も公式を当てはめればできるから、同じようにやってみて」
「はい」
優しくて頭の良い先輩がいる陽輝への羨ましさが頭の中で支配する。
せっかく教えてもらった公式を忘れてしまいそうなほどに鬱陶しく感じるその感情が、やがて仄暗い感情が生まれる。
それは、恐らく嫉妬という感情。
「日向君?」
「⋯⋯ぁ」
呼ばれてハッとした日向は、また止まっていたペンを走らせた。
今度は分からないところがあったのかと訊いてこなかったけれども、そう思っているような気がした。
そうこうしていると、先にやっていた陽輝が「できた! できたぜ、兄貴!」と紙を掲げてみせた。
「うん、できてる」
「もっと褒めて! 頭を撫でながら褒めて!」
「そこまでするか。⋯⋯家に帰ってからな」
「わぁー! 兄貴⋯⋯!」
「僕もできました」
陽輝のことを遮るように先輩に見せた。
後ろから殺意のような視線を感じるが、気のせいだろう。
「うん⋯⋯教えた通りにできてる。この調子で頑張ろう」
笑みを含んだ顔を見せ、返してくる。
「はい」
受け取ったそれをやや皺になるほど握りしめた。
もっと頑張ればもっと褒めてくれるはず。
もっと頑張ろう。
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