まだ、終わっていなかった
浅野じゅんぺい
まだ、終わっていなかった
私には、考えすぎる癖がある。
彼の一言の裏を探して、勝手にシナリオを作る。
分かっているのに、止められない。
貸したお金は、まだ返ってこない。
「いつでもいいよ」って言ったけど、内心はすぐ返してほしかった。
金額の問題じゃない。
信頼が、少しずつ削れていく音の方が、ずっと怖い。
彼の声や笑顔を思い出すたび、胸の奥がチクッと痛む。
電話の向こうで笑ったあの声も、何気ない会話も、今は遠い。
夜になると、頭がざわつく。
コーヒーを淹れる。
湯気に顔を近づけ、香りを吸い込む。
苦い匂いが、少しだけ胸のもやを溶かしてくれる気がする。
窓の外には、淡い街灯と、静かな夜。
部屋の中の空気が、少しだけ柔らかくなる。
スマホの画面を眺めては、「私、何やってるんだろ」と笑う。
でも笑い声だけが、部屋の静寂に吸い込まれる。
指先が勝手にメッセージ欄を開く。
「元気?」──いや、違う。
「返して」なんて、打てるわけがない。
送信ボタンの上で止まるたび、心臓が跳ねる。
そんなとき、向こうから届いた。
たった三文字──「元気?」
ずるいと思った。
でも、そのずるさに、少し救われた自分もいた。
「うん、なんとか」──指が震える。
胸が熱くなる。
もしかして、彼も私を意識しているのかも、なんて考える。
小さな期待に、心が揺れる。
*
数日後、ポストに封筒が入っていた。
現金と、几帳面な字のカード。
「遅くなってごめん。助けてくれてありがとう」
たった一文で、胸の奥の棘が少し抜けた気がした。
夜、またメッセージが届く。
「今度、ごはん行こうか」
行くべきじゃない気もする。
でも、行きたい自分もいる。
画面を閉じ、ふっと笑う。
どうせ私たちは、いつも中途半端だ。
──でも、少しだけ、未来を想像してしまう自分がいる。
窓の外、街路樹が風に揺れる。
散りかけた葉が光を受け、まだ枝にしがみついていた。
カップの底のコーヒーは冷めていた。
それでも、胸の奥が少しだけ温かい。
まだ終わっていない。
物語はここから、少しずつ動き出す。
あの人との次の言葉が、静かな胸のざわめきを残す──
そんな予感を抱え、私は街灯を見つめていた。
まだ、終わっていなかった 浅野じゅんぺい @junpeynovel
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