没落令嬢vs魔の何か

 言われた場所へと向かえば、そこには犬型の魔物が数匹と……中心に立つ女性が一人。


「ほう、戦装束の人間がいるとは、私の到来を予測していたわけか。

 それなりに練り上げられた気を感じる。

 よもや初手で目的の勇者との邂逅を果たせるとは、私は運が良い」


 はい。終わり。終わりでーす。


 なんかめっちゃ流暢に喋ってますわよ、この女性型の魔物。

 と言いたいですけれど、正確に言えば目の前の……見たところ女性の姿をしている彼女は魔物ではなく魔族と呼ばれる種族ですわね。


 魔物たちの上位存在、あるいは指揮者に相当するものたち。


 彼女がこのまま

「では、挑むがいい。私も力を存分に振るおう。勇者よ」

 とか言われたら一秒で死亡オダブツですわ。


「では、挑むがいい。私も力を存分に──」


 ~終了~


 いやいや、諦めませんわよ。生き汚さだけは冒険者随一という自負がありますの。


「お待ちを」

「なんだ」

「まず、わたくしは勇者ではございませんわ」

「……ふむ」

「それと話は変わりますが、わたくしはかつて、白灰の戦いにて魔王様の直下部隊と戦う名誉を受けたことがございます」

「ほう、あの激戦を。生き残った人間はごく少数だと聞いたが」


 実際、マジで死にかけましたわよ。

 腕のいい治癒士ヒーラーと、偶然拾った幾つかの幸運で命が繋がったに過ぎませんもの。


「わたくしは直下部隊におられた獅子の姿を持つような魔物との戦いで相打ちを。

 しかし、ここでこうして生きているのは偶然に過ぎません」

「あのマルティスコアを。

 確かにあれを打ち破った人間どもがいるとは聞いていたが、貴殿がか。

 よき戦士だという直感は正しかったか」


 いやー、実際はそれなりの位階の一党パーティ四つがかりで挑んで、それでも生き残ったのがわたくしだけですから打ち破ったというかなんというか。

 ……とは言えませんわね。


「あれ以来、人間の身ではありますが魔王軍のいずれかの方と接触できないかと考えておりました」

「人間が、我らに?」

「はい。これを見ていただけますか」


 指輪を見せる。


「それは?」

「この地を治めるものの証でございます。ただの人間よりも幾ばくかの権威を国より与えられている身。

 その身分を持つ上で、魔王軍において、何かお手伝いできることはありませんか」

「……」


 うひぃー! 沈黙はやめてくださいましぃ!

 心臓がキュッてなりますわあああ!!


「私がこの場で判断をできることではない。

 貴殿が望むというならば、付いてくるがよい」

「はッ」


 冒険者時代に培ったパーフェクトブラフスキル。こいつで何度もカードゲームに勝って宿泊代を稼いだもんですわよ。


 彼女が振り返って、来た道を戻っていく。

 わたくしもその背を追う。

 出たとこ勝負はとりあえず生き延びたけれど、ドンドンとヤバい方向に行っていませんこと……?



 ✘✘✘



 しばらく進むと開けた場所。

 知っている。ここは幼い頃に遊んでいた。体を動かすにはうってつけの遺跡が転がっているところ。


 その一つ、円形の台座のようなものに立つ魔族。

 手招かれて隣へと着くと一瞬の浮遊感と光の明滅。次の瞬間にはわたくしはどこぞの建物の中に。


 見たこともないような精緻な石造り(?)の壁、何らかの道具によって照らされた室内。

 どこぞの大貴族の城だとかよりも遥かに美しい場所だった。


「はえ?」


 気の抜けた声が思わず出る。

 どこぞの建物と自分で表現しましたけど、実際ここはどこですの。


「ポータルだ。知らぬか」

「あ、え」


 聞いたことはある。

 古の時代には距離を無視して移動する手段があり、今も稼働している一部のものは人間社会でもこっそりと使われているとかなんとか。


「聞いたことはあっても、初めての体験でございまして」

「そうか。……こっちだ」


 彼女はあっさりと進む。その後ろに着くが。

 周りを行くのは誰も彼もが魔族。


 つまりはすれ違った誰かがちょっと人間に憎悪を強く持っていれば次の瞬間には……。


 いやいや、そういった想像からくる否定的なものはよろしくありませんわ。

 こういうのがひいてはレッテルだとか差別だとかに繋がるんですのよ。

 否定していいのは牙を剥いてきたものだけですわ。


「ここで少し待つように」


 扉の近くまで来ると彼女は別の道をいく。

 周りの魔族は人間であるわたくしがやはり珍しいのかチラチラと見てくる。

 ただ、いずれもが敵意は感じない。

 好奇の視線はあれど。


 少し経ってから、別の魔族が、


「人間殿。こちらへ」


 と案内を引き継いだのか。

 大きな扉の前で合図をすると音もなくするりするりと開いていく。

 我が家の扉とは大違いですわね。


 中は広く、絢爛。おそらくは王城だのでいうところの謁見の間に該当する場所なのではないかというのは視線の先に大きな玉座があったから。

 ただ、見合わないものも幾つか。

 壁や、床のそこかしこに大量の本や紙。まるで政務官の戦場さながらだった。

 そして、一番見合わないものは玉座にあるもの。


「陛下。報告にあった人族でございます」


 陛下。

 陛下……?


「うむ。わかった。人族、と呼ぶのも無礼であろうな。

 直答を許すゆえ、名乗るがよい」


 可憐なボーイソプラノが響く。

 いや、陛下って言った?


 いやいやいや、どう考えてもこの場の主であれば貴族としての礼儀を尽くさねばなりませんわよ。


「感謝いたしますわ。

 わたくしはライヒ・グレイトキャピタル。

 辺境オルドホルムの領主でございます」

「ライヒか。うむ。記憶した。

 我が名はハイエンド。魔王ハイエンドである」

「えっ」

「えっ、とは何事か、人間!!」


 連れてきた魔族が激昂する。そりゃそうですわよね。


「ひええ! 申し訳ございません申し訳ございません!

 こんな愛くるしい少年が魔王だなんてと思ってしまい申し訳ございません!

 人間世界の魔王の想像図が身の丈五メートル、顔面が本来以外の場所にも胴体、両肩にあって、下半身はドラゴンで、グリフォンの翼を持っていて、尻尾は蛇、喋れば大地を震わせる恐ろしげな声であると伝わっておりましてええええ!!!」


 謝るしかできないですわよね。非はわたくしにありまくりですもの。


「あっはっは! よいよい。お前もすぐに怒るでない。

 素直で口も回る面白いヤツだな!」


 配下を諌めつつ、けらけらと笑う魔王様。


「ひえええ」


 慄くことしかできないわたくし。


「良いのだ。それで。で、どうか。我は恐ろしいか?」

「あ、えーと……」


 ちらりと怒った魔族様を見やる。

 素直に言うがいい、と目から言葉が漏れているようですわね。

 ならばここは本気で語るしかありませんわね。おためごかしなど不要、と。思ったことが口をついて出ることについちゃ超帝国でも右に出るものはいない自負がありますわ。


 では、参りますわよッ。


「魔王陛下。その御姿は人間的な感性からしてとてもお美しく愛らしく、ご聡明そうだと認識いたしておりますわ。玉座にあられます方に向けるに間違っているものかとは思いますがそれでも我らの文化的な言葉、その一言に纏めるなら王子様系といった具合でございます。二言で言えばキラキラの王子様系美少年でございますわ。おそろしいわけがありませんわ。ああいや、人間の下町文化では美しいものを見せてお金を支払うという仕組みがございまして、それを考えればいくら払えばいいかもわからないくらいの美しさ。わたくしの不調法を許される蒼天の如き広い御心を考えれば財布をひっくり返して足りないほどの支払いになりそうなほど。それについてが恐ろしゅうございます。もっとも今のわたくしに支払えるものなんてジャガイモくらいしかございませんで──」


「あはははは。よくも一息でそこまで喋れるものだ」


 ひとしきり更に笑い、


「変なヤツだなあ。いや、いいんだ。

 恐ろしく思わないならそれで。話ができる人間を求めていたところだ」

「え、あ、は、はい」


 淡く笑う魔王ハイエンド様のお顔は間違いなく至上の美麗バチクソイケメン

 恐ろしさはない。


 彼は持っていた本やペンを投げ出す。周囲にプカリと浮いたままになっていた。よくよく見れば元々周りに地図やら何やらが忙しそうに動いて状況を知らせているようだった。便利そうだな……。


「領主だったな」

「はい。猫の額みたいな領地でございますけれども……」

「命は惜しいか」

「ほ、ほどほどに」

「金銀財宝の類は欲しいか」

「とても」

「ぷふっ。素直なヤツ」


 しまった。

 徴税騎士殿から渡された支払い命令のアレがつい先ほどのことだったからか、本音が漏れてしまいましたわ。


「魔王は人間を前にしたときにお約束として言わねばならぬことがある」

「は、はい」


 彼は立ち上がる。

 刹那。魔力を纏った風が周囲に渦巻く。息が詰まる。彼が本気になればわたくしなどひと睨みで心臓を止めることができるだろうと直感できてしまうほどに。


「我が前に現れた人間よ、我に名を告げた人間よ。

 慣習に従い、我ら魔族は汝を勇者として認める」


 やったー。夢が叶いましたわ〜。るんるんるーん。


 などと思えるものか。何言ってんですの、この魔王様。

 こんな貧乏でショボい勇者がどこにいるってんですの。

 なんて言えるわけがない。


「勇者よ、我がものとなれ」

「ははーッ!! 喜んでぇええ!!」


 五体投地で受け入れますわよ。そんなの。



 ✘✘✘



「む、本気か」

「ええ。そりゃあ、もう。喜んで。本気と書いて」


 アホな体勢でアホなことを言いそうになりましたわ。

 思わず口をつぐみましたけれど、


「書いて、なんだ?」

「ま、マジと読むんですわ。人間のある分野では」

「ふーん。一応メモしておこう」


 魔王様。多分それは価値のない情報だと思いますわ。


「おい、いつまでその見苦しい体勢でいるのだ!」


 ついに先ほどの魔族が怒りを向けた。


「こ、これも人間のある分野で土下寝──」

「土下寝……? 聞いたことのない文化……興味が……いや、ではなく。それはよい、早う姿勢を正せ」


 魔族殿との掛け合いにもけたけた笑っている。

 うーん。笑うお姿もまた可憐。眼福ではある。ではありますけれど、聞くべきことはありますわよね。


「魔王様のものになるというのは勿論、ありがたく拝命させていただきますが……」

「何をするべきなのか、であろう」


 ゆっくりと玉座の側から離れ、こちらへと進む。

 周りにも緊張が走っていた。


 そりゃあそうですわよ。ものになると宣言はしましたけれど、わたくしはやっぱりどこまでいっても人間。魔族と争い合っている種族なのですから。


「手を前に」


 目の前まで来たハイエンド陛下が私に命じる。

 手を差し出せと仰せではあるが、掌を見せる形にするべきか、下にすべきか。

 掌を上にして見せる形にするとなんとなく『なんかおくれ!』 って風で、どうにも面白い感じになってしまいそうなので下に向けることにいたしましたわ。


 ハイエンド陛下が指をぱちんと鳴らすとわたくしが纏っていた鎧がまるで、意志を持っているかのように外れて転がる。

 驚いたわたくしだったけれど、表情を変えるよりも先に彼の手がわたくしに触れた。

 うおお。すべすべ──などと思ったのは一瞬。


「ぎああああああああああああああ!!!!」


 手から全身にかけて落雷が落ち続けるような衝撃。

 死゛ぬ゛死゛ぬ゛死゛ぬ゛!!

 死んじゃいますって! わたくしは勇者でもなんでもないんですわよ!?


「もう少しだ。我がものであらんとするなら耐えよ」


 柔らかい声音に痛みが引く。おそらく言葉そのものに力があるのだと察することができた。


「ぎいいい、あああ あ?」


 やがて、痛みがぴたりと止んだ。

 わたくしが思わず膝立ちになっているけれど、ハイエンド様はよく頑張ったと労うように触れていた手を撫でてくださいましたわ。親にもそんな優しくされたことありませんわ。


「よく耐えてくれた。己が手を見てみよ」


 言われた通りに見ると、何かが刻まれている。


「こ、これは?」

「我が持つものと同じだ。名を氏族紋。扱う規模は違えど──」


 彼もまた手を見せれば同じ紋が刻まれていた。


「我ら魔王とその流れが持つ力だ。一言で言えば、」

「一言で言えば?」


 おそらく魔王様は人間で、文明的にも後進的なド辺境のわたくしに伝わるように考えてまとめようとしてくださったのでしょう。


 けれど、どうやら一言で纏まらないご様子。愛らしいですわね。でもこの考えは不敬ですわね。思わなかったことにしてくださいまし。ホホホ。


「領地を栄えさせる為の力だ」

「ジャガイモくらいしかない領地でも、ですの?」

「それをどう栄えさせられるかはライヒ次第だよ」













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 魔王

 超帝国を含めて全ての人族(ヒト、エルフ、ドワーフ他、汎人族とも呼ばれるものたち)と敵対している魔物。それらを支配する魔族。その上に座する存在。

 数年前まで魔族と人族は全面戦争を繰り返していた。

 人間は魔王のことを知らないため、ハイエンドだけを魔王だと思っているが、実は別に魔王は複数存在しており、なおかつ魔王同士も別に手を組んでいるわけでもない。


 マルティスコア

 獅子に似た姿をした魔物。頑丈で凶悪。再生能力と各種術と毒に耐性を持つ。

 精神構造が生物とは異なるため説得は通じず。動揺といった精神的な打撃も通用しない。

 一般的な冒険者を含む多くの人間が出会う可能性のある魔物の中で言えば頂点に近い場所に存在すると言っても過言ではない。

 名前の由来は随分古い時代に、『もしも倒せたら大将首数個分』という意味を込めて呼ばれた『マルチスコア』がなまったもの、と言われている。

 人魔どちらが言ったかは不明だが、マルティスコアという名称はどちらでも使われている。

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