第5話 趣味が重なった午後
今朝の花森は、気持ち悪いぐらいに上機嫌だった。
「浅海さん、おはようございます♪」
私がコーヒーを淹れていると、花森が隣に滑り込んできた。
「今日、デザイン部と打ち合わせですよね?」
「うん、十時から」
「ってことは、朝倉さんもいるんですよね?」
「…ん、まあ、多分」
「…ふふっ、任せてください」
何というか……悪い笑顔。
"わたし企んでます"って顔だ。
嫌な予感しかしない。
***
案の定、午前中の打ち合わせで花森の本領が発揮された。
会議室に入ると、朝倉さんがすでに資料を広げて待っていた。
「おはようございます、浅海さん」
「あ、おはようございます」
普通に朝倉さんと挨拶を交わす。そこに花森が割り込んできた。
「あ!浅海さん、そこじゃなくて朝倉さんの隣に座ってください」
「え?」
「ほら、資料見やすいじゃないですか。同じ画面見ながら話せますし」
花森が私の肩を押して、強引に朝倉さんの隣の席に座らせる。
「いや、別に向かい側でも——」
「ダメなんです!隣じゃないと」
朝倉さんが困ったように笑っている。私も困る。
そして、花森はと言うと、ちゃっかり田村さんの隣をキープしている。
(ああ、なるほど、そういうことね)
私は思わず苦笑いする。
打ち合わせが始まると、花森の暴走はさらに加速した。
もちろん、隣に田村さんがいるのであざとさ全開モードである。
「朝倉さん、今回のコンセプト、すごくいいですね〜♡」
「ありがとうございます」
「でも実は、浅海さんが最初に『こういう方向性どうかな』って言ってたのと同じなんですよ」
「え、そうなんですか?」
「はい。二人とも感覚が似てるんですよねぇ〜。二人お似合いだと思いません?ねえ、田村さん」
急に話を振られた田村さんは困った表情をする。
朝倉さんは、少し驚いたように私を見た。
「そうだったんですね。」
「いや、そんな……」
思わず視線を逸らす。花森がにやりと笑っているのが視界の端に見えた。
やめてくれ、という無言の訴えは完全に無視された。
そして畳み掛けるように花森が話す。
「あ、そうだ。朝倉さん、浅海さんって実はすごく面白い人なんですよ〜」
「え?」
「この前なんて——」
「ちょっと待って」
私が止めようとしたが、花森は止まらない。
「ドアが開かないって言いながら、ガチャガチャやってたんです!よく見たら『引』って書いてあるドアを必死に押してて〜」
「それ言わなくていいから」
「可愛いですよね?」
「可愛くないから」
「あの時、『おかしいな』って何回も呟いてましたよ」
「呟いてない」
「呟いてました。しっかりして見えて意外と天然ですよね」
「……もういい」
「可愛かったです〜」
朝倉さんがくすっと笑った。
「二人とも、仲がいいんですね」
「「いや、全然仲良くないです」」
私と花森の声が見事にハモった。一語一句ズレることなく。屈辱的である。
朝倉さんがさらにくすくすと笑う。
「ほら、息ぴったりじゃないですか」
……確かに。
花森がにやりと笑って、私にウインクした。
何がウインクだ、調子に乗るな。
***
打ち合わせが終わると、私は速攻で花森の腕を掴んだ。
「ちょっと来て」
朝倉さんと田村さん、他の社員に会釈して、花森を引きずるように給湯室に入った。
「何、さっきの。不自然すぎるでしょ」
声を潜めて詰め寄ると、花森はきょとんとしている。
「不自然?何がですか?」
「隣に座らせるとか、息ぴったりとか、変な失敗談話したりとか。全部わざとらしすぎる」
「どこがわざとらしいんですか?楽しく話せたじゃないですか」
「いやいや、どう見ても朝倉さん困ってたから。不自然だって」
「えー?わがままだな。自然にやってますけど?」
「どこが」
花森がふーっと息を吐いた。
「じゃあ、浅海さんならどうするんですか?自分から朝倉さんに話しかけられます?」
「それは……」
言葉が詰まった。
「ほらあ。だからわたしがやってるんじゃないですか」
「でも、あれじゃ朝倉さんに変に思われる」
「変に思われてませんでしたよ。笑ってたじゃないですか」
「それは……」
確かに朝倉さんは笑っていた。
「なんか全然前向きなように思えませんけど、浅海さん、朝倉さんのこと本当に好きなんですか?」
花森がため息をつき、真顔で聞いてくる。
「……尊敬はしてる」
「尊敬?」
「仕事もできるし、人柄も素敵だし」
「それって好きってことじゃないんですか?」
「……分からない」
花森がじーっと私を見つめる。
「はあぁ。もう、浅海さんって本当に……。分かりました、じゃあ」
そう言って、深いため息をついて花森はさっさと給湯室を出て行った。
残された私は、一人でコーヒーカップを見つめることになった。
「……分からない、って何だ」
自分で言っておいて、自分でツッコんでいた。
***
午後、営業回りで花森と二人きりになった。
私が運転し、花森が助手席でダルそうにだらんと座ってスマホをいじっている。いつも通りの光景だ。
「まだもうちょいアポまで時間ありますよね?音楽かけていいですか?」
「うん、どうぞ」
花森がスマホをBluetoothで繋いで、曲を流し始めた。
イントロが流れた瞬間、私は思わずハンドルを握る手に力が入った。
「……これ、"The Hollow Echos"?」
「え、知ってるんですか!?」
花森が驚いたように振り返る。
「うん、私もよく聴いてる。超インディーズバンドなのに、花森さんも知ってるんだ」
「浅海さんも?意外です」
お互いに驚いて、少し笑ってしまった。
「shizukuの声がいいんだよね」
「わかります。あの透明感、たまらないですよね」
花森が嬉しそうに身を乗り出す。
「でも、わたしはギターのharutoくんがメロくて好きなんですけど」
「……やっぱりイケメン目当てか」
思わず苦笑が漏れた。
「え、何ですかその反応」
「いや、花森さんらしいなって」
「浅海さんだって絶対、見た目で判断してるじゃないですか」
「してない」
「嘘だ。朝倉さんだって美人だからでしょ?」
ぐさっときた。
「……それとこれとは違うでしょ」
「どう違うんですか?」
答えられなかった。
花森がくすくす笑いながら、次の曲をかける。また別のインディーズバンドだ。
「あ、そういえば」
花森がふと思い出したように言った。
「来月、The Hollow Echosのライブあるんですよね」
「ああ、下北のやつでしょ?知ってる」
「行くんですか?」
「うん、チケット取ってる。…24日だったかな」
「え、ほんとですか。その日わたしも行きますよ」
花森の顔が、一瞬で明るくなった。
目を見開いて、口角が上がって——まるで、何かのスイッチが入ったみたいに。
その表情があまりにも無防備で可愛くて、私は思わず視線を逸らした。
(え、何、今の)
胸の奥が、妙にざわついた。
「じゃあ、会場で会うかもしれないですね」
「…まあ、あんまり大きい箱じゃないしね」
そこから、車内は音楽談義になった。
花森の好きなアーティスト、私の好きなアーティスト。意外と共通点が多かった。
妙に心地いい時間だった。
***
その夜、家に帰ってから、私はなぜか花森との会話を思い出していた。
「……別に、音楽の趣味が合うだけだし」
誰に言い訳してるんだか。
ベッドに転がって、天井を見上げる。
お昼に、花森が見せた表情が、ふと脳裏をよぎった。
あの、パアッと明るくなった顔。
ライブに行くのが同じ日だと知った瞬間の、無邪気な笑顔。
(……なんか、可愛かったな)
思わず、そんなことを考えてしまった自分にツッコむ。
いや、待て待て。
慌てて首を振る。
花森の表情が変わったのだって、私の気のせいかもしれない。
(あんな生意気な後輩なんか、可愛いと思うはずがない。疲れてるんだきっと。あざといし、男好きだし…)
そう心の中で唱えるように呟いて、目を閉じた。
でも、なぜか今夜は、いつもより眠りにつくのが遅かった。
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