第39話 失恋ごっこで誤魔化して

「営業部の田村くんと、デザイン部の朝倉さんが、この度結婚することになりました」


 その知らせは翌朝の朝礼で行われた。


 営業部長の声をきっかけに、パチパチパチ、と拍手が起こる。


 田村さんが照れくさそうに頭を下げている。周りの社員たちが「おめでとう!」と声をかけている。


 昨日の飲み会で朝倉さんに聞いた話によると、忘年会の後に二人で飲み直しし、そこで意気投合。そのまま交際に発展した。

 お互いに次に付き合う人とは結婚したいと思っていたようで、これまた一気に結婚まで話が進んだとのことだった。



 私はというと…。


 ぅああぁあぁああぁぁ。


 デスクで頭を抱えている。

 顔から火が出そうだった。いや、もう出ている。顔が完全に燃えているのではなかろうかと思うぐらいに熱い。


 朝倉さんの結婚がショックだったわけじゃない。そうじゃなくて。


 完全に、それはもう一点の曇りもなく、自惚れの勘違いをしていたことが恥ずかしすぎる。


 以前の会話が脳内でループ再生される。『好きな人はいますよ?』『営業部の人なんです…』って朝倉さんが言っていたあの時。

 てっきり私のことだと思っていた。でもあれ、田村さんのことだったんだ。好きな人って。営業部の人って。


 極めつけは昨日の飲み会。


『浅海さん、実は…お伝えしたいことがあって』

 

『実は私、好きな人がいて…!』

『ごめんなさい、私…!朝倉さんの気持ちには応えられないんです!』


 ぐうわああああああああっっっ


 自分の勘違いセリフ集が頭の中でループする。

 もう無理。完全なる勘違いだ。自惚れもいいところだ。

 朝倉さんともう顔を合わせられない。絶対笑われてる。いや、ドン引きされてるかもしれない。それなら笑われてる方がまだましだ。


 顔を両手で覆いたい衝動を必死に抑えながら、私はチラリと周囲を見た。


 そして、花森の方を見る。


 花森、さぞかし田村さんの結婚でショックを受けているんだろうな。

 あれだけ田村さんのこと好きだったし。


 花森は自分のデスクでぼーっとしていた。なんだか焦点が合っていない感じ。

 心ここにあらずで元気がない。…ああ、やっぱり、相当ショックなんだろうな。


 と、その時。

 パッと、花森と目が合った。

 花森は目を見開いて、数回まばたきをして、それから慌てたように目を逸らした。


 ***


 お昼の社員食堂。


 レバニラ定食のトレイを持って席を探していると、花森を見つけた。

 窓際の席で一人、サラダをぼーっと食べている。箸を動かしているけれど、明らかに上の空だ。

 私は少し躊躇したけれど、トレイを持って花森の隣に座った。


「隣、いい?」

「…え。あ、はい」


 花森さんは一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐにぼーっとした表情に戻った。


 私は定食の味噌汁を一口飲んでから、何か話題を、と思ってさりげなく切り出した。


「激辛麻婆豆腐にするか迷ったんだけど、結局これにしちゃった」

「まだ引きずるんですね、激辛麻婆豆腐の話」


 ……話題を失敗した。

 しばらくの沈黙。

 私はコホンと咳払いの後、少し躊躇してから、本題を切り出した。


「……残念だったね。田村さん」

「へっ?田村さん?」


 花森が箸を止めて、きょとんとした顔で私を見た。

 一瞬、本気で何の話か分かっていない様子だった。


「……あ、ああ。田村さん。そうですね」


 数秒の間があって、花森が慌てたように言葉を継いだ。


「もう、ほんとですよ。朝倉さんといつの間にって感じですよね」

「だよね。私もめちゃくちゃびっくりしたよ」

「ショックで立ち直れないです」


 なんだか感情がこもっていない気がした。もっと落ち込んでいるのかと思ってたから反応が妙に感じた。


「まあでも、田村さん幸せそうだったね」

「そうですね。ニヤニヤしてましたね」

「デレデレだったね」

「まあ、幸せならいいんじゃないですか」


 花森は再び箸を動かし始めた。レタスを口に運ぶけれど、やっぱりどこか上の空だ。


「花森さん、大丈夫?ずっと今日ぼーっとしてるから」

「え、べ、別に普通ですけど」

「そう?」

「ていうかずっと見てたんですか?」

「え、いや、ずっとじゃないけど。心配で」

「ふぅん。そんなに気になるんですか?何で?」

「そ、それは…」


 花森が冗談ぽく、ニヤニヤしながら煽ってくる。ムカつく。私はあたふたして俯く。

 花森はまたチラッと私を見て、またすぐに視線を落として言った。


「浅海さんこそ、朝倉さんのこと残念でしたね」

「え?」


 思わず味噌汁を吹きそうになった。


「い、いや、別に私は…」

「朝倉さんとめっちゃいい感じだったじゃないですか。昨日もご飯行ってたでしょ」

「え、なんで知ってるの?」

「たまたま見かけただけです」


 花森さんがそっぽを向いて言った。


「あ、ああ、うん。そうだね、残念」


 適当に相槌を打つ。残念なのは朝倉さんが結婚したことじゃなくて、自分の恥ずかしすぎる勘違いなんだけど。


 しばらくの沈黙の後、花森が言った。


「浅海さん落ち込んでるみたいなんで、飲みに行ってあげてもいいですよ」

「え?」

「いや、だから。慰安会的な。慰めが必要なら付き合いますけど」


 顔は相変わらず無表情でこちらを睨んでくるけど、耳がほんのり赤くなっている。視線も微妙に泳いでいる。


「べ、別に…落ち込んでないし」

「そうですか」


 花森がサラダの容器をさっさと片付け始めて、席を立とうとする。

 あっ、話が終わっちゃう。慌てて私は言葉を継いだ。


「あっ、でっ、でも。やっぱりすっごい落ち込んでるから、飲みに行きたいかも」

「……え?」

「いつ飲みに行く?明日とか?」


 我ながら前のめりすぎた。


「明日って」花森が吹き出した。


「そんなに待てないんですか?」

「え、いや、そうじゃないけど……」

「まあいいですけど。明日、空いてますし」


 そっぽを向きながらそう言う花森の耳が、また少し赤くなっている気がした。


 食堂の窓から見える青空が、いつもより少しだけ明るく見えた。

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