まだ、終わっていなかった

浅野じゅんぺい

まだ、終わっていなかった

私には、考えすぎる癖がある。

彼の一言の裏を探して、勝手にシナリオを作る。

分かっているのに、止められない。


貸したお金は、まだ返ってこない。

「いつでもいいよ」って言ったけど、内心はすぐ返してほしかった。

金額の問題じゃない。

信頼が、少しずつ削れていく音の方が、ずっと怖い。


彼の声や笑顔を思い出すたび、胸の奥がチクッと痛む。

電話の向こうで笑ったあの声も、何気ない会話も、今は遠い。


夜になると、頭がざわつく。

コーヒーを淹れる。

湯気に顔を近づけ、香りを吸い込む。

苦い匂いが、少しだけ胸のもやを溶かしてくれる気がする。

窓の外には、淡い街灯と、静かな夜。

部屋の中の空気が、少しだけ柔らかくなる。


スマホの画面を眺めては、「私、何やってるんだろ」と笑う。

でも笑い声だけが、部屋の静寂に吸い込まれる。

指先が勝手にメッセージ欄を開く。

「元気?」──いや、違う。

「返して」なんて、打てるわけがない。

送信ボタンの上で止まるたび、心臓が跳ねる。


そんなとき、向こうから届いた。

たった三文字──「元気?」


ずるいと思った。

でも、そのずるさに、少し救われた自分もいた。

「うん、なんとか」──指が震える。

胸が熱くなる。

もしかして、彼も私を意識しているのかも、なんて考える。

小さな期待に、心が揺れる。



数日後、ポストに封筒が入っていた。

現金と、几帳面な字のカード。

「遅くなってごめん。助けてくれてありがとう」


たった一文で、胸の奥の棘が少し抜けた気がした。

夜、またメッセージが届く。

「今度、ごはん行こうか」


行くべきじゃない気もする。

でも、行きたい自分もいる。

画面を閉じ、ふっと笑う。

どうせ私たちは、いつも中途半端だ。

──でも、少しだけ、未来を想像してしまう自分がいる。


窓の外、街路樹が風に揺れる。

散りかけた葉が光を受け、まだ枝にしがみついていた。

カップの底のコーヒーは冷めていた。

それでも、胸の奥が少しだけ温かい。


まだ終わっていない。

物語はここから、少しずつ動き出す。

あの人との次の言葉が、静かな胸のざわめきを残す──

そんな予感を抱え、私は街灯を見つめていた。






















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まだ、終わっていなかった 浅野じゅんぺい @junpeynovel

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