06 モーレマーナ再び

 ボスを倒しモーレマーナさんの部屋へ向かった俺だが、扉の前まで行ってノックをしようとしたところで、モーレマーナさんが部屋の真ん中で倒れている気配を察知した。


 慌てて扉を開いて、床の上でうつぶせに倒れている褐色美人に駆け寄る。


「モーレマーナさん、どうしました!?」


「腹へって……動けん……。昨日から何も食ってない……」


 俺は溜息をついて、彼女を椅子に座らせ『空間拡張バッグ』からカップラーメンを出して食べさせた。


「うま……っ、これ美味いな……!」


「いや、先週もいくつかあげましたよ」


「あれとは違う味だろう!? こっちの方が美味いぞ!」


 まあこれはカレーラーメンだから、見た目的にもモーレマーナさんは好きそうだ。


「それより2週間分くらいの食べ物をお渡ししたはずなんですが、なんでもうなくなってるんですか? まだ1週間しか経ってませんよ」


「あんな美味い食い物、一瞬でなくなるに決まっているだろうが! お前は私を飼いならして好きに使うつもりだろう? だったらもっと多く寄越せ」


「そんなつもりは毛頭ありませんし。それに飼いならされるつもりがあるんですか?」


「本を読んで理解したが、この世界は私がどうこうできる世界ではないのは分かった。だったらお前の世話になるのが一番だ。お前にはそうする義務もあるのだしな」


「そんな義務を負ったつもりはありませんけどね」


 彼女はあのバッタもどきを踏みつぶしまくったことを俺に対する貸しだと思っているのだろうが、こっちにとってはただの言いがかりである。


 ただ彼女が俺の世話になろうとするのだけは間違ってはいない。それをあの雑誌や本から得た断片的な情報から読みとるのだから、やはり彼女は優秀な人間であるのだろう。


「ところでお前が腕に着けているのは『矢止めの腕輪』だな。ダンジョンで手に入れたものか?」


「ええそうです。『矢止めの腕輪』と言うのですね。どういう能力があるのでしょう?」


「装着者の魔力を消費して、矢や魔法といったものを防ぐ能力がある。かなり希少で強力な魔道具だな」


「『魔力』……『魔道具』……ですか?」


 性能は思った通りのもののようだが、一部単語は聞きなれないものだった。


「うむ。魔力というのはすべての生き物が持つ、この世界で言うとエネルギーみたいなものだな。術式や意思の力によって様々な現象を起こすことができる、万物創成の力よ」


「はあ……?」


「魔道具というのはその魔力をエネルギー源にして、実際に様々な現象を起こす道具のことだ。こちらの世界では電力なるものを使って空気を冷やしたり、光を発生させたりするのだろう? 考え方はそれと近いが、多分魔力の方がより汎用性が高い」


「な、なるほど……?」


 言っていることは自体はわからなくはないが、内容がファンタジー過ぎておっさんの腑にはストンと落ちてはこない。ただまあ実際にこの『矢止めの腕輪』の力は目にしたわけだし、『空間拡張バッグ』にすっかり頼り切っている身としては信じるしかないのだが。


「では例えば、この道具はどういうものなのでしょう」


 俺は手に入れたばかりのアロマポットを取り出す。


「ほう、珍しい、これは『結界筒』だな。見えない壁を作り出す道具だ。壁の形状は起動時にイメージしたものになる。あまり複雑な形にはできないがな」


「結界、ですか……」


 モーレマーナさんに教えてもらって、魔道具のエネルギー源となる魔石を『結界筒』の底にセットし実際に使ってみる。


 起動時に俺一人を包み込む円筒の壁をイメージしたのだが、なるほど確かに思った通りに俺の周囲に見えない壁が生成されていた。完全に透明なのだが、触ってみると硬くて滑らかな壁がそこにある、という感じだ。


「この結界はどれくらいの強度があるのでしょうか?」


「この『結界筒』の出力だとレッドヘアーファングの全力の一撃くらいなら防げるだろう」


「それはかなり強力ですね」


 受けてみた感じ、レッドへアーファングの一撃は乗用車を吹き飛ばすくらいの威力はある。それを防げるこの『結界筒』は色々と使いでのある道具だろう。


 なお先日得た青銀の金属インゴットは『ミスリル』というファンタジー金属で、武器や魔道具を作る素材として貴重なものらしい。


「私のいた世界であれば、そのインゴット1つで家が建ったのだがな」


 ということなのだが、もちろん現代地球ではまだその価値はない。


 それと小瓶に入った液体だが、そちらは『エクストラポーション』という治療薬だった。「失われた腕まで生えてくるぞ。こうにょきにょきとな」と身振りまで加えて説明してくれたが、それが本当なら超絶的な危険物である。と同時に、戦う俺にとっての保険にもなりそうだ。


 取り出した道具類をしまって、椅子に座りなおす。


 今日は聞きたいことが色々あるのだ。


「ところでモーレマーナさんは、このダンジョンというものがどういうものかご存じなのでしょうか?」


「迷宮になっていて、モンスターがいて、奥に主がいて、それを倒すと魔道具などが得られる。私も、というより私のいた世界でもその程度の認識だ」


「ではそちらの世界ではダンジョンは最初から存在していたと?」


「いや、そうではない。私のいた世界でもはるか昔には存在していなかった。いつの間にか出現が始まり、モンスターという脅威とともに、魔道具や高度な素材といった恵みをもたらすようになった不思議な空間という扱いだ」


「なるほど……」


 それはまさに、今の日本、というか地球とまったく同じ状態ではないだろうか。


 まだモンスターの脅威が徐々に知られ始めているような状況だが、ボスを倒した時に得られるお宝の存在も早々に知られるだろう。練川さんはすでに金を得ていたのだし。


 俺が少しだけ考え事をしていると、モーレマーナさんは椅子の上で胡坐あぐらをかいた。


「ところでワタリよ。本を読む限りでは、こちらの世界にはダンジョンがなかったように見受けられるが、それはどうなのだ?」


「ええ、こちらの世界でダンジョンが現れ始めたのは数カ月前のことです。魔道具どころか、モンスターの存在も十分には認知されていません」


「そうか。だがそれは気を付けた方がいいな。我々の世界でも、ダンジョンが現れ始めた時は、大いなる災いと言われるほどに被害が出たのだ」


「それは……どんな災害が起きるのですか?」


「ダンジョンは長期間放っておくと、中のモンスターが増えすぎてしまうのだ。そしてモンスターの数がダンジョンの許容量を超えると、中にいるモンスターは一気に外に溢れ出す。ランクの低いダンジョンであっても数百のモンスターが出てくるからな。その被害は甚大なものとなる」


「ええと、例えばあのツノの生えたウサギみたいのが数百匹でてくるんですか」


「『ホーンラビット』か? 最低ランクのモンスターだが数百いれば脅威だ。上位の戦士でも遅れを取ることがあるだろうな」


「本当ですか……」


 やはりというべきか、ダンジョンに関して恐ろしい情報が出てきてしまった。お宝目当てで何気なくダンジョンを毎回攻略していたが、それは正しい行為だったらしい。


 しかしそうすると、まだ見つかっていないダンジョンなんかがあったら大変なことになりそうだ。これは練川さんたちに伝えねばならない情報だが、しかしどうやって知らせたものだろうか。

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