没落令嬢vsとれたてピチピチ

 わたくしの領地たるオルドホルムから見て南西の街、アドルイン。


 自称都市のそこは治安はほどほど。

 表通りはよろしいんですけれど、その裏側に関してはまあまあ荒れておりますわ。

 わたくしがアドルインを去ってから十年近く経過しているようですけれど改善の兆しはないようですわね。


 他人様の領地に口を出せるようなことは何もないのですけれど。


 冒険者ギルドでの用件を終えて領地へと戻らんとしているとき──


「待て、ガキィ!!」


 荒くれの声が響きましたわ。


 裏路地ですもの、その手の怒号に対して『うるさいですわよッ!!』と同じ怒号で注意し返すのもマナー違反かと考えてスルー。

 そもそもわたくしに向けられたことでもありませんし。


 ただ、突如乱闘なんかが始まって、わたくしが巻き込まれるような状況になっても困りますし、視線をそちらにやっておきましょう。


 そうして向けた先から小さな人影が走ってきた。

 わたくしの近くで転ぶ。いや、転ばされる。


 追いかけてきた荒くれの男が背を押して転がせたのですわね。追いかけ慣れていますわねえ。


 人影だったものは少女。


 美しい水色の髪に腰のあたりには翼のような器官。

 いわゆる天使エゼルと呼ばれる種族ですわね。身なりからすると……まあ、人身売買の商品、その類といった具合でしょうか。


「手間ァかけさせんじゃねえ。てめえは売り物なんだ。勝手に歩いてたら──」


 ああー。よくないよくない。よくないですわよ。この状況よくありませんわよ。

 わたくしは知りませんわ。

 逃げてきた少女はわたくしとはまったく関係のないもの。

 人身売買はこの都市では割とグレー。真っ黒ではないですもの。


 少女の瞳がわたくしを見ている。助けてと求めている、けれど、声は出しはしない。


 助けてもらう理由などない。

 ここで何を言っても困らせるだけなのをわかっている、そんな表情。


 彼女もそのように伝えていますし、首を突っ込むのも、


「お待ちなさいな」


 あああー。よくないよくないよくない。よくないですってば。

 でもだめですわ。


「わたくしの名前はライヒ。没落貴族の身ではあっても貴族は貴族。

 儚きものの、その瞳がわたくしに助けを求めたのならば、わたくしはそれに応じる義務がある」

「あぁ? 貴族様だあ?」


 鼻で笑うと少女をそのままに立ち上がる。


「フン。誰も助けを求めてなんていねえよ。採れたて入りたてで活きがいいだけだ」

「とれとれピチピチなんですわね。そう。じゃ、おいくら?」

「ああ? なんだ、暴力か権力に訴えかけて奪うと思ったら」

「そちらがお望みなら、勿論腕力そちらでの支払いでも良いですわよ」


 全ての困窮者を助けることができるほど、わたくしはお金持ちでも権力があるわけでもありません。


 わたくしは没落しているへっぽこ貴族。けれど、偶然でも眼の前に転がってきてしまった不運な星ってヤツに呪われたものを見捨てることができるほど冷血にもなれちゃいませんのよ。


 愚かですわね。本当に。


「で、幾らですの」

「見ての通り希少種だからな。卸値でもこれくらいはにはなるだろうさ」


 そう言って指を二本見せて来ますわね。

 ピースサインで世界に平和を送るぜって言いたいわけじゃあないでしょう。


 懐には先程の買い取りで中身が暖かくなった財布がありますわ。

 わたくしはそれを彼の足元に投げましたわよ。


「その指をもう一つ立てるくらいは入ってますわよ。足りまして?」

「……ああ?」


 どうせ相手の要求分を出しても迷惑料だとかあくまで卸値だからだとか言うに決まってますの。

 わたくしは詳しいんですわ。冒険者時代にあれこれとそういうのを見てきましたから。


「足りなければ、他の手段で『上乗せ』いたしますわ」


 実戦僧兵リアルモンク仕込みの拳を固めるようなジェスチャー。

 相手は肩をすくめて、


「確かに指三本立てて余るくらいの分だな。……いいだろう。このガキはあんたのもんだ」

「では、頂戴しますわね」


 少女は何が起こったのかわかっていない顔。

 ぽかんとしたままにわたくしに担がれて、その場を去ることに。



 ✘✘✘



 道中で彼女は何かを喋ろうとしておりましたけれど、まずは領地に戻りたいことを伝えて、抱きかかえたままダッシュ。

 できる限り揺らさないように動いたので持たれ心地は悪くないでしょう。


 いつのまにか抱きかかえられていた彼女は眠り、オルドホルムに到着した頃に彼女も目を覚ましましたのよ。


 空っぽの屋敷に入る前に軽く井戸で水を浴びさせて、服も着替えさせましたわ(わたくしのものなのでだいぶ大きいのですけれど)。


 そのあとはふかし芋くらいしかないのですけれど、それも食べさせて、

 雑草から作った代用品のお茶……まあ、味は『お~い、草』って感じのものですけれどそれを二人で飲みつつ、


 ようやく──


「あ、ありがとう、ございます……」


 移動中も何度も彼女はそれを言っていた。


「いいんですのよ。それに、奴隷として扱うつもりはありませんのよ。帰る家があるなら手続きをして差し上げますわ」

「帰る場所は、もうなくて」


 ヴァルカイン超帝国は列強ですけれど、それでも挑む敵国も多く、また超帝国自体も自領を守るためなら喜んで拳を握るタイプ。

 とはいえ、常勝無敗というわけではなく、領地の端っことでは勝ったり負けたりもよくあること。

 正直、こういう時代であるから、彼女のような身の上になるものも少なくはないでしょう。


「名前がまだでしたわね」

「し、失礼しました。私はリオリヤと言います」

「そう。リオリヤね。リオでいいかしら」

「はい」


 愛称で呼べば少しは心もほぐれるかしら。


「わたくしはライヒ。ライヒ・グレイトキャピタル。

 このオルドホルムの偉大なる領主ですわ。ホーッホッホ!!」


 高笑い。これこそが貴族式の挨拶でしてよ。ホホホ。


「リオ。帰る場所がないというのなら、わたくしの領民になりなさい」

「え、あ……。よろしいのですか?」

「ええ、勿論。けれど、遊ばせておくほど裕福ではありませんから、働いてはもらいますわよ。あなた、読み書きはできて?」

「え? あ、は、はい。一通りは」

「算術は?」

「それも多少は」

「……他に何ができますの?」


 と、あれこれを聞いているとどうにも彼女は相当に高等教育を受けている様子。

 見た目は精々十歳かそこらでしょうに。


 けれど、正直、むちゃくちゃ助かりますわ。わたくし以外にも執務ができそうな人材がいるというのは。マジで。


 一通り聞いたあと、彼女は椅子から降りて、わたくしの傍に。

 跪き、頭を垂れ、


「ライヒ様。

 リオリヤ、若輩で無力なこの身ではありますが、その全てをあなた様に捧げます」


 年端もいかない少女の、確かな決意の声。

 ……そんなこと言わなくてもいいんですのよ、なんて言える雰囲気ではありませんわ。


「リオリヤ。

 あなたをわたくしの騎士に任じます。

 忠義と篤実を以て、わたくしに仕えなさい」

「はい、ライヒ様!」


 なし崩し的にそうなってしまったけれど、彼女が自由を求めるその日まで、あるいは無手のままに納税の日が来る前までは付き合ってもらうことにしましょう。

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