第13話 父親に似て俺使いが荒ぇんだよ

 泣き疲れて眠ってしまったユウ少年を車に乗せて、美言みことは神社へと戻っていた。来た時と同様に助手席にはアルトリウス、後部座席にはヘイちゃんとユウ少年。ガリバーまで後ろに乗せるとギチギチだったので、彼はアルトリウスの中に戻ってもらった。ユウ少年に膝枕をしてやりながら、ヘイちゃんは彼の首の傷を治している。穏やかな光は、きっと少年の心も癒してくれるだろう。


 ユウ少年を保護した後、雅就まさなりへは連絡を入れている。アラクネの繭には主に小動物や鳥が捕らわれていたが、中には公園を散歩していたであろう高齢の男性や、スーツ姿の女性の姿もあった。皆、昨晩から今朝にかけて捕らわれていたようで、大きな怪我はしていないものの深く眠らされていた。

 原因であるアラクネは退治したので、しばらくすれば目を覚ますはずだ。しかし体に残った邪気は祓った方がいいと、彼らは一旦古守こもり白狐びゃっこ神社へ集められることとなったのである。


 ユウ少年以外の人間を神社へ運んでくれたのは、雅就まさなりの同級生で七楽町ならくちょうの交番に勤めている警官の斎藤繁彰しげあきだ。学生時代から雅就まさなりの隣で不可思議な現象を体験してきたからか、警官になった今でも霊障が引き起こす類の話にはそれなりに理解がある方である。

 前に美言みことも集団で悪霊に取り憑かれたサラリーマンを除霊したことがあったが、その後の手続きを引き受けてくれたのも斎藤だった。


「今回も悪いね、シゲっち」

「ったく、マサよぉ。俺はテメェの雑用係じゃねぇぞ、コラ」

「今度パティスリーアビーシュのゴトゥ・ヘルチョコレートケーキ奢るから」

ヘブン・リーキスイチゴショートも追加しろ」


 警官らしからぬ口調の悪さだが人情に厚く、強面なのに大の甘党だという斎藤を、雅就まさなりは時々こうして有名洋菓子店のケーキを餌に懐柔している。もっともそこには同級生という気心の知れた相手だからというのもあるのだろう。


「それで? 公園で保護した奴らは大丈夫なのか?」

「元凶は美言みことが祓ってくれたから、あとはお清めすれば大丈夫かな。その後シゲっちには彼らを家まで送り届けてほしいんだけど」

「警察を足に使うのはお前くらいだぞ」

「本当、シゲっちは優しいよね」

「……チッ。極楽団子も追加だ」

「了解」


「じゃ、少し待ってて」と言い残すと、雅就まさなりは拝殿へと向かっていった。美言みことも、未だ眠ったままのユウ少年をアルトリウスに抱えてもらい、雅就まさなりの後を追う。

 拝殿にはユウ少年の母親も呼ばれていた。美言みことたちの姿を見つけると、足をもつれさせながら駆け寄ってきた。


「ユウ!」

「泣き疲れて眠っているだけなので安心して下さい。ユウ君は無事です」

「あぁ……ありがとうございます。本当に……ありがとう……!」


 アルトリウスから母親の腕の中へ少年を戻し、美言みことたちは拝殿を後にした。本来なら美言みこと雅就まさなりの補佐をすべきところなのだが、さすがに慣れない魔物退治に体が疲労を訴えている。いつもであれば悪霊一体祓ったところで疲れはしないのだが、魔物相手の初陣は思った以上に霊力を消費した。

 ガリバーが言っていたように聖剣の力をうまく制御できるようになれば、霊力をバランスよく使えるということだろうか。


「おぅ、美言みこと。ちょっとツラ貸せや」

「警官のくせに言動がヤクザ!」


 拝殿から戻った美言みことを呼んだのは斎藤だった。彼は境内の中に作られた美言みこと専用のお祓い部屋――神を祀っているわけではないので境内社けいだいしゃとは呼べないが、外見は社と大差ない建物――の階段に座って美言みことを手招きしていた。


「シゲおじさん。皆を連れてきてくれてありがとう。私の車だと乗せられなかったから」

「父親に似て俺使いが荒ぇんだよ」

「感謝してるってば」

「お前……何かやべぇことに首突っ込んでるんじゃないだろうな?」

「え?」

「今までもお前ら親子に散々使われてきたが……」

「言い方」

「今回は何つーか……いつもと感じが違った気がしてな。気色悪ぃ臭いがするぜ」


 昔から雅就まさなりと一緒にいたせいで、斎藤自身もわずかな気配の変化くらいはわかるらしい。ただそれがどういうものなのかを明確にすることはできないらしく、答えを求めるような、あるいは尋問に似た鋭い視線を美言みことに向けてくる。

 ただ美言みこともどこまで言っていいものか判断に迷った。そもそも「異世界から来た魔王を倒すため勇者になりました」なんて話はあまりに突飛すぎて、話された方も困惑してしまうだろう。


「確かにいつもの除霊とはちょっと違う感じなんだけど……でも大丈夫だよ。強力な助っ人もいるしね」

「助っ人……。あの妙ちくりんなコスプレ野郎のことか?」

「妙ちくりんって……」


 斎藤の視線の先には、アルトリウスとヘイちゃんがいた。確かに斎藤の目から見れば、胡散臭い銀髪神父と時代錯誤な狩衣男に見えるだろう。ここにガリバーがいれば更にカオスな状況になるところだった。


「一応、古守こもり家の客人……になるのかな。それに二人とも、ああ見えてすごい戦力になるから大丈夫!」

「ひょろっちい野郎が何の役に立つんだか」

「そんなことないよ。アルトリウスはああ見えて腕力もあるし、空も飛べ……る、ほど……えぇーと……そう! 身体能力高いし!」

「何だ? えらく推すじゃねぇか。もしかしてあいつ、お前の婿候補か?」

「ぶっ! ななな何言って……! そんなんじゃないからっ」

「まぁ、どっちでもいいが……嫁入り前にあんまり無茶するんじゃねぇぞ」

「……本当、シゲおじさんってば優しいよね」

「親子共々、牢にぶち込むぞ」

「おじさんって、本当に警官なの?」


 はじめは美言みことも斎藤のことが少し怖くて苦手だった。けれど昔、彼の不器用な優しさに救われたことがある。

 それは美言みことが高校生の時だ。初めて自分よりも強い悪霊に出会い、自信を無くしたことがあった。言霊ことだまもうまく扱えず、除霊も中途半端で逃げ出したことが惨めで恥ずかしくて、美言みことはひとり川の土手で膝を抱えて泣いていた。

 そんな美言みことをパトロール中に見かけた斎藤は、何も言わず隣に座ると、夜有堂よもつどうの極楽団子を渡してきたのだ。あの時食べた極楽団子は甘くてしょっぱくて、とても優しい味がしたことを今でも覚えている。


 あの時から斎藤は何も変わらない。口が悪くて顔も怖くて、でも心はとても優しい不器用な警官だ。今回だって森林公園に残るアラクネの気配の残滓を感じて美言みことを心配してくれている。

 だから、美言みことは笑ってみせた。未熟だったあの頃とは違い、できることはたくさん増えたし自信もついた。もう川の土手で、声を殺して泣いていた無力な子供ではない。


「ちょっといろいろやることができて大変だけど、私は大丈夫。だから心配しないで」

「心配はするさ。お前はマサの子供だし、俺は警官だからな」

「そっか。……ありがと」


 流れる時間がやわらかい。あの時、川の土手で感じた空気と同じだ。


美言みこと。お前、気をつけろよ」


 不意に、斎藤がぽつりと言った。何か思うところでもあるのか、少し難しい顔をしている。


「何? どうしたの?」

「いや……彼岸池ひがんいけのこともそうだが、昨夜から不可解な事件が多発しててな。お前の言う『やること』がそれに絡んでんなら、何かバカでけぇモンを相手にしてるんじゃねえかと思ったんだよ」


 さすがは斎藤。古守こもり家に関わるせいで、心霊察知能力に磨きがかかっている。しかし今はそれよりも、斎藤がこぼした別の言葉が気になるところだ。


「不可解な事件?」

「やっぱ、そこに食いつくか」

「まぁ、除霊関連は私の仕事だし。何かあったの?」

「不審者の目撃情報が同時にあったり、数人の男女が踏切の前で歌を歌ってたり……あとはメリーさんから電話がかかってくるっつーのもあったな」

「メリーさんって、あのメリーさん?」


 美言みことの頭の中で「私、メリーさん」と言う、かわいらしい少女の声が再生される。本物のメリーさんの声を聞いたこともないのに、なぜか誰もがおそらく似たような少女の声を想像するだろう。それくらい有名な都市伝説のひとつだ。


「同僚から聞いた話だ。子供たちの間で噂になってるらしい。一発目から自分の背後にいるんだってよ」

「確かに昨夜から一気に変なことが起こってるみたいだけど、それがこっちに関わってるかどうかは……まだはっきり分からないかも」


 そう言ったものの、完全に無関係ではないことを美言みことは感じていた。けれどそれを斎藤に伝えるかどうかは迷うところだ。できれば他の人たちを巻き込まずに、古守こもり家の中だけで魔王討伐を密かに終わらせたいと美言みことは思っていた。


「関係ないならそれでいいんだよ。パトロール回数も増やしたし、踏切で保護した奴らは今はもう正気に戻ってる。何をしてたか、記憶は曖昧だがな」

「シゲおじさん。除霊関連の仕事が必要だったら連絡してね」

「もちろんタダでやってくれるんだろうな?」

「友人価格で」

「ちゃっかりしてんな、オイ」


 ちょうどその時、拝殿の方から雅就まさなりがユウ少年たちを連れて戻ってきた。お清めの儀式が終わったのだ。ユウ少年はそのまま母親と帰宅し、残りの二人は斎藤が家まで送る手筈になっている。

 少年を乗せた車と斎藤のパトカーが角を曲がるまで見送ると、途端に疲れがどっと押し寄せてきた。視界が霞み、体がふらつく。倒れるほどではないが、神社までの階段を上がるのはちょっと苦痛だ。

 そう思っていると、さも当然のようにアルトリウスが美言みことの体を抱え上げた。少女漫画定番の、そして美言みことの憧れでもあるお姫様抱っこである。


「きゃ! な、何?」

「慣れない戦闘と聖剣の使用で疲弊しているだろう? 少し休め」

「この状況だと逆に休めないんですけど!? 大丈夫だって! 一人で歩けるから」

「遠慮するな。俺は聖剣の護り手であると同時に、お前の守護者だ」

「その顔で殺し文句は卑怯」


 平然と胸キュンなセリフを吐いたアルトリウスを軽く睨んでみたが、どうしても頬が緩んで変顔になりそうだったので、美言みことは早々に両手で顔を覆ってしまった。

 きっと加代がまた物凄い勢いでスマホのシャッターを押すのだろう。恥ずかしいと思う反面、せっかくなので憧れのお姫様抱っこをもう少し堪能していたい気もする。

 顔を覆った指の隙間からちらりと覗き見たアルトリウスの顔は、やっぱり綺麗だった。





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