星刻のニーチェ
みんふん
第1話 星の大陸
むかし。
世界は6つの大陸に分かれていました。
妖精大陸【アラルガルタ】
竜大陸 【カラリ】
黒狼大陸【ロギーニア】
巨人大陸【フロリオーディ】
鉱石大陸【ルカ】
魚群大陸【アウロディーテ】
各大陸では、修められてきた魔術、武術、技術、何もかも違います。
そして、各大陸にはそれを統べる王様がいました。
数多の種族が生きる大陸を、強大な力で統治していたのです。
悠久とも思える時を過ごすこの大地に、ある日、天災が訪れました。
「ノアの星雲」と呼ばれる大地震です。
大きな揺れにより大陸は動き、1つの超大陸になりました。
この天災により、多くの種族、大地が亡くなりました。
復興も間もない頃、各大陸を統べていた王様たちは戦争を始めました。
「超大陸に、王は2人と要らず。」
数百年にも及ぶ戦いの果て、王座に座ったのは、代24代目妖精王「アラリア」でした。
アラリアは自身はもはや王などではなく、この大地の神だと言いました。
「これよりは、王などという下劣な者にこの国は委ねん。」
「我が、神だけが統治をする。」
アラリアは超大陸に新たな名前を付けました。
【星の大陸 レーヴァテイン】と。
そしてこの時より、「星刻1年」
として、新たなる世界を始めたのです。
………
〜星刻220年〜
「もうアラリアの圧政にはうんざりだ!」
「あの寿命だけが取り柄の羽虫め!」
「我ら誇り高き妖精族の面汚しが…!」
喧騒が聞こえる。
栄えある6つの大陸は過去の栄光。
超大陸を巡る戦争から、この世界には戦火が絶えない。
「村の爺さん達も、ピリピリしてんなぁ」
「そうだね。ここ最近、税の徴収が著しく上がったからかな。」
「うーん、俺にはまだよく分からないな。」
「ニーチェ、賢くならなきゃ生きて行けないよ?」
「ここ最近、アラリアの統治は支配と何ら変わりないものになってるからね。」
「うーん…。ランスの話は、村の爺さん達の次に難しいんだよなぁ。」
「まあでも、ランスがいれば俺、賢くなくても大丈夫かな。」
「俺が力担当で、ランスが頭担当だ!」
「ふふ、ニーチェ。僕に頼りっきりじゃダメだ。」
「いつか、君と僕も別れる日が来るかもしれない。」
「そんな日来るのか!嫌なんだけど!」
ここは外れの村、オスタフィア。
妖精族が、ひっそりと暮らしている。
周辺には街も村もないおかげか、戦火の土煙とは縁遠く、そよ風の吹く村だ。
「あ、時間だ!ごめんランス!」
「俺行くわ!」
「うん。またね、ニーチェ。」
ニーチェは村を駆け、少し離れの丘に向かう。
「うーん、良い風!」
そよ風に乗せられ、麦の香りがする。
「おぉ、ニーチェ、今日も元気だねぇ。」
「アイルおばさん!うん!俺今日も元気だよ!」
「ニーチェ!!俺んとこのりんご、うめぇぞ!」
「ルサルカおじさん!また後でちょうだい!」
「メェェエ!」
「ハハ!ドルフィン!いつにも増してうるさいな!」
小さな村ではあるけど、ここではそれ故に皆家族同然に暮らしている。
誰かが困ればみんなの問題。
誰かが悲しめばみんなが悲しい。
誰かが喜べばみんなが嬉しい。
妖精族は基本、誰かと集まって暮らすものだ。
でもそんな妖精達とは違い、独りで過ごす者もいる。
「やっほー!トカリーおじさん!」
「今日も来たぜ!」
「相変わらずだな、ニーチェ。」
「元気だけが取り柄の鼻たれめ。」
「お、トカリーおじさんも俺の良いところがやっと分かってきたか!」
「はぁ、…。そうだな。」
この人はトカリーおじさん。
村から少し離れた丘上に住んでる変わり者の
狼族のおじさんだ。
最近知ったことだけど、ムキムキで髭を沢山生やしてるのに趣味は意外にも読書らしい。
俺がトカリーおじさんに会いに来るのも、それが理由だ。
「この本、おもしろそ!」
「おお、鼻たれ坊主の割になかなかセンスあるじゃねえか。」
壁一面に本棚があり、何千という本がある中から選んだ1冊。
頑固なおじさんに褒められたとなれば、ちょっと嬉しくなってしまう。
「読んでいい?」
「ああ、いいぜ。」
「…。」
「おもしれえ!」
「ははは!そうだろ!」
「そいつァ、俺のコレクションの中でも指折りの傑作だ!」
「ていうかさ。少し気になったんだけど、何でトカリーおじさんは、本を集めてるの?」
「あん?仕方ねぇ。教えてやるよ。」
「星の大陸にゃあ、色々と決まり事があるがよ。そのうちの1つが予言を禁止することだ。」
「これはアラリアが、反乱分子を抑えるために考えたものだ。占い、予言により無駄な反骨心を民に持たせないためだな。」
「うーん。…。でもよ、トカリーおじさん。」
「そんなに国を守りたいなら、未来を予言するなんてすげえこと、禁止にしなくても上手く使えばいいじゃんか。」
「悪ぃ。伝え方が悪かったか。」
「アラリアが禁止したのは、゛民による予言 ゛だ。」
「民による…?」
「そうさ。アイツァ自分を唯一の神だなんて名乗った時からおかしくなっちまった。」
「この大地のことも、そこに住む何もかものこともなんとも思っちゃいねぇ。」
「自分が良けりゃそれでいいのさ。」
「…。」
「それでだ。俺が本を集めてる理由だけどよ。」
「本の中の物語は、一種の予言みたいに思えるんだ。」
「多くの物語が、多くの英雄がいてよ。」
「いつかそんな物語みてえに、この国を根底から叩き直すやつが現れるんじゃねえかってな。」
トカリーおじさんは、普段は見せないような、少しくらい表情をした。
「うん!俺も気に入ったよ!それ!」
「いつか俺が、本の中の英雄みたいになって、トカリーおじさんの目指す世界を作ってやるよ!」
「…。ふん。そうかい。」
「そうしてえならまず、口の利き方から覚えな。」
……。
「はぁ〜、もうこんな時間か!」
「あんがとな、トカリーおじさん!」
「またも明日来るよ!!」
「けッ。坊主。」
「…。まあ。気が向いたら。来りゃいいさ。」
ガチャと勢いよく扉を開け、駆け出して行く。
「まったく、慌ただしい鼻たれだ。」
空一面に広がる星を背に、ニーチェは帰路に着く。
「ただいまー!」
「ニーチェ!もう暗いじゃないか!」
「またあののおじさんのところに行ってたのか!」
「村じゃあの人、ちょっとした噂よ…。」
「ニーチェ、危ないことは避けてね。」
「父さんと母さんは心配性だなぁ。」
「トカリーおじさんは優しいし、俺なら大丈夫!」
「おやすみ!!」
「ちょっとニーチェ!ご飯は!」
「トカリーおじさんがお菓子くれたから!」
「お腹減ってない!」
「ちょ、ちょっと…!」
〜
窓から差し込む光とそよ風で目が覚める。
「ふぁあ〜。おはよぉ。」
「おはよう。ニーチェ、外でもうランスくんが待ってるぞ。」
「あんまり待たせちゃダメよ。」
「はーい。」
「はいこれ、お弁当。」
「ランスくんの分もあるから、一緒に食べてね。」
「了解!」
「ってことで!昼メシだ!ランス!」
「わあ。嬉しいな。おばさんとおじさんに、感謝しないとね。」
「…。」
「突然だけどさ、ニーチェ。君に夢はあるかい?」
「夢〜?特に今のところは無いな。」
「村の爺さんたちは、妖精なんだから魔法団に行けとか言うけど、俺あそこは嫌だね。」
「俺、たいした魔法も使えないし、覚えるのも面倒だよ。」
「魔法団か、確かにあそこの雰囲気は君には合わなそうだ。」
「そういうランスは?何になりたいんだよ。」
「いいかいニーチェ。ここだけの秘密だよ。
僕はね、゛預言者 ゛になりたいと思ってるんだ。」
「ラ、ランス!」
「預言者って…、その…。ダメなんじゃないのか…?」
「ああ。本当はダメなことだ。」
「だから君にだけ話したんだ。君なら僕の夢を否定しないし、応援してくれるだろ?」
「もちろん、それはそうだけど!」
「でも、なんでなんだ?どうして預言者になりたいと思ったんだ?」
「年々アラリアによる支配は強まり、最近にはまたひとつ、種族が消え去ったという噂を聞く。」
「僕はね、ニーチェ。この世界を正しい形に直したいんだ。」
ランスの声色と顔は、いつもより真剣味を帯びている。
「…。」
「俺もだ…。」
「ん?ニーチェ、何か言った?」
「俺もだ!ランス!」
「やっぱり俺も、この世界の未来を本の中みたいに明るくしたい!」
「はは!ははは。」
「うん。ニーチェ。僕達で必ず。」
ガチャ。
「おお、鼻たれ。今日も来たか。」
「うん!来た!」
「今日は何読もっかな〜。」
「このガキ、もう自分家みてえにくつろぎやがってよ。」
「う、ごめんなさい。」
「…。ん?」
机の間に、なにか落ちてる。
「よっ、と。」
手に取る、それは本しかないような部屋には不釣り合いな剣。
長く放置されていたのか、ホコリを多く被っている。
鈍く淀んだ剣には紅く光る宝石が埋め込まれている。
「ねえ…。トカリーおじさん…。これって。」
「ん?なんだ?今日はどんな本を選ん…。」
「鼻たれ…、お前…。」
「どうしてそれを…。」
「…。は、早くそれを床に置け!!」
ビクッとニーチェははねて剣を捨て置く。
「こ、これ、机の間に落ちてて。」
「俺拾っちゃったけど、まずかったか?」
「それは…。破滅の始まりだ…。」
「そ、それってどういう…。」
刹那、閃光が走る。
轟音が響き、思わず耳を塞ぐ。
トカリーは、ただ、呆然と立ち尽くしていた。
「な、なんだ!」
「トカリーおじさん!何が…!」
嫌な予感がして、ニーチェは扉を開け外に出る。
「む、村が!!!」
そよ風の吹く村、オスタフィア。
その姿は跡形もなく、家は焼け、土煙が舞っている。
「遅かったか……。」
「遅かった?何がだよ!トカリーおじさん!」
「あの剣だ…。」
「あの剣は、
「俺が昔、アラリアと共に貰った剣の片割れだ……。」
「片方は、もう片方に共鳴する…。」
「その剣が目覚めた以上、お前は…。」
「よ、よく分かんないよ!」
「と、とにかく、トカリーおじさん!」
「村!村の方着いてきて!」
「…。ああ。」
…。
ニーチェは真っ先に駆け出し、トカリーは双眸剪定の剣を拾い抱え後を追う。
急げ!急げ!!
脚を動かす。
いつもより村が遠く感じる。
普段ならどうということは無い木の根に躓く。
やっとの思いで村に着いた時には
辺り1面が火の海になっていた。
掠れた声でトカリーはつぶやく。
「アラリアの、王級魔術だ。」
「アラリア?でもなんでこんな…?」
「…。そんなの今はどうでもいい!」
「誰か!誰かいないのか!!」
「諦めろ、鼻たれ。」
「なんでだよ!トカリーおじさん!」
「この惨害…。王級魔法、
「アラリアが昔、玉座を奪うに至った魔術。」
「これを受けてちゃ、小さな村なんてひとたまりもねぇ。」
「それに…。」
ガチャガチャと鎧の擦れる音と、雄叫びが聞こえる。
「生き残っているものは居ないか!」
「1人残らず討ち滅ぼせ!!」
「双眸剪定の剣を見つけ次第、破壊しろ!」
「む!離れだ!あそこに老人と子供がいるぞ!」
「討ち滅ぼせぇ!」
「…。王騎士団だ。10人ぐらいだが、今の俺らに勝ち目は無い。」
「鼻たれ、走るぞ。」
「あの老人、剪定の剣を…!!」
「あそこだ!あの子供と老人だ!!!」
揃った足音が後ろをおってくるのを感じる。
土を踏みにじる音は段々と近付いてくる。
「クソ!クソッ!なんなんだよ!」
「鼻たれ!今は逃げることだけ考えろ!」
「で、でも!まだ誰か、ランスとか!生きてるかもしれない!!」
途端天地がひっくり返る。
「うグッ!」
クソ、つまずいた!!
「にーちぇ?」
消え入りそうな声で、呼ぶ声がした。
「ラン!…ス。」
「……。」
「ダメだ!、ダメだランス!」
共に世界を直すと誓った少年。
彼はもう、生きているのが不思議なぐらいの重症だった。
「トカリーおじさん!ランスが居た!」
「…!今!今助けてやる!ランス!安心しろ!」
「ふふ、ニーチェ。もういいんだ。僕は助からないよ。」
「だから、君は早く逃げてくれ…。」
「鼻たれ、ダメだ。この坊主の言う通りだ、この傷じゃもう…。」
「それにもうそこまで王騎士団が来てやがる…!」
「うるさい!!ランスは!ランスは…。絶対助かるはずだ!」
「ニーチェ!!!」
ランスに初めて怒鳴られた。
それなのに、ランスの顔は今までで1番安らいでいた。
「今日、僕は予言を…。未来を見てしまったんだ…!」
「きっと、これは僕へのバツだよ。」
「君は、君は何も悪くない!」
「ちが、違う…。」
「俺のせいで、ランスも、村のみんなも…。」
その時、ランスが少し微笑んだような気がした。
そして、空気を震わせ咆哮する。
「ヴィクトリア・ニーチェ!!
僕はみた!!
これより始まるのは戴冠の旅!!
冠を持たぬ無名の王が血で血を洗う時、
星々は喝采を送るだろう!!」
「ニーチェ。僕の代わりに、世界を救ってくれ。」
少年は叫び、そして安らかな顔で眠りにつく。
「ランス…。」
足に力が入らなくなり地面に崩れ落ちる。
俺のせいで、みんな死んだ。
みんなだ。村の爺さん達。父さん。母さん。ランス。
「居たぞ!!隊列組め!」
「アラリア様の威光を示せ!」
「敵を討ち滅ぼせ!!」
もう、無理だ。
ごめんなさい。ごめんなさい。
死んで償えなくても、もう…。俺はもう…。
「鼻たれ!!!」
「ランスはてめぇに何を託した!!」
「立ちやがれ!!ニーチェ!!!」
王騎士団が剣を振るう。
空気を切る音がする。
トカリーおじさんは俺の前に出る。
ランスは…。俺に、世界を…。
世界を…。
「世界を救う。」
拳を握り、脚を奮い立たせる。
突如として、紅い光が周囲を包む。
「ぐっ!この、光は…。」
「全体、構え!」
「は、鼻たれ…。」
トカリーの腰にさげられていた剪定の剣は、ニーチェの掌の中にある。
神気を帯びる剣。
鈍く、光を失っていた剣は、再び光を取り戻していた。
「トカリーおじさん。」
「俺は、世界を救うよ…!!」
「ほざけ!たかが妖精族の子供1人が…!!」
「全体、かかれ!!!」
みんな、ごめんなさい。
あと少しだけ、もう少しだけ、俺に生きさせてください。
ニーチェが剣を振るう。
あまりに酷く、それは剣技とは到底いえないものだ。
だが、トカリーは見た。
剪定の剣の威光が大気を震わせ王騎士団を穿つところを。
そして確信する。
これから、戴冠の旅が始まるのだと。
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