日々怪々~ミステリー研究部の日常~

矢魂

プロローグ

 幼稚園の頃。

 色とりどりのクレヨンを渡され、母親に言われた。


「好きなものを描いていいのよ?」


 迷わず描いたのは、パイプを咥え、虫眼鏡を持った犬のキャラクター。

 当時夢中になっていた“探偵アニメ”の主人公だった。

 描き上げた絵を見て、母は笑って言った。


「かわいいクマさんね」


 ……その瞬間、僕はこの世界に“誤解”というものが存在することを学んだ。


 小学生の頃。将来なりたい職業を発表する授業があった。順番が回ってきた僕は、誰よりも大きな声で叫んだ。


「名探偵になりたい!」


 と。

 その勇気ある告白は、スーパーマンになりたい!とか、大統領になりたい!といった、悪ふざけとも思える夢を叫ぶ一群にまとめて分類された。

 ……誠に遺憾である。


 中学生になった頃。

 卒業文集の“将来の夢”の欄に、僕は迷わずこう書いた。


『ミステリー小説家』


 物語の中の名探偵が、本当はいないことなど、もう分かっていた。

 現実の探偵が扱うのは、犬猫探しや浮気調査。そして失せ物探しくらいだろう。

 殺人事件を解くのは、刑事部捜査一課の仕事だ。

 ならば……自分の手で理想の名探偵を生み出せばいい。

 そう思った。

 この退屈な現実に、謎めいた事件と幼少期の憧れを持ち込むために。


 高校に進学した時、僕はすでに決めていた。必ず"ミステリー研究会"に入る、と。

 文芸部でも良かったが、もし部員全員が"キラキラ青春恋愛小説"に心酔していたら、僕の三年間は鈍色にびいろの春になることが確定してしまうだろう。

 その可能性を考えた時点で、僕はミステリー研究部に入ることが確定していた。


 僕の名前は、辻村綾人つじむらあやとと言った。

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